詩情豊かな物語で「時」を綴る、ヴァン クリーフ&アーペルの芸術性

  • 写真:渡邉宏基(LATERNE)、小野祐次
  • 文:柴田 充
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詩情あふれるヴァン クリーフ&アーペルの哲学を、メティエダールと複雑機構を融合して表現した「ポエティック コンプリケーション」の最新作「レディ アーペル バル デ ザムルー オートマタ ウォッチ」。

ヴァン クリーフ&アーペルは、「ポエトリー オブ タイム」という哲学のもと、独創的な時計制作で詩情あふれる物語を紡ぐ。そこには、時を超えた芸術性が息づく。

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前編:ふたりの愛から始まりパリのヴァンドーム広場で紡がれてきた、ヴァン クリーフ&アーペルの歴史を紐解く
後編:ヴァン クリーフ&アーペル独自の世界観で彩る、「ポエティック コンプリケーション」の創造性

ジュエリーから時計まで、作品の裏に一貫する詩的な「物語性」の重視

120年余にわたるメゾンのクリエイションの根底に貫かれるのは、愛や自然、天体の物語であり、それは不変の価値とともに美しく輝く。

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レディ アーペル ポン デ ザムルー ウォッチ/2010年に発表された、「ポエティック コンプリケーション」のエポックメイキングな作品。橋の上の男女が時の経過とともに近づき、口づけを交わす。その後、橋のたもとに戻り、再び逢瀬に向かう。ダブルレトログラードの複雑機構とグリザイユ エナメルや彫金の伝統的な装飾技法を凝らし、時の移り変わりを通した愛の物語を表現する。自動巻き、18KWGケース、ケース径38㎜、パワーリザーブ約36時間、アリゲーターストラップ、30m防水。価格は要問い合わせ

若きふたりの結婚をきっかけにメゾンの歴史は始まり、愛はメゾンにとって常に大きなテーマであると同時に、インスピレーションの源となり、美しき創造性を豊かに育んできた。

ローマ神話の愛の守護神として世界中で知られるキューピッドを、ヴァン クリーフ&アーペルが初めてジュエリーのモチーフにしたのは1940年代のことだ。以降もラブバードやロミオ&ジュリエットといった愛のシンボルがジュエリーや時計を彩り、独自の物語を紡いでいく。

こうした物語性をより明確に打ち出したのが「ポエティック コンプリケーション」だ。2010年の「レディ アーペル ポン デ ザムルー ウォッチ」は、パリの橋の上での再会を待ち焦がれる様子から喜びまで、さまざまな感情が織りなす恋人たちの時を刻む。精緻な複雑機構とサヴォアフェールの装飾を注ぎつつ、そこでも最も重視されるのは物語にほかならない。

最新作の「レディ アーペル バル デ ザムルー オートマタ ウォッチ」ではふたりはさらに愛を育み、第二章を迎えた。愛の物語は不変であり、豊かな泉のように決して涸れることはない。だからこそメゾンのウォッチメイキングに新たな発想をもたらし、その根幹にあり続けるのである。

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1日に二度、正午と真夜中の12時にふたりは近づき、3分間のキスをして離れる。さらにケース左側のプッシュボタンでこの動作をオンデマンドでいつでも再現でき、ふたりは常に正確な時刻位置に戻る精緻な機構だ。ベゼルやリューズトップには合計122 石(約2.82 ct)のダイヤモンドをセッティングし、煌めく月の光を演出する。
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文字盤で表現された物語はケースバックにも続き、精細な彫金技法によって、パリの街角にある橋の光景が違う角度から描かれている。オフセットした小窓は、サファイアガラスに月や星、恋人たちのシルエットやエナメル デカールを施す。さらにその奥にあるマイクロローターにも放射状のエングレービングで輝きを演出する。

「愛」をテーマに制作された、ヴァン クリーフ&アーペルの代表的な作品

①愛のシンボルであるキューピッドがそっと囁く「スクレ デ ザムルー クリップ」

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2017年発表の「スクレ デ ザムルー クリップ」は、キューピッドがハートをかたどったルベライトに腰掛け、こっそり秘密を教えてくれるかのように唇に指を当てる。ゴールドの弓に、矢じりと羽根にはペアシェイプとバゲットカットのダイヤモンドをあしらう。


②創業者に敬意を込めたブライダルコレクション「エステル」

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ブライダルコレクションの「エステル」は、メゾンの創業者エステルに敬意を注ぐ。リングに縁取りされた精妙なビーズのデザインは1920年代から用いてきたモチーフで、プラチナの光沢とまばゆいダイヤモンドの輝きがパートナーとの穏やかな幸福や永遠の絆を象徴する。


③向かい合って愛の絆をさえずる「ラブバード クリップ」

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仲睦まじい恋人や家族愛を象徴するラブバードは、1940年代に登場し、数多く制作されてきた。こちらの1945年の「ラブバード クリップ」はイエローゴールド製の枝の上で寄り添う2羽の鳥をダイヤモンドでかたどり、ティアドロップのチャームが華やぎを添える。


④永遠に愛し合うふたりのラブストーリーが蘇る「ロミオ&ジュリエット」

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2019年の「ロミオ&ジュリエット」クリップは、シェイクスピアの戯曲を題材に、ロマンティックなシーンを立体感豊かに再現。精巧な装いにベルトの剣と手にした花束が強い決意を表すロミオに対し、ジュリエットは華やかなパフスリーブのドレスで優美に佇む。

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ジュネーブの地で紡ぐ、ハイジュエリーで培った伝統と唯一無二の時計づくり

ジュエリーの本丸である創業地パリと並び、時計制作を担うのがジュネーブの工房だ。そこでは、パリのハイジュエラーとして培ったメティエダールと、スイスの伝統的なウォッチメイキングが融合する。研究開発のトップが語る、物語を紡ぐ時計とは?

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ライナー・ベルナール●ヴァン クリーフ&アーペル ウォッチメイキング部門 研究開発責任者。ドイツのミュンヘン工科大学で機械工学の博士号を取得。卒業後はアメリカやフランスでエンジニアとしてキャリアを積み、2006年に時計業界へ。11年からヴァン クリーフ&アーペルに在籍。ウォッチメイキング部門の研究開発責任者として指揮を執る。

「ポエティック コンプリケーション」が複雑機構であることに違いはない。だがコンプリケーションの原義である“複数の要素を一緒に折った”状態ではあっても、決して複雑さを感じさせず、見た目はむしろシンプルだ。そこにはサヴォアフェールとメティエダールが織りなし、詩情豊かな物語を紡ぐ。スイスのジュネーブにある工房こそ、その揺籃の地である。

「私たちが語りたいのは物語であり、複雑な機構についてではありません。開発もエンジニアリングから始めることはありませんし、技術や技法も物語を伝えるためにあり、よりシンプルに感動を生むための手段にすぎません」

研究開発責任者のライナー・ベルナールはそう語り、すべては物語から始まります、と続ける。

「私たちのまわりには、多彩な物語のモチーフがあり、たとえば週末、咲き誇る花に蝶が舞う様子を見た瞬間、思いつくこともあります。そのアイデアをスケッチに描き、制作チームやエンジニアと自由に話し合います。時にはうまく進まず、後戻りしたり、1年以上停滞することも。それでも心配することはありません。まずこの段階に時間をかけ、コンセプトが完璧であれば作業は簡単です。正しい調和や動き、美的感覚を得るために創造性が発揮されるのです」

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スイスのジュネーブにある工房は、時計部門の開発設計、デザインと製造の本拠地に位置づけられる。現在はマニュファクチュール体制を整え、ムーブメントの設計・開発から、組み立て、品質検査までを一貫して行う。さらにはエナメルや彫金などの装飾も社内で完結する。ジュエリーウォッチやオートマタ オブジェは、パリのアトリエと連携し、その制作チームによるデザインや石選び、セッティングをもとに、最終的な組み立てをジュネーブで行っている。


スイスの伝統的なウォッチメイキングと融合する、ヴァンクリーフ&アーペルならではのメティエダール

①さらなる可能性を追求する「エナメル」 

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エナメルは、シリカ粉末と顔料が窯の炎に触れて生まれる「火の芸術」とも呼ばれ、焼成の温度やノウハウによって鮮やかな色彩と奥深い輝きが生まれる。ヴァン クリーフ&アーペルはハイジュエリーで培ったメティエダールを時計制作にも応用。写真のプリカジュールのほか、グリザイユ、シャンルヴェ、ヴァロネ、カボション、パイヨネといった多彩な伝統技法を研鑽するとともに、新たな技法に挑戦し、近年も独自のエナメル技術で特許を取得する。
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ヴァン クリーフ&アーペルのアトリエ内にあるエナメルの展示室。扱うカラーは約100色にものぼり、独自開発のカラーもある。

②熟練の手から生まれる「エングレービング」

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文字盤やケースバックには、伝統的な彫刻技法のエングレービングを駆使し、立体感や奥行きを演出するとともに、詩情あふれる物語を美しく描く。さらにハイジュエリーで培ったメティエダールを、貴金属だけでなく、マザー・オブ・パールの装飾にも採用する。


③精細な筆で描く「ミニアチュール ペインティング」

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細密な手描きの絵画技法を用い、セーブル毛の細筆を使ってフリーハンドで色を塗り、花やバレリーナなどさまざまなモチーフを鮮やかに描く。正確さと熟練の技巧を要し、特にメゾンではエナメルやジュエリー、ギョーシェなどと組み合わせ、多彩な演出効果を生む。

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パリ郊外のダンスカフェへと舞台を移した最新作、「レディ アーペル バル デ ザムルー オートマタ ウォッチ」

2025年の最新作「レディ アーペル バル デ ザムルー オートマタ ウォッチ」では、前作「レディ アーペル ポン デ ザムルー ウォッチ」から15年を経た恋人たちの物語は、橋の上から屋外のダンスカフェへ。

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物語の舞台は、19世紀にパリ郊外で人気を博した屋外のダンスカフェ、ギャンゲット。星明かりの下で愛を育む恋人たちの様子を、濃淡のエナメル装飾や石畳みなど5層で構成し、奥行きあるパリの街角を表現した。
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1日に二度、正午と真夜中の12時になると、互いに引き寄せ合うようにキスをする。ケース側面のプッシュボタンでオンデマンドでも作動可能。ムーブメントはダブルレトログラード機構で、ふたつの星が時刻を示す。

「最初はただ手を伸ばし、直立状態で口づけするだけでした。ふたりの動きに感情を与え、流動性をより高めたいと考え、肩と腰に関節を入れ、腕や上半身のなめらかな動きを表現しました。それもちょっとした位置や角度の違いで、自然な生命感が宿るのです」

こうした動作を実現するため、当初、レバーやバネを用いたモジュール構造は複雑になり、部品点数も想定を超えた。数カ月の試作と改良を重ね、動作を制御する専用カムの開発や、遠心レギュレーターによってタイミングと速度を制御する機構を完成させた。

ムーブメントの組み立てチームには熟練の時計師が在籍し、試作開発も担当する。だがそれぞれの作業は隔てることなく、同じスペースで共存する。それも、試作と実際の製品の組み立てには、互いの技術やノウハウ、情報を共有することが大切であるからだ。

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パリ郊外の屋外ダンスカフェを描いた文字盤の物語はケースバックへと続き、星空の下で踊る様子がエナメル デカールやエングレービングで描かれる。

4年かけて開発したムーブメントに加え、物語を完成させるのがエナメル装飾だ。伝統的なグリザイユ エナメルに、ブラン ド リモージュとカラー グリザイユ エナメルを採用し、文字盤1枚に約45時間と12回の焼成を必要とする、まさにメティエダールである。

「私たちは現在15種類のエナメル技法を擁し、さらにその先を追求し、開発を続けています。それは技術に影響を与え、技術はメティエダールに影響を与える。すべてつながっているのです」

明かりが灯り始めたパリの街を、濃いネイビーブルーに濃淡の異なるブルーのグラデーションで表現する。グラデーションのトーンも繊細ゆえに、ひとりのエナメル技術者が責任を持って1枚の文字盤を仕上げる。すべてがユニークピースということだ。

「私にとってメティエダールとはアルファベットのようなもので、それらを使って言葉をつくり、詩をつくる。組み合わせはまさに無限。それでも時には限界を感じることもあります。でもその時は欠けていた文字を生み出し、詩に必要な美しい言葉をつくるのです」

そして、「みなさんが思っているほど私たちの時計づくりは組織化されていないのですよ」と微笑む。パターン化されたプロセスではなく、流動的で有機的な発想から生まれ、さまざまなアイデアを受け入れ、創造へと変えていく。その現場はファクトリーではなくアトリエであり、まさにこの互いに支え合う絆が唯一無二のタイムピースを生むのだ。

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レディ アーペル バル デ ザムルーオートマタ ウォッチ/自動巻き、18KWGケース、ケース径38㎜、パワーリザーブ約36時間、アリゲーターストラップ、30m防水。価格は要問い合わせ


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最新作を例に紐解く、開発から制作、検査までのマニュファクチュール体制

ヴァン クリーフ&アーペルのオリジナリティあふれる時計制作を支えるのが、ムーブメントの開発から、組み立て、品質検査までを一貫して行うマニュファクチュール体制だ。

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「レディ アーペル バル デ ザムルー オートマタ ウォッチ」とそのデザイン画。幾層にも積み重ねた文字盤で物語に奥行きを与える。

①【開発&デザイン】
エンジニアリングは、シンプルこそ芸術になる

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「バル デ ザムルー」のムーブメント開発には4年以上を費やした。ムーブメントはグループ内の技術をベースに、ダブルレトログラードとオートマタの機構を装備する。研究開発責任者で技術者でもあるベルナールは、エンジニアリングにとって重要なのは“シンプルにすること”だと語る。「部品点数を減らせば、小型化や動作の信頼性、耐久性につながり、パワーロスも防げる。それはインテリジェントなデザインであり、シンプルネスは芸術なのです」


②【エナメル装飾】
伝統を常に革新していく、先進のエナメル技術

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文字盤は濃いネイビーブルーにブルーを塗り重ねるグリザイユ エナメルを、ケースバックにはやわらかい樹脂の先端で転写するエナメル デカールを採用。を採用。扱うカラーは約100色を揃え、“ピンク シェード”といった独自開発のカラーもある。昨年は、立体的な造形を可能にした特許取得のファソネ エナメルと、透明なプリカジュール エナメルに留め具を使わず貴石をセットする画期的な技術、セッティング イン エナメルを発表した。


③【ウォッチメイキング】
検査機器までも個別に開発し、品質を管理

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色彩豊かなエナメルで装飾された文字盤は、舞台の書割のように多層構造で奥行きを演出し、その上にレリーフの恋人たちを配置する。手をつないだ恋人たちが互いに身を寄せ合うアニメーションは、ケース側面のプッシュボタンでオンデマンドでも作動できる。このオートマタ用モジュールを積載したムーブメントの組み立てには、独自の検査システムを導入。完成時に動きの精度や品質、耐久性について徹底的に検査している。

 

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