【美濃焼】伝統に敬意を払い、多様性を問い直す工芸【Craft x Tech Tokai Project Vol.3】

  • 写真:黒木紀寿 編集・文:井上倫子
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07_Mino Yaki x David Caon.jpg左:伊藤洋平⚫︎不動窯3代目。慶應義塾大学卒業後、愛知県立名古屋高等技術専門校 窯業校を経て2006年より家業に従事。1300余年の歴史を有する経済産業大臣指定伝統的工芸品である美濃焼。「へうげもの」の美的感覚を貫く自由闊達な桃山の時代精神を受け継ぎ、美濃焼の伝統を守り活かしながらも、現代のライフスタイルにも馴染むモノづくりをしている。 右:デイヴィッド・ケオン●(David Caon)インダストリアルデザイナー。 2009年にシドニーでデザイン事務所を設立。南オーストラリア大学を卒業後、ミラノでジョージ・ソウデンやジャージー・セイモア、パリでマーク・ニューソンのもとで研鑽を積む。受賞歴のあるボーイング787-9のインテリアや、カンタス航空のエアバス「プロジェクト・サンライズ」のデザインを手がけた。

全国各地の伝統工芸の産地と、世界で活躍するデザイナーやアーティストがタッグを組み、アート作品を発表するプロジェクト「クラフトテック(Craft x Tech)」。タンジェント(Tangent)の代表でデザイナーの吉本英樹がディレクションを手がけ、デザインキュレーターのマリア・クリスティーナ・ディデロがキュレーションを行い、2024年5月に東京・九段ハウスで第1弾となる東北プロジェクトが発表された。そして26年5月には第2弾となる東海プロジェクトが発表される予定だ。その東海プロジェクトの6つの産地を訪れたクリエイターたちの様子を、連載形式で紹介する。

第3回目は、岐阜県の東濃地方で作られている焼き物・美濃焼の工房「不動窯」に、オーストラリアのシドニーを拠点に活動するインダストリアルデザイナー、デイヴィッド・ケオン(David Caon)が訪れた様子をレポートする。

多様であることが強みであり弱み

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不動窯で制作された織部の器。釉薬の濃さや表情がそれぞれ異なるのが魅力だ。

美濃焼と聞いて、多くの人が想像するのは緑色の釉薬がかかった「織部(おりべ)」や「瀬戸黒(せとぐろ)」と呼ばれる茶道具の茶碗だろう。美濃焼は5世紀頃に朝鮮半島から須恵器とろくろと穴窯が伝えられ、安土桃山時代には茶の湯文化の発展とともに発展した。その表現は非常に幅広く、「黄瀬戸(きせと)」「志野(しの)」などの多様な様式がある。実は日本人が日常的に使っている食器のおよそ半数は、ここ東濃地域で生産されていると言われており、特にどんぶりの生産量は日本一だ。岐阜県土岐市で美濃焼を製作する不動窯の代表・伊藤洋平はこう語る。

「美濃焼は本当に多種多様で、洋食から和食まで合わせやすいのが特徴です。個人的な意見ではありますが、圧倒的なシェアがあるのに、有田焼や伊万里焼きなどと比べると華やかさはあまりないのかなと思っています」

20250604150715_L1092795.jpg奥行きのある巨大なガスの窯で焼かれる。最も人気があるのは緑色の釉薬がかかった織部だという。

クラフトテックに参加する他の伝統工芸の産地と同じく、美濃焼の産業も縮小傾向にあるという。普段使いの食器としてニーズはあるものの、それが美濃焼として認知されていないことがその理由のひとつと言えるだろう。

「磁器や陶器もあり、レストランから家庭にまで使われている。さまざまな種類があることが美濃焼の強みだと思います。一方で多様だからこそ、他の焼き物に比べてブランディングがしづらいことが悩みなんです」

そう語る伊藤さんは、クラフトテックに参加しケオンとコラボレーションすることで、美濃焼の価値を見直し、さらに自身の表現の幅を広めてみたいと語る。ここ不動窯でつくられる食器はすべて手作りで、表情が一点ずつ異なる風合いになる点が魅力だ。手作りだからこそできる試行錯誤が楽しみだと言う。

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日本ならではのクラフツマンシップへの敬意

image.pngケオンがデザインした、2026年に完成予定のカンタス航空A350の機内のデザイン。エコノミーからファーストクラスまでのインテリアをデザインしている。photo: Caon Design Office

不動窯とコラボレーションするインダストリアルデザイナーのケオンについて、クラフトテックのディレクターの吉本はこう語る。

「有名エアラインの航空機シートデザインなど、インダストリアルなプロダクトや空間デザインを得意としているケオンの作品は、金属素材などを多用した硬質で工業的な側面と、彼自身の温厚な人柄にも繋がるような、人の温かみを感じるような表情が融和しています。一方で美濃焼は、千年以上の歴史を持ちながらも、伝統的な様式にとらわれず、現代でも多様な表現が生まれている焼物。自由で大胆な織部をはじめ、硬質な素材の中に、ムラであったり、手づくり・自然の優しさを感じる表現が多く、ケオンなら、それを見事に調理してくれるでしょう」

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2017年に発表された、カンタス航空ボーイング787ドリームライナーとA380スーパージャンボに採用されたプレミアムエコノミーのシート。当時世界最長路線だった最長17時間の飛行のために、人間工学に基づいた快適なシートがデザインされた。photo: Tom Ferguson

ケオンは、愛知県の名古屋を拠点とする食器メーカーのノリタケで、カンタス航空の機内で使う食器をデザインした経験もある。

「シドニーに住んでいるので、日本は近いんです。冬には家族とスキー旅行に長野を訪れたり、ビジネスでもプライベートでも何度か日本を訪れています。以前から日本の工芸品や職人技術には欧米とは異なる独特の魅力があると思っていました。欧米のクラフトマンシップは、豪華な贅沢品をつくる点に紐づいているのですが、日本はもう少し暮らしや食文化と密接に関わっているんですよね」

そう語るケオンは、今回の来日で知った美濃焼の魅力をこう語る。

「素朴な印象のものから、より繊細なものまで表現が幅広く、ここまで多様な焼き物だとは思っていませんでした。一方で、形と土、釉薬というシンプルな要素から成り立っていることが興味深いですね。さらに、9世紀頃に作られたものと50年前に作られたものとを見比べてみると、そこには明らかに一貫性があることも驚きました」

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カンタス航空787-9ドリームライナーの内装をデザインする際に、燃費を良くするため軽量な食器もデザインした。ノリタケが製作をした。photo: Andy Lewis

彼は伊藤に多くの質問を投げかけた。伊藤はその質問を否定せず、とにかく「やってみる」とポジティブに答える。これまでケオンは航空機内のインテリアなど、防災上の問題やスペースなど地上とは違った制約の多いものをデザインしてきた。それに比べると今回のプロジェクトは制約が少なそうにも思える。

「たしかに僕の作品は制約があるものが多かったですね。しかし、何事も制約がないように見えても、最終的には何らかの制約にぶつかるものなんです。僕が伊藤さんに色々と質問をしていたのは、できるかできないかというよりも、不動窯らしくないものを作りたくないので、それを知るためにさまざまな質問をしたというのがというのが本音ですね」

伊藤自身を才能のあるデザイナーであると捉え、彼の考えや技術を学びデザインに反映していきたいと語るケオン。

「まったく新しいものをつくるのではなく、伝統に敬意を払った上でデザインをしたい。その上で、人々が思っている美濃焼を再解釈するようなものを提示できればと思っています」

クラフトテック(Craft x Tech)

https://craft-x-tech.com

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