アフリカの芸術家アタン・ツィカレが、伊賀くみひもに見た触覚の哲学【Craft x Tech Tokai Project Vol.6】

  • 写真:黒木紀寿 編集・文:井上倫子
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12_Iga Kumihimo x Atang Tshikare.jpg左:アタン・ツィカレ(Atang Tshikare) ●アーティスト、デザイナー。1980年南アフリカ・ブルームフォンテーン生まれ。ケープタウンを拠点に活動。ブロンズ、ウッド、石などの自然素材を巧みに操り、神話的な物語を宿した彫刻的な家具やアートピースで知られる。その独創的な作品はニューヨークのメトロポリタン美術館など世界各地の美術館に収蔵されており、国際的なデザインシーンで極めて高い評価を得ている。 右:松田智行(Tomoyuki Matsuda) ●糸伍 代表取締役。1975年三重県伊賀市生まれ。伊賀くみひもの老舗「糸伍」の4代目。伝統的な組紐の技法を継承しながら、製紐機を活用した靴紐の開発や、異業種とのコラボレーションに積極的に取り組む。

全国各地の伝統工芸の産地と、世界で活躍するデザイナーやアーティストがタッグを組み、アート作品を発表するプロジェクト「クラフトテック(Craft x Tech)」。タンジェント(Tangent)の代表でデザイナーの吉本英樹がディレクションを手がけ、デザインキュレーターのマリア・クリスティーナ・ディデロがキュレーションを行い、2024年5月に東京・九段ハウスで第1弾となる東北プロジェクトが発表された。そして26年5月30日(土)から6月2日(火)までの4日間、第2弾となる東海プロジェクトが東京・九段ハウスにて開催される予定だ。

今回、三重県伊賀市の地を訪れたのは、南アフリカ・ケープタウンを拠点とするアーティスト、アタン・ツィカレ(Atang Tshikare)。コラボレーションするのは、着物の帯締めなどに使われてきた100年以上の歴史をもつ「伊賀くみひも」だ。

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アタン・ツィカレのまなざし

アタン・ツィカレは、近年注目を集めている、アフリカの伝統的な意匠と現代的なフォルムを融合させたアフロフューチャリズムを牽引するアーティストの一人。彼の作品は、ブロンズやセラミック、木材などの技術を駆使し、神話的なストーリーを宿した彫刻的家具やアートピースとして高く評価されている。メトロポリタン美術館にも作品が収蔵されるなど、その活躍は目覚ましい 。

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自画像であり初めての彫刻作品だという「Le Bone Lebone」。photo: Atang Tshikare

アタンが創作で大切にするのは「テクスチャー」へのこだわりだ。「人はハグをし、キスをし、触れ合う。五感の中でも『触れる』という感覚は、もっとも慣れ親しんでいるもの」と彼は語る。彼が創り出す、ザラザラとした有機的な表面や、生命を感じさせる造形は、見る者の視覚を刺激するだけでなく、思わず手を伸ばしたくなるような「触覚への好奇心」を誘発する。

 

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ディオールの名作メダリオンチェアを再解釈した作品も発表している。photo: Atang Tshikare

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糸が織りなす配色美と機能美

伊賀くみひもの歴史は奈良時代以前にまで遡るという。かつては経典の装飾や、武士の甲冑や刀の紐として重用され、明治以降は帯締めや羽織紐として日本の和装文化を支えてきた。その特徴は、鮮やかな配色と、絹糸が交差することで生まれる独特の光沢にある。職人の手によって一本一本組み上げられる紐は、伸縮性に富み、締めたときの絶妙なフィット感を生む。まさに「用」と「美」を兼ね備えた工芸品だ。

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機械で組紐が織られていく様子は見飽きることがない。

「糸伍」の工房に足を踏み入れたアタンは、多種多様な製紐機(せいちゅうき)が並ぶ光景に目を輝かせた。「それぞれの機械が異なる織り方を持っていて、丸い紐、平たい紐など、それぞれに特色がある。どれもが美しいものを作っていて、一つを選ぶのは難しいですね」

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和装離れが進む現代で、技術を守り伝える

アタンを迎え入れた糸伍の松田智行は、家業を守るだけでなく、伝統工芸の価値を現代の文脈でどう発信していくかを模索しているという。松田はこう語る。

「伊賀くみひもは着物の帯締めで発展してきました。しかし着物を着る機会が減っているのが現実です。少子化によって成人式での振り袖や結婚式での婚礼の着物の需要が減っているんですね。最近では、アスリートのための靴紐をつくったりと、和装とは違った業界でも制作をしています」

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さまざまな機械が並ぶ工房で、松田から説明を受けるアタン。

この組紐を製造する機械をつくる会社も減っている状況だが、糸伍では大切にメンテナンスをしながら続けているという。アタンは松田さんの印象をこう語る。「伝統を守りながら続けている姿勢を肌で感じ、文化を非常に重んじている方だと分かった。単にビジネスを発展させるだけでなく、伝統を守り、かつ自分のような海外の人間とのコラボレーションを通じて発信していく姿勢が印象的でした」

ふたりには意外な共通点も見つかった。ふたりとも、手のひらを通じてエネルギーを送る「レイキ(霊気)」を実践していたのだ。この精神的なシンクロニシティが、ふたりの距離を一気に縮めた。

Touching is Knowing:触れることは、知ること

アタンが今回のプロジェクトで目指すのは、単なる「ファッション的なプロダクト」に留まらない、多層的な彫刻だという。形の裏にある物語やテクスチャーなど、さまざまな要素が絡み合った多面的な作品を構想しているという。

 

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伊賀の地で、さまざまな種類の組紐に触れることで刺激を得たようだ。

「作品の価値は見るだけでも感じ取れますが、一番大切なのは『触れること』であり、それが『知ること』の始まりです。例えば高級なレザーも、見るだけで高級だと分かりますが、触れることで初めてその真の価値が分かります。伊賀くみひもの滑らかな触り心地がとても気に入りました」

Touching is knowing(触れることは、知ること)。特にレイキを実践するふたりにとって、触れるという行為は非常に重要な意味を持っているだろう。伊賀の地で育まれてきた、糸と糸が重なり合う「組紐」の技術に、アタン・ツィカレが持ち込む「触覚」の哲学とアフリカの魂がどう共鳴するのだろうか。

クラフトテック(Craft x Tech)

https://craft-x-tech.com

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