2025年の腕時計界を象徴する5本を、時計ジャーナリスト・髙木教雄が厳選。小径ケースの再評価、クオーツと機械式の融合、古典的な意匠の復活──進化と回帰がせめぎ合う今年の新作から、“いま語るべき”腕時計を選び抜いた。
A.ランゲ&ゾーネ「1815」

ヴィンテージスタイル、小ぶりという、いまの時計界の潮流を象徴する1本である。またダイヤルに用いたブルーも、トレンドとなっている。コレクション名は、創業者アルフレッド・フェルディナンド・ランゲの誕生年に由来。彼が製作した懐中時計に範を採るクラシカルなスタイルが、ケース径34㎜×6.4㎜厚と、小さく薄く再構築された。
1モデル1ムーブメントというブランドの信念にならい、新型「Cal.L152.1」を開発し搭載。ケースにジャストサイズの小径かつ薄型設計でありながら、72時間駆動を実現したのはお見事である。そしてコレクションの慣例に則してフリースプラングのテンプを古典的なチラネジで歩度調整する仕組みとしているのは、ヴィンテージ時計ファンの琴線に触れるだろう。むろん外装にも機械にも、超一流の手仕上げが隅々にまで行き渡っている。
グランドセイコー「SLGB003」

ゼンマイの力で発電し、その電力で稼働するICと水晶振動子で制御する──セイコー独自のスプリングドライブが、“年差±20秒”という超高精度に進化を遂げた。これにはグランドセイコー用のクォーツ「Cal.9」F系に備わる温度変化補正機能の採用が、大きく貢献している。
実はゼンマイによる発電量は、クオーツ式で用いる電池よりも小さい。ゆえにこれまで温度変化補正機能が使えなかった。そこで省電力で働くICを新開発し、搭載可能としたのだ。さらにICと水晶振動子を真空パックすることで、温度と湿度の影響を最小限にもしている。この最新のスプリングドライブU.F.A.(Ultra Fine Accuracy)を、37㎜の小ぶりなブライトチタンのケースに搭載。独自の硬化処理により傷に強くて軽く、小さくて装着感が良好で、針調整がほぼ不要。デイリーウォッチの、まさに理想である。
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ジャガー・ルクルト「レベルソ・トリビュート・ ジオグラフィーク」

表面だけでは、1931年に誕生した初代レベルソから引用したトリビュートダイヤルにグランド・デイトを追加、としかわからない。しかしケースを反転すると、裏蓋に24の都市名を印字し、その内側のスリット内に回転する24時間ディスクが備わるワールドタイマーが現れる。
同機構はジュネーブの時計師ルイ・コティエによって発明され、1937年に角形時計に初搭載された。本作は、ワールドタイマーの原点回帰である。タイムゾーンの設定は、ケースをスライドした際に上部に出現するスライダーで操作する仕組み。世界初の反転式ワールドタイマーは、既存の表裏のデュアルタイム、「デュオ」のムーブメントを最小限の設計変更で実現しているため、信頼性は実証済だ。また表面のグランド・デイトは、1の位のディスクだけをムーブメントで駆動し、そのディスクに備わる爪で10の位のディスクを送るシンプルでクレバーな設計で、薄型化をかなえた。
パルミジャーニ・フルリエ「トリック パーペチュアルカレンダー」

ダイヤルを取り囲むリングの外側を一段くぼませたエリアに極端に短い植字バーインデックスを設置し、悠々と余白を広げる。昨年、古の技法を掘り起こした手塗りのグレイン仕上げをダイヤルの主役として生まれ変わった「トリック」に、永久カレンダーが追加された。その全暦表示は、ダイヤルにスリムなリングとラインの転写で表した2つのオフセット・インダイヤルに集約。各インデックスも、敢えて華奢なフォントを用いている。
結果、複雑機構が備わることをことさら強く主張せず、やはりグレイン仕上げの美しさが主役となった。これはかつてない、永久カレンダーのクワイエットラグジュアリーな表現である。これを時計ファンは、どう評価するのか? 時計を腕から外した時にだけ、ムーブメントの地板とブリッジがゴールド製だとわかるのも、控えめな美学である。
カルティエ「タンク ア ギシェ」

ソリッドに閉じられた時計の前面に2つの小窓(ギシェ)を開けた様子を、人呼んで“鉄仮面”。各窓は上側がジャンピングアワーで、下側はディスク式の分表示である。1928年に誕生した「タンク ア ギシェ」が、現代に蘇った。
同モデルは、これまで3度限定復刻されているが、今回はオリジナルと同じ12時位置リューズまでも受け継いでいる。しかもレギュラーモデルとしての帰還である。鉄仮面を待ちわびたファンには、朗報であろう。最低限の表示と12時位置リューズによって、「タンク」のシンプルな幾何学的プロポーションは純化された。一方、ソリッドな前面をヘアライン加工したやや無骨な雰囲気は、カルティエにあっては新鮮である。ケース素材はイエローゴールド、ピンクゴールド、プラチナの3種をラインアップ。その中でもっともクラシカルな印象が高いこのイエローゴールドが、古典的な機構には似合う。

髙木教雄(時計ジャーナリスト)
1962年、愛知県生まれ。90年代後半から時計を取材対象とし、工房取材を積極的に行い、時計専門誌やライフスタイルマガジンなどで執筆。著書に『世界一わかりやすい腕時計のしくみ』『世界一わかりやすい腕時計のしくみ 複雑時計編』(ともに世界文化社)などがある。