パリの洗練とラグジュアリーを象徴するヴァンドーム広場。ヴァン クリーフ&アーペル創業の地はいまも本店として息づく。
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創業時から変わらぬ建物で受け継がれる、エステルとアルフレッドの想いと家族愛
20世紀を間近に控え、新たな時代の訪れに沸くパリで、あるカップルが結ばれた。それは数あるラブストーリーのひとつかもしれない。だがそれこそがかけがえのない愛を通し、永遠の美しさを生み出すメゾンの始まりだったのだ。
1895年、宝石商の家系に生まれたエステル・アーペルは、同じく宝石商を営むアルフレッド・ヴァン クリーフと結婚した。それまでも宝石に魅せられていたふたりだったが、互いの愛とともにジュエリーへの情熱をさらに深めていく。その後、1906年に自分たちのメゾンを立ち上げる。愛し合うふたりの名前を結び合わせたヴァン クリーフ&アーペルの誕生だ。
ふたりはパリの中心部に位置するヴァンドーム広場22番地にブティックをオープンさせる。取引台帳に記録が残る最初の作品は、ダイヤモンドをあしらったハートのジュエリーであった。ふたりの出会いが結んだ「愛」はその後も幾度となく創作のインスピレーションの源になり、メゾンは豊かな創造性と詩情性を融合したハイジュエリーやジュエリーをはじめ、時計、オブジェといった魅惑的な作品をさまざまに生み出していく。
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22番地から始まったブティックは、3つのアドレスを有する壮大なサロンへ
ヴァン クリーフ&アーペルのブティックがあるヴァンドーム広場は、太陽王ルイ14世の命により18世紀初頭に建設され、パリの洗練と美の文化の象徴として知られる。長方形の角を落とした八角形の広場には、グランサンクとたたえられたパリの高級宝飾店が軒を連ね、ヴァン クリーフ&アーペルもそのひとつに数えられた。
かくしてメゾンは、ベルエポック期の華やかなパリの美やアールデコといった時代の新たな息吹と芸術様式を取り入れながら、独自のモダンスタイルを確立し、世界中で名声を獲得していく。
1926年にはふたりの愛娘ルネ・ピュイサンがアーティスティックディレクターに就任。メゾンの精神を受け継ぐとともに、より豊かな創造性へと昇華した。そこに貫かれるのは、エステルとアルフレッドが誓った永遠の愛であり、家族の強い絆である。だからこそその美しさは、普遍の輝きを放つ。
来年には創業から120年を迎えるが、メゾンはいまも変わらずヴァンドーム広場に本店を構えている。はじまりの地である22番地から24番地へ、そして20番地へと敷地を広げ、「サロン ヴァンドーム」としてひと際風格ある存在感を漂わせる。
ヴァン クリーフ&アーペルのロゴマークには広場の中央にそびえる円柱が掲げられ、それは歴史への敬意を捧げるとともに、メゾンの変わることのない美しき伝統を守り続ける姿勢をも表すのだ。
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時を告げるジュエリーや独創的なメカニズムなど、創業時から続く時計制作
ヴァン クリーフ&アーペルにおける時計制作の歴史は創業時に遡る。それはジュエリーとの両輪をなす制作であった。
ベルエポック特有の優美な装飾を施したペンダントの裏に時計を秘める。エレガントな女性は人前で時間を見ないことが慣習だったことから生まれた。
ダイヤモンドで飾るプラチナ製のレクタンギュラーケースにレイルウェイを配したアールデコスタイル。アーチの装飾にもアールデコの美学が見て取れる。
懐中時計に中国の魔術師の姿をレリーフでかたどり、ダブルレトログラード機構で左右の腕が時刻を表す。「ポエティック コンプリケーション」の先駆だ。
ヴァン クリーフ&アーペルの名の中心には「&」がある。言うまでもなくふたつの創業家の絆を示すが、そこには伝統的なサヴォアフェールと大胆な革新性、詩情と技巧といった、相対する関係を融合する深い精神性が息づく。それはハイジュエリーと時計という、メゾンにとって互いに補完し高め合う創作にも象徴されるのだ。
ヴァン クリーフ&アーペルの記録に残る最初の時計は1906年に遡る。ヴァンドーム広場にブティックを開いたのと同じ年であり、創業まもない頃から時計を制作していたことを示す。エナメル文字盤を備えた懐中時計もつくられており、それはジュエリーの延長線上にあったと考えられる。そしてより洗練された装身具として身に着けるため、「シャトレーヌ ウォッチ」や「ペンダント ウォッチ」が生まれた。やがて腕時計の広まりとともに、ジュエリーウォッチへと進化を遂げたのである。
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時を告げるジュエリーとして、いまもメゾンの象徴であるシークレットウォッチがこの年誕生した。写真は1939年制作の「パス パルトゥー ウォッチ」。
中国風キャビネットにインスピレーションを得る。本体を左右に開くと、内側にゴールドケースにジェードとダイヤモンドをあしらった文字盤が現れる。
カデナ(=南京錠)のような曲線のクラスプとダブルのスネークチェーンのブレスレットからなる。隠した文字盤は着けた者だけが確認できる仕掛けに。
1934年に誕生し人気を博した、ベルトを思わせる形状の「ルド ブレスレット」を腕時計で再解釈。写真は1943年製の開閉式「ルド シークレット ウォッチ」。
時計はジュエリーの制作チームが手掛け、あくまでもジュエリー的な発想から生まれていた。シークレットウォッチもそのひとつ。いまもメゾンのコレクションとして残る代表作の「ルド ウォッチ」や「カデナ ウォッチ」。モダニティを注いだ先進的なそれらのデザインは、文字盤の存在を感じさせず、慣習的に女性が時間を見る行為が無粋とされていた時代に多くの女性たちの共感を呼んだ。
こうしたジュエリーに根ざしたウォッチコレクションに、ひとつの転機が訪れる。1949年に創業2代目のピエール・アーペルが自身のためにデザインし、イニシャルを名前に付けたメンズウォッチ「PA49」だ。正円のケースにラグを中央にひとつ配した端正な薄型デザインが特徴で、シンプルなクラシックスタイルに唯一無二の個性を漂わせ、その後のメゾンのウォッチデザインに影響を与えた。
ピエール・アーペルが自身や家族、友人のためにデザインした「PA49」。タイムレスで洗練されたスタイルは人気を呼び、60年代にコレクションに加わった。
1968年に発表したジュエリーコレクションを時計に展開。モチーフになった四つ葉のクローバーは幸運のシンボルであり、メゾンのアイコンでもある。
初期のジュエリーウォッチから幾度かのスタイルの変遷を経て、21世紀に入り、メゾンのウォッチメイキングはさらに大きく前進する。創業100周年を祝して発表された「レディ アーペル センテナリー」は、1年で1回転するディスクで四季の移ろいを示す。ハイジュエリー制作で培ったサヴォアフェールやメティエダールと、機械式時計のメカニズムが高次元で融合した「ポエティック コンプリケーション」の始まりだ。
時に対する独自の解釈と表現は、詩情豊かな時を紡ぐ「ポエトリー オブ タイム」というコンセプトに基づき、オートマタ オブジェなど、さらに無限の可能性を広げている。メゾンにとって時とは詩であり、時計はその美しい詩情を刻み続けるのである。
創業100周年を記念し始動した「ポエティック コンプリケーション」の第一弾。1年で1周する文字盤で四季を表現する「レディ アーペル センテナリー」。
【2017年】オートマタ オブジェを始動ブランド創業当初から手掛けていたオブジェにオートマタを搭載した「フェ オンディーヌ」。フランソワ・ジュノとの現在に続く協業はここから始まった。
2008年登場のジュエリーコレクションを腕時計に応用。オープンバングルの両端にダイヤモンドや装飾用石をあしらい、スライドすると時計が現れる。
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中編:詩情豊かな物語で「時」を綴る、ヴァン クリーフ&アーペルの芸術性
後編:ヴァン クリーフ&アーペル独自の世界観で彩る、「ポエティック コンプリケーション」の創造性
