なぜガウディは、没後100年以上たった今も人々を惹きつけるのか。バルセロナ市内の必見建築…多くの人を魅了する美しい「カサ・バトリョ」、そして真贋を巡る謎めいたエピソード。俳優、磯村勇斗が“未完”から受け取った「遺された言葉」まで――。建築ファンはもちろん、アートや旅が好きな人にもおすすめのガウディ関連記事3選をお届けします。

①【ガウディ建築5選】バルセロナ市内編|サグラダ・ファミリア教会へと続く創造の軌跡をたどる
バルセロナ市内には、ガウディの建築作品が点在している。それぞれの建築を訪ね、そのメッセージを読み解きながら、サグラダ・ファミリア教会へと続く創造の軌跡をたどろう。
〇カサ・バトリョ 1904〜1906年
アシャンブラ地区の目抜き通りに立つ本作は、実業家ジョゼップ・バトリョの旧宅兼賃貸アパートを全面的に増改築した建物だ。骸骨を彷彿とさせる造形から「骨の家」とも呼ばれる。組積造を部分的に鉄骨で補強し、造形の自由度を高めた空間には、躍動する“海”の世界が広がる。外装から壁、天井、建具まで波打つ曲線が連続し、建物全体に一体感を与えている。
素材と光の扱いも見どころだ。破片タイルと色ガラスによる外装、ガラスの連続窓、上階に向かうほど青が深まる吹き抜けのタイルは、光とともに多彩な表情を見せる。これらの意匠は単なる装飾ではなく、緻密な通風・採光計画とも連動し、高密度化する都市住宅の課題に挑んだガウディの先見性を物語っている。朝日が建物に当たる早朝に見に行くべし。

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②磯村勇斗が語るガウディの魅力。“未完”から受け取る「遺された言葉」とは

ガウディの手掛けた建築は、いつの時代もクリエイターの創造力を刺激してやまない。世界の建築や美術を紹介するテレビ番組で、レポーターとしてガウディ建築を訪ねた俳優の磯村勇斗。なかでも最も印象に残ったのがコロニア・グエル教会だった。「中に入った途端、包み込まれるような感覚があってとても居心地がよかったですね。石でできているのにどこかやわらかくて、母親の胎内にいるような感覚を覚えました。傾斜した柱が上へ上へと伸びていて、それがサグラダ・ファミリア教会にも取り入れられている。作品をたくさん見れば見るほどガウディを身近に感じるようになりました」
家具好きとしても知られる磯村だが、コロニア・グエル教会のベンチに座ってみて、よりガウディに親しみを覚えたという。「ベンチは直線的につくられているものが多いですが、この教会のベンチは曲線的で、ふたつの座面がハの字につながり隣との距離感もちょうどよい。座ってみてあまりの心地よさに驚きました。ガウディはこういった日常的な家具にも、使う人の気持ちを考えて制作しているんです」
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③ 【消滅した設計図】ついに完成に向かうサグラダ・ファミリアに絶えない「贋作」論争の真実
2026年6月10日、ガウディの没後ちょうど100年に当たる日の夜。サグラダ・ファミリアの最高塔「イエス・キリストの塔」の落成式がバルセロナで盛大に行われた。だが、そもそもサグラダ・ファミリアの設計図は内戦で焼かれ、現在の工法もガウディが意図した原型と大きく異なる。偉業を称える声の一方で、「すでにガウディの作とは呼べない」との批判も根強い。
自然界の美を取り込んだガウディ
ガウディは、自然のなかに神の意図を読み取ろうとした建築家だった。国際美術月刊誌のアポロ・マガジンによれば、少年時代から木の枝分かれする様子や葉の並びといったパターンに強い興味を示し、やがてその知見をカトリック信仰と結びつけていったという。ガウディはまた、重力を「神の最大の発明」と呼び、鎖を2点間に垂らしたときにできる曲線を上下反転させた形「カテナリーアーチ(懸垂曲線)」に着目している。建築における最も経済的で力学的に優れた形状とされるこのアーチは、ガウディ建築の主旋律(ライトモチーフ)となった。その思想を形にしたのが、バルセロナのサグラダ・ファミリア聖堂だった。聖堂が自分の代では完成しないことを、ガウディは見越していた。生前におおむね形になったのは「生誕のファサード」と呼ばれる一部の壁面だけだった。後世の建築家が工事を引き継げるよう、大量の図面と精緻な縮尺模型を残している。だが、その資料の多くは、後世の混乱で失われることとなる。
灰になった設計図
1926年6月、ガウディはバルセロナ中心部で路面電車にはねられた。アイルランド全国紙のアイリッシュ・タイムズによれば、搬送先の病院では誰ひとり、ぼろをまとった髭面のこの男が、わずか数ブロック先で聖堂を建てているバルセロナ随一の建築家だとは気づかなかったという。3日後、彼はそのまま息を引き取った。10年の歳月が流れ、スペイン内戦勃発直後の1936年7月20日。イベリア・アナーキスト連盟(FAI)の無政府主義者たちが聖堂に押し入った。アポロ・マガジンは、ガウディが永眠する地下聖堂に踏み込み、墓を破壊してイワシの缶詰を詰め込んだと伝える。無政府主義者らは図面や計算書を焼き払い、石膏模型を叩き壊した。職人など関係者12名も、その後数週間にわたって追跡され殺害されている。貴重な図面や模型は、大半が灰や断片と化した。以後の建設作業においては、焼け残った図面や模型からガウディの意図を推し量りながら工程が進められた。そして2026年6月10日の夜。サグラダ・ファミリア聖堂の「イエス・キリストの塔」が、照明を受けてバルセロナの夜空に浮かび上がった。イタリア建築・デザインWebマガジンのデザインブームによると、聖堂で最も高いこの塔は高さ約172.5メートル。頂に巨大な十字架が据えられ、外観がついに完成した。足かけ100年以上の建設が節目を迎えたいま、ガウディなきあと建て続けられたこの聖堂が、なおも「ガウディの作品」と呼べるのか、議論は絶えない。