1989年の原作漫画の連載開始から、現在にいたるまで連綿とアニメ化が続く「攻殻機動隊」。数多くの作品群の中から、まずなにを目にすべきか迷う人も多いだろう。そこで、主要6作品の概要をわかりやすく伝えたい。この記事を入り口に、攻殻機動隊の世界へ、飛び込んでみてほしい。
日常のツールとして急速に浸透したAIは、過去に例を見ない早さで進展している。そんな世界をネットの普及前、80年代末に予見した『攻殻機動隊』を、デザイン、都市論、宗教学など多様な視点から紐解いた。“新たな古典”と呼べる奥深き作品世界へ、いざ、飛び込もう。さらに、『攻殻機動隊』とPenがスペシャルコラボした「笑い男」ステッカーの付録付き。本誌だけの特別仕様で蘇る限定アイテムにも注目だ。
『士郎正宗から押井守、新作アニメまで――攻殻機動隊を見よ』
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緻密な世界を構築した、すべての原点
原作で初めて素子が登場したコマ。連載開始は1989年だが既にAIという言葉も具体的に使われている。作品内では高度なテクノロジーや凄惨な事件が描かれるが、登場人物たちからはポップで陽気な雰囲気も漂う。©士郎正宗/講談社
士郎正宗が1989年に連載開始した伝説的な漫画。科学雑誌などからの知見を根拠に、緻密に計算して描かれたテクノロジーはいま見ても古びていない。時代設定は2029年から始まり、第1巻では電脳洗脳装置を隠していると噂される福祉施設への潜入や、暴走するロボットたちの捜査といった特殊犯罪に公安9課が挑む。クライマックスは人工生命体の「人形使い」と草薙素子が融合する場面だ。第2巻では融合した素子(の同位体たち)が登場。第1.5巻では素子が去った後の公安9課でのエピソードを軸に、死やゾンビといった主題を扱う。第2巻では手描きとCGを組み合わせるなど、既存の漫画表現を超えた技法に創造の美学が見受けられる。
「草薙」「ヒルコ」「フチコマ」といった言葉づかいからは、『古事記』など日本神話の参照もうかがえる。神話と科学技術を折衷する意図を感じる、いわばサイバースペースの国生み神話だ。
海外にその名を馳せた、巧みな演出が光る傑作
舞台である新浜市は、押井の『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』では90年代の香港を思わせる、新旧入り混じるエネルギッシュな街として描かれている。本作の素子は落ち着いた性格で、自身のアイデンティティに思い悩む場面も多い。©1995士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT
2029年、公安9課の素子たちが国際指名手配されている凄腕のハッカー・人形使いを追いかける。捜査の中でその正体が人工生命体だと判明した人形使いは、素子との融合を要求。素子はそれを受けて融合し、高次の存在に。
ストーリーは原作の第1巻をベースにしているが、比喩や隠喩を駆使した押井守の演出、アナログの作画・動画における技術的到達点、「人間とはなにか」といった哲学的な内容で当時のアニメ・SFファンを席巻した劇場アニメ作品。ポーランド映画やタルコフスキー作品など、旧東側の実写映画に影響を受けた文法を、西側の日本の資本主義下における商業芸術であるアニメで実践。二項対立を崩すようなその試みは、サイボーグが象徴する「人間と機械の境界」という本作のテーマとも呼応し、高い完成度を誇る。テクノロジーにより変貌していく戦後日本社会の寓話とも解せる。
莫大な予算を投入した、異質な映像表現
素子が不在の2032年。ロボットが人間を襲う事件が発生。バトーとトグサは、ロボット製造元の本社が位置する北端の択捉へ向かう。そこでふたりは対峙する凄腕ハッカーに偽りの記憶を植え付けられ、何度もループする悪夢のような記憶を見せられる。©2004士郎正宗/講談社・IG,ITNDDTD
人形使いと融合して去ってしまった素子ではなく、残されたバトーを主役にした続編。事件の捜査をしながらも、バトーは失った素子と会うことを希求し続けている。素子の面影を持つ少女の人形が発した「助けて」という声をきっかけに、バトーの探求の旅が始まる。
監督の押井いわく「身体論」を語る作品。まるでスマートフォンに常時接続されてしまったかのような現代人に身体感覚がないことを批評する。同時に、「死生観」も主題として息づいている。刑事モノの話法を用いながら、孤独な中年男性が救済を求めてさまよう、ダンテの『神曲』を彷彿させる物語だ。身体論と死生観が結び付くのは、舞台の上をあの世とこの世の混ざった異界と見なす能の身体論・死生観の影響であろうか。莫大な予算と時間をかけてつくられた、セル画とCGを組み合わせた表現は、現実のものと思えない、あの世を感じさせるような異質さである。
現実のネット民を巻き込んだ、TVアニメ
押井版に登場しなかったサイトー、ボーマ、パズたちの姿も。タイトルに掲げられた“STAND ALONE COMPLEX”は、個として独立した人々がネットを介して情報を共有することで、結果として組織化されたように同じ行動を取る現象を指す。©士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊製作委員会
神山健治が監督を務め、夜間放送枠で人気を博したテレビアニメ作品。第1作『攻殻機動隊 STAND ALONE COM
PLEX』では、素子が人形使いと融合しなかった場合の2030年を舞台に、押井版よりはつらつとした素子率いる公安9課が難事件を次々と解く。メインで描かれるのは、義賊的な正義の実行者とその模倣者たちが繰り広げる劇場型犯罪「笑い男事件」。毎週1話ずつ放送されるアニメを観た視聴者たちはネット上で議論を展開し、虚構の事件に自分も巻き込まれている感覚に、当時としては異様な興奮を覚えた。
第2作『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』では難民に影響を与えるカリスマ革命家や右傾化した大衆を操作する内閣情報庁が登場。第3作『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』ではシステムによる社会問題解決を描く。シリーズを通してネットの個・集団と政治や情報のあり方を模索。
未熟で弱さも見せる、主要メンバーの前日譚
原作の時代設定から2年遡った2027年、原作者が残したキャラクター設定の資料などをもとに、総監督の黄瀬が若き日の公安9課の面々を生み出した。キャラクターデザインはスタイリッシュで、アクションシーンの気持ちよさは格別だ。©士郎正宗・Production I.G/講談社・「攻殻機動隊ARISE」製作委員会
総監督を務めたのは、上述した押井の2作や『新世紀エヴァンゲリオン』に作画監督として参加した黄瀬和哉。シリーズ構成は、小説『マルドゥック・スクランブル』などで知られる冲方丁が担当。劇場上映された4部作に続き、2015年には『攻殻機動隊 新劇場版』も公開された。描かれるのは公安9課結成までの過程、いわゆる前日譚だ。その若さ故か、素子たちはほかの作品と比較すると超人的ではなく未熟。弱さも見せる等身大の姿には共感しやすい。
追跡対象は、ファイア・スターターという記憶ウイルスだ。偽の記憶を植え付けるウイルスが蔓延し、集団の信念をも書き換えてしまう。そんな政治的扇動に素子たちが介入。客観的な事実よりも個人の感情的な意見のほうが強い影響力を持つ、ポスト・トゥルースと呼ばれる現実の社会問題を暗示しており、それを先駆的に扱った作品だ。
現代の社会問題と対峙した、3DCG作品
一度は解散したとされる公安9課が再結成する場面からストーリーが展開される。本作では新メンバーも登場。これまでのアクション・捜索シーンに加え、キャラクターの秘められた過去が明かされる過程で、涙なしには観られない場面も。©士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会
攻殻機動隊初のフル3DCGアニメに挑戦し、NETFLIXで配信された。監督は『S.A.C.』の神山に加え、世界初の3Dライブアニメとして注目を集めた『APPLESEED』の荒牧伸志が担当。
「サスティナブル・ウォー」と呼ばれる戦争が恒常化し、格差が拡大してテロや通り魔が頻発する2045年。新生・公安9課が追いかけるのは、超人的な知能と身体能力を持った「ポスト・ヒューマン」と名付けられる新人類による犯罪である。その中心人物・シマムラタカシは、社会的に非難の的となる人物に、不特定多数からの制裁を加えるリンチシステムを考案。最終的には、そのシステムで格差やテロの解決を試みる。
テクノロジーと個、管理と民主主義という神山がこれまで挑戦してきた主題にひとつの決着をつけた本作。劇中にも登場するジョージ・オーウェルの小説『1984』をモチーフにした結末はディストピアか? ユートピアか?
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