左:ベサン・ローラ・ウッド(Bethan Laura Wood)●デザイナー。1983年英国生まれ。ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)を卒業後、2009年にスタジオを設立。色彩、質感、形を幾層にも重ねる多層的なデザインアプローチと、職人技への深い敬意を込めた物語性のある作風で知られる。エルメスやヴァレクストラといった世界的メゾンとのコラボレーションも。ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)をはじめ、世界の主要な美術館に作品が収蔵されている。 右:村瀬弘行●「suzusan」クリエイティブディレクター。1982年、愛知県名古屋市有松の絞り染め職人の家系に生まれる。20代で渡欧し、ドイツのデュッセルドルフにてアートを学んだ後、2008年に自身のブランドを設立。「有松・鳴海絞」を、カシミヤなどの現代的な素材や立体的なフォルムと融合させ、世界20カ国以上で展開するグローバルブランドへと成長させた。全国各地の伝統工芸の産地と、世界で活躍するデザイナーやアーティストがタッグを組み、アート作品を発表するプロジェクト「クラフトテック(Craft x Tech)」。タンジェント(Tangent)の代表でデザイナーの吉本英樹がディレクションを手がけ、デザインキュレーターのマリア・クリスティーナ・ディデロがキュレーションを行い、2024年5月に東京・九段ハウスで第1弾となる東北プロジェクトが発表された。そして26年5月には第2弾となる東海プロジェクトが発表される予定だ。その東海プロジェクトの6つの産地を訪れたクリエイターたちの様子を、連載形式で紹介する。
第5回となる今回は、ロンドンを拠点とするデザイナー、ベサン・ローラ・ウッドが愛知県名古屋市の有松を訪れた際の様子をお届けする。彼女が今回デザインをする工芸品は、400年の歴史を誇る有松・鳴海絞。その伝統をファッション&ライフスタイルブランドへと昇華させた「suzusan(スズサン)」の村瀬弘行とのコラボレーションだ。
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色彩豊かな物語を紡ぐ、ベサン・ローラ・ウッド
ベサンは、素材や職人そしてブランドとのコラボレーションを通じて、多層的で色彩豊かな作品を紡ぎだすデザイナーだ 。これまでエルメスやヴァレクストラなど、名だたるメゾンとともに独創的なプロダクトを生み出してきた。
彼女が大切にするのは、職人との対話から生まれる「詩的なプロセス」 。「職人との会話を通じて、作品がどのように変化し発展していくのかを見届けるのが、デザイナーとしての最大の喜び」と彼女は語る 。そんなベサンにとって有松・鳴海絞との出会いは、まさに待ち望んでいた瞬間だった 。
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「フロム・ローカル」から「トゥ・ローカル」へ。産地の未来
「かつては有松から世界へ(フロム・ローカル)と製品を送り出してきましたが、今は世界から有松へ(トゥ・ローカル)と人が集まる流れができています」と村瀬は語る 。オーストリアの小さな町でsuzusanのストールを買った人が、そのルーツを求めて実際に有松を訪れる。そんな循環をより確かにするため、有松でのツアーや周辺コンテンツの企画など、有松のカルチャーを体験できる環境づくりに取り組みつつあるという。
村瀬は伝統を単に守るべきものではなく、現代の価値観に合わせて「更新」し続けるべきものと捉えている 。彼は以前からベサンと知り合いで、Craft x Techに彼女が参加すると知った際に「彼女のように、ものづくりへの深いリスペクトを持ちながら、それを全く新しい形に置き換えられるクリエイターとの出会いは、素晴らしい“更新”になる」と直感したという 。
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400年の歴史が息づく「有松・鳴海絞」の現場
有松・鳴海絞は江戸時代に東海道を旅する人々の土産物としての手ぬぐい、他にも浴衣として発展してきた。この工芸品は、布を括る、縫う、畳むといったシンプルな方法だが、100種類以上の「絞り」の技法によって、平面の布に多様な模様を生み出してきた。
ベサンが驚嘆したのは「2Dと3Dの往復」だと言う。制作では蛇腹状に折りたたんだ布を固く紐で結び、それを染めることで、染まる部分と染まらない部分を描いていく。「手の動きによって構築された三次元の形が、染めの工程を経て再び平面のパターンへと戻っていく。この2Dと3Dのダンスのようなやり取りは、私にとって非常に魅力的でした」と目を輝かせた 。
実際に自分でも布を畳み、括る工程を体験した彼女は、「トゲトゲした生き物のような形が、染料に浸して広げると美しい図像へと変化する様子は、まるで魔法のようでした」と振り返る 。
二日間にわたる滞在で制作のプロセスを見学したベサン。彼女の頭の中には、すでにいくつかのアイデアが芽生えていた。「今回のコラボレーションを通じて、日本のクラフトと長期的な関係を築きたい」と言うベサンに対し、村瀬も「彼女の視点が入ることで、僕ら自身も気づいていなかった『絞り』の新たな可能性が見えてくるはずだ」と期待を寄せる 。
色彩の魔術師・ベサンと、新たなフェーズへと歩み始めた有松・鳴海絞。このふたつの「詩的な対話」からどのような新しい命を吹き込むのか。その成果は、5月に開催されるエキシビションで明らかになるだろう。
クラフトテック(Craft x Tech)