2025年もそろそろ折り返しに差し掛かる中、今年もメゾンの個性と技術の粋を凝縮した新作が数多く発表された。時計ジャーナリスト・並木浩一が自らの視点で選び抜いた、必見の5本を紹介する。
ブレゲ「クラシック スースクリプション 2025」

いままで一度も腕時計化されることのなかった伝説の品「スースクリプション」。オリジナルの懐中時計は18世紀末、創業者の初代ブレゲの作だ。フランス王室に絶対の信頼を受けた天才時計師は革命の混乱からスイスに逃れたが、再びパリに戻って活動を再開。代金の4分の1を前払いして“予約”=スースクリプションする時計は大ヒットとなった。
ブレゲ創業250年の今年、その時計の伝説が再開された。グラン・フー・エナメルのホワイト文字盤、手焼きブルースチールの“ブレゲ針”、新登場の“ブレゲ・ゴールド”。そして「1本針」のスタイルも踏襲。外周の5分刻みの目盛りを、先端に菱形を加えた18世紀と同じシルエットの針が指示する。
大らかに時間を把握する歴史的スタイルの半面、最新のムーブメントは正確無比という落差もまた魅力だ。
パテック フィリップ「カラトラバ Ref.6196P」

「カラトラバ」のファーストモデルは、1932年に誕生した「Ref.96」だ。それ以来パテック フィリップは、このモデルの伝統を継承し、ラインアップの中でも完全に王道を行く新作に末尾「96」を与え続けてきた歴史がある。この「6196P」は、その意味でも登場が待たれていた品。絶対の自信作である。
フラットベゼルの伝統的なシルエットを備えたケースはプラチナ製で、38㎜サイズが選択された。スモールセコンド3針スタイルで、時分針はドフィーヌ、インデックスはオビュ(砲弾)型にファセット仕上げと、オリジナルのコードを遵守している。その一方でなんとも艶っぽいのが、ローズゴールドめっきを施したオパーリンダイヤルだ。アントラサイトの針やインデックスがはっきりと目鼻立ちを描く表情は、絶対的なドレスウォッチ美学の、ひとつの完成形と評価して間違いない。
ルイ・ヴィトン「タンブール タイコ スピン・タイム エアー アンティポード」

キューブが回転してアワーを表示することを基本とする「スピン・タイム」。その独創的ジャンピングアワー機構を、まったく予想外のワールドタイマーに応用した超絶コンプリケーションだ。キューブの一つひとつが地球上の12タイムゾーン上の地点とその真反対に位置する12地点を対比し、「東京の正午とリオデジャネイロの真夜中」のように表示する。当然のように特許を取得したという前例のないダイナミックな構想は、新しい世界時間の把握方法だ。
旅のブランドであるルイ・ヴィトンがつくる、トラベルウォッチの最高到達点。それでいて東京を「TOK」と表記するなど、既存の都市コードとは異なる世界観のエスプリが、実用性を昇華させる。「エアー」の名の通り、それぞれのキューブがケース内で浮いているように見える「フローティング」表示も目に快い。
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ロレックス「オイスター パーペチュアル ランドドゥエラー 40」

「シードゥエラー」、「スカイドゥエラー」、そして今回の「ランドドゥエラー」でロレックスによる地球上の海・空・陸の制覇が完成した。一見するとハニカムパターンの文字盤、フラットなジュビリーブレスレット一体型に見えるスタイルへ思い切り視線を惹かれるが、むしろ内部にこそ真価がある。ロレックス初の毎時3万6000振動、まったく未知の形状をシリコンを駆使して造形した“ダイナパルス エスケープメント”、そしてエネルギー効率の大幅向上で得られた約66時間のパワーリザーブ。そのムーブメントがサファイアクリスタルのケースバックから鑑賞でき、動体視力を試すかのような毎秒10振動を披露する。
コレクションのデビューにも関わらずプラチナ、エバーローズゴールド、ステンレス・スチールケース&ブレスレットにホワイトゴールドベゼルのホワイトロレゾール、ダイヤセットモデルもあり、しかもサイズは40㎜と36㎜が揃う。どこまでも目移りを誘うコレクションだ。
オメガ「オメガ シーマスター ミラノ・コルティナ 2026」

秀逸なヘリテージデザインと美しいグラン・フー エナメルのダイヤル。過去にオメガが製作してきたオリンピック記念モデルと比較しても、飛び抜けて魅力的なモデルだ。ヒストリカルな外観の一方でケースにはオメガ独自のムーンシャインゴールドを採用し、サイズは37㎜と絶妙のポジションを採った。心臓部分にはスイス連邦計量・認定局(METAS)認定のコーアクシャル マスター クロノメーター「キャリバー8807」を奢っている。
ディテールも考え抜かれたもので、クサビ形状のインデックスとドフィーヌ針を採用する一方で、「シーマスター」のシグネチャーとミニッツトラックはグレーのプチ・フーエナメルで描線。ゴールドウォッチの押し出しの強さが上品に昇華されている。ケースバックはあえてシースルーバックにせず、今回の五輪だけの記念のメダリオンをセットしたのも好ましい。

並木浩一(桐蔭横浜大学教授/時計ジャーナリスト)
1961年、神奈川県生まれ。1990年代より、バーゼルワールドやジュネーブサロンをはじめ、国内外で時計の取材を続ける。雑誌編集長や編集委員など歴任し、2012年より桐蔭横浜大学の教授に。ギャラクシー賞選奨委員、GPHG(ジュネーブ時計グランプリ)アカデミー会員。著書に『ロレックスが買えない。』など多数。