いま多くのファッションブランドで、服づくりを手がけるデザイナー、すなわちクリエイティブ・ディレクターの交代が起きている。これほどまでに、彼らが”動いた”時期があっただろうか? いや、もちろんなかった。今回の記事では、長くファッションウィークを取材し続ける新聞記者に、なぜこうした状況が生まれているのか、現状と背景を解説してもらった。
2026年、ファッション界において、激動とも言える時代が到来した。デザイナー、ディレクターの交代が続く中、各メゾンのクリエイションは日々更新され、伝統と革新が交差する新たな世界が生まれつつある。今回は、各ブランドの服づくりを担うデザイナー、クリエイティブディレクターたちを紐解き、いま手に入れたいアイテムを紹介。 彼らが生み出す“新たな伝統”を見逃すな。
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中段左から:ジュリアン・クロスナー、デムナ、アレッサンドロ・ミケーレ
下段左から:マイケル・ライダー、ルイーズ・トロッター
昨年から今年にかけて、大手ファッションブランドではクリエイティブ・ディレクターの交代が相次ぎ、ステージ裏では人材が連鎖的に動く「玉突き人事」が進行中だ。新聞記者として欧州のファッションウィークを10年以上にわたり定点観測してきたが、これほど大規模で一斉に針路を切る光景は初めて目の当たりにしている。ブランドは自らの歴史と新鮮な創作を大胆に混ぜ合わせ、まだ手の届いていない客層へと触手を伸ばす——その野心が、季節の風に強く織り込まれている。
コングロマリット(複合企業)による人気メゾンの傘下化が本格的になった1990年代、この動きの芽は既にあった。だが、より大きな市場で利益を追求する姿勢が、それを加速させたのは間違いない。中国経済の停滞に象徴される不透明感のなか、ブランドは攻めに転じる。体制を動かすことで開く扉があることを、業界はよく知っているのだ。
その最前線に、同じ1984年生まれのふたりがいる。ひとりはロエベからディオールのクリエイティブ・ディレクターに就任したジョナサン・アンダーソン。メンズ、ウイメンズ、オートクチュールまでを横断的に手掛けるジョナサンのデビューとなった2026年春夏メンズでは、創設者が女性に向けて世に出したメゾンの象徴「バー」ジャケットを男性の身体に合わせて再構築した。ジェンダーの語法を自在に往復し、職人技を可視化しながら視覚的なウィットで観客の視線をさらう。自身の「JWアンダーソン」と、ユニクロとの協業でも知られる。普及価格帯から最高峰までを人々に届ける——そんな離れ業を継続する、いまこの瞬間の伝説だ。
もうひとりはボッテガ・ヴェネタからシャネルに移籍したマチュー・ブレイジー。26年春夏のファーストルックにツイードではなく千鳥格子のパンツスーツを選んだ時点で、彼の意思表示は明快だ。ボトムスのローウエスト、使い込まれたようにひしゃげさせたキルティングのバッグ「2.55」、花弁を細く刷新した大ぶりのカメリア——記号はそのままに、ニュアンスは大胆に更新される。近づけばチェック柄のスーツは総ビーズ仕立て。クラフトの執念が、エレガンスに新しい重量を与える。ボッテガ時代にメンズでも高い完成度を示した彼だけに、現体制でシャネルがメンズを展開する未来をつい期待してしまう。
複数の大手で、その都度ブランドに見事にフィットする人材は限られている。しかしそのひとりは確実に、ヴァレンティノからバレンシアガへと歩を進めたピエールパオロ・ピッチョーリだ。新天地では創業者クリストバル・バレンシアガが愛した彫刻的な服を、新たな生地のカッティングで再現。バレンシアガらしさと、ピッチョーリ固有の豊かな色づかいが互いの輪郭を際立たせる。移籍はベテランの中に眠っていた別の可能性を呼び起こす装置でもあるのだと、彼の創造を前にして確信した。
30代半ばでドリス・ヴァン・ノッテンの全権を託されたジュリアン・クロスナーは、師のもとで7年ウイメンズを担当してきたが、メンズにおける構成力と色の運用が光る。昨年10月にじっくりインタビューした際、「ファッションには、人の姿勢や気持ちを変える力がある。そう信じたいのです」と静かに語った。その一問一答の誠実さはドリス本人と重なり、服の奥にある倫理と美意識の継承を感じた。気がつけば、私自身が彼のファンになっていた。
そして、来季26年秋冬で最も注目すべきブランド、グッチが2月27日、ミラノでショーを開催した。デムナが指揮を執って以降初のランウェイショーには、世界中から注目が集まった。グッチはケリング全体の4割超の売り上げを担う巨大ブランド。同じグループ内のバレンシアガから抜擢されたデムナは、ケリングの行方を左右する重責を任されたかたちだ。
グッチに移籍後、デムナはメゾンのアーカイブ研究を深めたという。今回のランウェイショーをチェックして最初に感じたことは、輝かしい歴史のなかでも特に90年代半ばから00年代半ばのトム・フォード期に焦点を当てているようだということだった。タイトで、きらびやか。深いスリット。センシュアルな雰囲気が前面に出ており、そこにヴェトモン、バレンシアガで醸成されたデムナの創造が差し込まれていた。今後、コマーシャルラインがどのようなテイストでつくられ、店舗に並ぶのか、とても興味深い。
グッチからヴァレンティノへと舵を切ったアレッサンドロ・ミケーレは、ロマン主義の装飾性をフルボリュームで鳴らす術を知っている。ヴァレンティノのアトリエで彼は厳格なカッティングと、自身のバロック的多層性の対話を続ける。アーカイブの再文脈化、宝飾的な刺繍、色彩の厚み——。他界した創設者のコードを重視しながらも、ミケーレの創造の強さを感じている。
一方、セリーヌのハンドルを握ったのは、元ラルフローレンのマイケル・ライダー。アメリカン・クラシックの精度で鍛えられた彼の強みは、日常のワードローブを磨き上げる編集力だ。パリジャンのシックに通じる厳選と簡潔さ、抜けのいいスポーツウエアの実用性、精度の高いテーラリング。フィービー・ファイロ、エディ・スリマンが紡いだセリーヌの新たな章に心が躍る。
ボッテガ・ヴェネタを託されたルイーズ・トロッターは、クラフトの沈黙に耳を澄ますタイプのデザイナー。レザーに軽やかなユーティリティを寄り添わせ、触感の豊かさを日常の動線に落とし込む。過度な装飾に頼らず、縫い目、厚み、間で語る。ボッテガの感性を軸としたラグジュアリーは、トロッターの手でさらに精度を増すだろう。
ブランド間のデザイナー交代劇は、単なる話題づくりに終わらない。メゾンの遺伝子と新しい創造をミキシングし、伝統を再配置する。それは、装いが世の人々の姿勢や心境を変えうるのだということを確かめる試みともいえる。こうした大きな流れは、デザイナーのキャリア観にも決定的な変化をもたらした。かつての成功法則は、「自身のレーベルを育て、経営と創作を二輪で回すこと」。いまはそれに加え、あるいは代わって「大資本のもとで著名メゾンの舵を握り、そこで文化とビジネスを両立させること」になった。ファッションデザイナーの才能は単独で輝くのみならず、大きな物語の中で増幅されるのである。
後藤洋平
朝日新聞編集委員。1976年、大阪府生まれ。99年、報知新聞に入社し芸能・社会を担当。2006年、朝日新聞に移籍し大阪府警捜査1課担当などを経て、14年から東京や欧州のファッションウィークを取材。朝日新聞のコラム「多事奏論」の筆者も務める。
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