【尾張七宝】消えゆく伝統を次世代へ。デザイナーと職人が挑む新しい工芸のかたち【Craft x Tech Tokai Project Vol.2】

  • 写真:黒木紀寿 編集・文:井上倫子
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10_Owari Shippo x Philippe Malouin.jpg左:安藤重幸⚫︎1972年、名古屋市生まれ。1880年創業の安藤七宝店を代々経営する安藤家長男。現在は株式会社安藤七宝店の5代目社長であり、尾張七宝協同組合の理事長他、地元伝統工芸団体の要職を務める。 右:フィリップ・マルアン(Philippe Malouin)⚫︎イギリス系カナダ人デザイナー。2008年にスタジオ設立。オランダのデザインアカデミーアイントホーフェン卒業後、国立高等工業デザイン学校(フランス)やモントリオール大学でも学ぶ。ニューヨークのSalon 94 DesignとアテネのThe Breederに所属。Wallpaper*誌のデザイナーオブザイヤーを受賞、ヴィラ・ノアイユ(Villa Noailles)のデザイン・パレードの審査委員長も務める。

全国各地の伝統工芸の産地と、世界で活躍するデザイナーやアーティストがタッグを組み、アート作品を発表するプロジェクト「クラフトテック(Craft x Tech)」。タンジェント(Tangent)の代表でデザイナーの吉本英樹がディレクションを手がけ、デザインキュレーターのマリア・クリスティーナ・ディデロがキュレーションを行い、2024年5月に東京・九段ハウスで第1弾となる東北プロジェクトが発表された。そして26年5月には第2弾となる東海プロジェクトが発表される予定だ。その東海プロジェクトの6つの産地を訪れたクリエイターたちの様子を、連載形式で紹介する。

第2回目は、カナダ出身で現在ロンドンを拠点に活躍するデザイナー、フィリップ・マルアン(Philippe Malouin)が、愛知県あま市と名古屋一帯で作られている金属工芸、尾張七宝の老舗である安藤七宝店を訪れた様子をレポートする。

七宝焼の技術を、次世代へと引き継ぐ

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有線七宝と呼ばれるものは、金属で作られた輪郭線の中にガラス質の釉薬を流し込み、その後何度か焼成させる。ガラス薬を職人の手作業によって一つひとつ差し込んでいるところ。

金属とガラス質の釉薬を組み合わせて作られる日本の伝統工芸、七宝焼。東京七宝、京都七宝などの全国に産地があるなかでも、日本の七宝を牽引してきたのが尾張七宝だ。

尾張七宝は、銀線などの金属線で輪郭をつくりその中に色ガラスを入れて焼き付ける「有線七宝」という技法が有名だ。繊細で奥行き感のある色味や、名古屋らしい華やかさがあり、とくに花瓶のような立体的な装飾品への評価が高い。今回クラフトテックに参加した安藤七宝店の安藤はその魅力をこう語る。

「もともと、明治時代にパリ万博にも出品するなど海外への輸出を狙ってその技術が発展した経緯があり、現在も海外のファンの方が多い工芸品です。最近は海外から観光で訪れるお客様が多いですから、お土産として購入されることが多いですね」

ラグジュアリーな空間を彩る装飾品として発展してきたしてきた尾張七宝だが、時代の変化には逆らえず、業界が縮小するにつれ廃業する職人も増えた。そこで安藤七宝店は5年前に工場を新設し、分業で働いていた職人を雇用し内製化したという。

20250528160843_L1091306.jpg金属で作られた素地を見学するマルアン。七宝作りも体験し、知見を深めた。

尾張七宝のみならず、日本のものづくりの現場は減っている。機械化が進んだことや、より人件費の安い海外へと拠点を移しているからだ。「手を動かしてつくる」仕事は昭和に比べ減ったが、ものづくりに憧れる若手は意外と多い。SNSをはじめとするデジタルの世界が当たり前になり、そのため現実世界への価値が高まってることも影響しているだろう。

「多くの職人が辞めていき、いまある技術が継承されないという危機がありました。しかしものづくりに憧れを抱く若い職人もいます。ベテラン職人の技術がここで引き継がれ、さらに今回のクラフトテックのような機会を通じて、新たな発想につながれば嬉しいですね」

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欠点をポジティブに変換する

flos 2023_04_14_10021.jpgフロス(FLOS)から2023年に発表された「ビルボケ(Bilboquet)」。フランスの伝統的なゲーム、ビルボケから着想を得たデザインで、ジョイント部分の球体を動かし光源の向きを調整することができる。©FLOS

今回、安藤七宝店とコラボレーションするのはデザイナーのフィリップ・マルアンだ。独立前は照明ブランドとしても有名なトム・ディクソンのもとで働き、現在も照明からアート作品まで幅広く手掛けている。2023年にフロスから発売された「ビルボケ(Bilboquet)」のデザインが話題になったことも記憶に新しい。

もともとインダストリアルの分野が専門のマルアンは、これまでもフィンランドのガラスメーカー、イッタラなど、さまざまなブランドのもづくりの現場を見てきた。最近の日本の職人とのコラボレーションでは、香川県高松市の牟礼町と庵治町で産出される庵治石を使った「アジプロジェクト(AJI PROJECT)」に参加しプロダクトを制作した。庵治石は花崗岩の一種で、粘り強く加工がしやすいことから、墓石や建材に使われてきた。その特性と加工技術に着目しスツールやボウルを制作した。

「製造のプロセスや技術を自分の目で確かめることが、デザインのインスピレーションになるんです。このプロジェクトでは、廃棄される部分を使ってプロダクトを作りました」

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アジプロジェクトで、石材加工の基本である「切断」と「穴あけ」の技術に着目し制作したフルーツボウル。© AJI PROJECT

安藤七宝店の製造現場でマルアンはさまざまな質問を投げかけた。どのくらいの大きさで、どんな形状ができるのか? 例えばこんな形は? 絵を交えながらの質問に対し、職人たちはその可能性に応えようといくつかのアイデアを持ち寄った。

「どんなものをつくるのか、まだ具体的には分かりませんが、職人さんたちとのコミュニケーションを通して、できることとそうでないことがわかりました。例えば七宝では金属の素地の繋ぎ目の部分に釉薬を載せるのが難しいということも。でもそこをポジティブに捉えて、それ自体がプロダクトの魅力になるようなデザインもできると思います。若い頃はネガティブな部分を解決することを考えたりもしたけれど、経験を重ねると、その問題自体がインスピレーションになるなと分かったんです」

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国際的に活躍するデザイナーたちとコラボレーションを重ねる「タジミカスタムタイルズ」のプロジェクトにマルアンも参加。タイルの製造方法である「粘土の押し出し成形」と「ワイヤーカット」を活用して制作した新作のオブジェが10月にお披露目になった。 (PLACE) by methodにて10月19日まで展示されている。photo: Jonas Marquet

今年10月には尾張七宝と同じ東海地域の岐阜県多治見市を拠点とするブランド「タジミカスタムタイルズ」から新作オブジェ「Extrude / Cut」を発表した。日本の技術をデザインで輝かせるマルアンの姿勢に、ディレクターの吉本はこう期待する。

「フィリップの作品は、ミニマルな中に人間らしい・生き物らしい愛らしさであったり、時にユーモアも含めて、柔らかさを感じるものが多い。尾張七宝にはエナメル独特の質感があり、シャープな金属の角が丸みを帯びていたりと、形状としてはインダストリアルなプロダクトであっても、柔らかな印象を与えます。彼であれば、その特徴をうまく活かして、また特徴的な絵柄も含めて、斬新なアウトプットに昇華してくれるのではないでしょうか」

クラフトテック(Craft x Tech)

https://craft-x-tech.com

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