ティファニーの時計製作、アメリカの歴史とともに歩んだその物語を紐解く

  • 文:柴田 充
Share:
ティファニーの時計製造の歴史を物語る逸品で、タイアニック号救助船の船長に送られた1912年製の懐中時計。ケースバックを開けると、感謝のメッセージが刻まれている。

ニューヨークのハイジュエラーとして名高いティファニーは、創業間もない頃から時計を手掛けてきた。アメリカの歴史とともに時を刻む、ティファニーのウォッチメイキングを振り返る。

【関連記事】
後編:新たな幕開けを迎えた、ティファニーのハイジュエリーウォッチメイキング

創業初期から時計に宿る、ティファニーの美学

Atlas-statue--Tiffany-&-Co.-flagship-store,-1940-@Tiffany-Archives.jpg
1853年から現在までニューヨークのシンボルとして時を刻んできた、アメリカ初の公共時計「アトラス クロック」

ティファニーには、どれだけ金額を積まれても決して売らないものがひとつある。ただし顧客には無償で供される。それがブルー ボックスだ。ターコイズを思わせる明るく淡いブルーは、世代を超えて多くの女性たちの夢や憧れであり続ける。そしてそれと並ぶブランドのシンボルとして、1853年からニューヨーク本店エントランスに掲げられているのが「アトラス クロック」である。

懐中時計が普及し始めたばかりの当時、ニューヨークで初の公共時計として設置された。本来、ギリシャ神話の巨神アトラスが背負っているのは巨大な天球。しかしここで彼が支えるのは、大きな時計である。ニューヨーカーはこれを見上げ、あらゆる可能性に向かって進み続ける時を実感したに違いない。ダイナミズムに満ちた街の時間と人々の暮らしを支える存在であり、ティファニーにとって時計はジュエリーと変わらない輝きを放つのだ。

Tiffany-&-Co.-Pocket-Watch-Chronograph-1872-1879-@Tiffany-Archivess.jpg
1874年にスイス・ジュネーブに設立されたティファニーの時計工房と、技術力の高さを物語る当時としては貴重なスプリットセコンドクロノグラフ。

1837年の創業から10年目には既に時計の販売を開始し、独自のウォッチメイキングへと歩みを進める。スプリットセコンドクロノグラフといった複雑時計を発表する一方で、高まる時計の需要に応えるため、74年にはスイス・ジュネーブのコルナヴァン広場に自社の時計工房と直営店を構えた。

シャトレーン・ウォッチなど優美なジュエリーウォッチを製作しながら、その時計はアメリカの歴史とともに歩んでいった。たとえば、1919年のタイタニック号沈没事故では、危険を顧みず生存者を救助した客船船長に感謝の印として懐中時計が贈られ、第32代合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトはティファニーの腕時計を着けてヤルタ会談に臨んでいる。

そして2021年、ティファニーはLVMH傘下に入り、ウォッチメイキングは新たな一歩を踏み出した。グループ内の時計ブランドやムーブメント開発会社との連携やリソースを活かし、ハイジュエラーならではの美的感性に富んだ革新的なデザインやクラフツマンシップと、傑出したスイスの時計技術を融合させる。

憧憬の青い箱を開ける至福の瞬間のように、そこから新たな時が刻み始めるのだ。 

Tiffany-watch-gifted-to-President-Franklin-D.Roosevelt-@Tiffany-&-Co.jpg
第32代アメリカ合衆国大統領、フランクリン・ルーズベルトが愛用したティファニーの腕時計。

---fadeinPager---

創業初期から始まっていた、ティファニー時計製造の歩みを振り返る


【1837年】物語の始まりを告げる、ニューヨークでの創業

1_Charles-Lewis-Tiffany-@Tiffany-&-Co.-.jpg
チャールズ・ルイス・ティファニーは、学友のジョン・ヤングとともに、文房具をはじめ、ヨーロッパやアジアの骨董品を扱うショップをニューヨークに開く。ここから物語は始まった。



【1853年】アメリカ初の公共時計、「アトラス クロック」設置

2_Atlas-statue---Tiffany-&-Co.-Union-Square-flagship-store,-1892-@Tiffany-Archives.jpg
ブロードウェイ550番地に旗艦店がオープンした際に設けられたのが「アトラス クロック」だ。現在も5番街の本店入口で、ニューヨークのランドマークとして時を刻んでいる。



【1866年】アメリカでは初となる、ストップウォッチを開発

3_Tiffany-Timer@Tiffany-&-Co. のコピー.jpg
アメリカで初となるストップウォッチを開発し、スポーツ計測や研究実験に用いられた。2年後にはスプリットセコンドクロノグラフへと発展し「ティファニー タイマー」と名付けた。



【1874年】スイス・ジュネーブに、大規模工場を設立

4_Tiffany-adversting-Geneva-watch-Manufactue---1847-@Tiffany-Archives.jpg
ジュネーブ駅前のコルナヴァン広場に大規模な自社時計工房を開設した。アメリカのブランドでは初の取り組みであり、この頃からすでにスイスの名門ブランドとの協業体制を整えた。



【1893年】シカゴ万国博覧会で、最高賞を受賞

5_Tiffany-archival-lepel-watch-@Tiffany-&-Co.-.jpg
シカゴ万国博覧会で最高賞を受賞した懐中時計。渦を巻くようなパールのモチーフは、アメリカ先住民のバスケット編みから着想し、エメラルドのグリーンのアクセントも美しく映える。



【1990年】NY地下鉄工事の“土”が入った記念時計

7_Tiffany-&-Co.-Pendant-Watch-1900@Tiffany-Archives-BACK.jpg
1904年に開業したニューヨークの地下鉄。遡ること4年前の起工式で、市長による最初のひと掘りで取り出された土の一部がドーム型のクリスタルのケースバックに収められている。

---fadeinPager---

【1912年】タイタニック号救助船の船長に贈られた感謝の印

8_TITANIC_WTH_v2_TM_120524_am_V2.jpg
救助された3人の著名な女性が感謝と敬意を込め救助船の船長に贈った。英国のオークションでティファニーが197万ドルで落札し、タイタニック号の遺品として過去最高額を記録した。



【1920年】アメリカンアールデコをジュエリーウォッチで表現

8F9C0F66-A269-4850-9F03-EDEE2327B785_1_201_a.jpeg
パリを席巻したアールデコのデザイン様式は、アメリカに渡りニューヨークで独自の進化を遂げた。1930年代発表のカクテルウォッチは、当時のフラッパーファッションを華やかに彩った。



【1939年】素材革新の独創性を、NY万博で発表

F2107794-D8F5-4BD0-91DC-CE12DA463D94_1_201_a.jpeg
さまざまなカットのダイヤモンドを多彩なモチーフにあしらった腕時計。風防にはクリスタルではなく半透明のブルーのサファイアを採用し、素材革新の試みで斬新な個性を与えている。



【1945年】ルーズベルト大統領が、愛用した腕時計

11_Tiffany-watch-gifted-to-President-Franklin-D.Roosevelt-@Tiffany-&-Co-(3).jpg
第32代フランクリン・ルーズベルト大統領が誕生日のプレゼントに贈られた腕時計。これを着けて訪れたのは、ヤルタ会談の場。そこから戦後に向けて、新たな世界の時が進み始めた。



【1958年】シュランバージェによる、自然への賛美を腕時計に

78323639-F0EF-45C1-9B5F-6E011514C924_1_201_a.jpeg
ダリアは、20世紀を代表するジュエリーデザイナーのジャン・シュランバージェが自然界から着想を得たモチーフ。シークレットウォッチのほか、ジュエリーやオブジェの装飾にも採用。



【1983年】現在まで続く、「アトラス」を発表

C3030E7B-C2BD-464D-9708-AF61B009A537_1_201_a.jpeg
ベゼルに配されたローマ数字のインデックスは、「アトラス クロック」に着想を得た。ニューヨークの時を刻み続けるシンボリックなデザインにミニマルな機能美を極めた、今日まで続くコレクションである。

【関連記事】
後編:新たな幕開けを迎えた、ティファニーのハイジュエリーウォッチメイキング

ティファニー・アンド・カンパニー・ジャパン・インク

TEL:0120-488-712
www.tiffany.co.jp

関連記事