ニューヨークのハイジュエラーとして名高いティファニーは、創業間もない頃から時計を手掛けてきた。アメリカの歴史とともに時を刻む、ティファニーのウォッチメイキングを振り返る。
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創業初期から時計に宿る、ティファニーの美学
ティファニーには、どれだけ金額を積まれても決して売らないものがひとつある。ただし顧客には無償で供される。それがブルー ボックスだ。ターコイズを思わせる明るく淡いブルーは、世代を超えて多くの女性たちの夢や憧れであり続ける。そしてそれと並ぶブランドのシンボルとして、1853年からニューヨーク本店エントランスに掲げられているのが「アトラス クロック」である。
懐中時計が普及し始めたばかりの当時、ニューヨークで初の公共時計として設置された。本来、ギリシャ神話の巨神アトラスが背負っているのは巨大な天球。しかしここで彼が支えるのは、大きな時計である。ニューヨーカーはこれを見上げ、あらゆる可能性に向かって進み続ける時を実感したに違いない。ダイナミズムに満ちた街の時間と人々の暮らしを支える存在であり、ティファニーにとって時計はジュエリーと変わらない輝きを放つのだ。
1837年の創業から10年目には既に時計の販売を開始し、独自のウォッチメイキングへと歩みを進める。スプリットセコンドクロノグラフといった複雑時計を発表する一方で、高まる時計の需要に応えるため、74年にはスイス・ジュネーブのコルナヴァン広場に自社の時計工房と直営店を構えた。
シャトレーン・ウォッチなど優美なジュエリーウォッチを製作しながら、その時計はアメリカの歴史とともに歩んでいった。たとえば、1919年のタイタニック号沈没事故では、危険を顧みず生存者を救助した客船船長に感謝の印として懐中時計が贈られ、第32代合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトはティファニーの腕時計を着けてヤルタ会談に臨んでいる。
そして2021年、ティファニーはLVMH傘下に入り、ウォッチメイキングは新たな一歩を踏み出した。グループ内の時計ブランドやムーブメント開発会社との連携やリソースを活かし、ハイジュエラーならではの美的感性に富んだ革新的なデザインやクラフツマンシップと、傑出したスイスの時計技術を融合させる。
憧憬の青い箱を開ける至福の瞬間のように、そこから新たな時が刻み始めるのだ。
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創業初期から始まっていた、ティファニー時計製造の歩みを振り返る
【1837年】物語の始まりを告げる、ニューヨークでの創業
【1853年】アメリカ初の公共時計、「アトラス クロック」設置
【1866年】アメリカでは初となる、ストップウォッチを開発
【1874年】スイス・ジュネーブに、大規模工場を設立
【1893年】シカゴ万国博覧会で、最高賞を受賞
【1990年】NY地下鉄工事の“土”が入った記念時計
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【1912年】タイタニック号救助船の船長に贈られた感謝の印
【1920年】アメリカンアールデコをジュエリーウォッチで表現
【1939年】素材革新の独創性を、NY万博で発表
【1945年】ルーズベルト大統領が、愛用した腕時計
【1958年】シュランバージェによる、自然への賛美を腕時計に
【1983年】現在まで続く、「アトラス」を発表
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