腕時計の世界では、サイズの潮流が繰り返し現れてきた。小径が注目を集めるいま、このサイズ感こそ、個性と創意を示す舞台となっている。 名門の最新作から、挑戦を続ける独立系や新興の意欲作まで時計ジャーナリストのまつあみ靖が厳選。今回紹介する7本は、定番を知る人ほど惹かれる、ひと味違う存在であり、腕時計との新しい出会いをもたらしてくれるだろう。
1. グランドセイコー「エボリューション9 コレクション スプリングドライブU.F.A. 限定モデル SLGB005」

ぜんまいを動力源として輪列で駆動し、水晶振動子とIC回路で精度を司るグランドセイコーの独自機構、スプリングドライブ「キャリバー9R」。1970年代に開発が始まり、2004年にファーストモデルが登場以降、20年以上にわたり進化を重ね、初めて月差という尺度を超え、年差±20秒のスプリングドライブ・ムーブメントU.F.A(Ultra Fine Accuracy)「Cal.9RB2」を4月にジュネーブで開催されたウォッチズ&ワンダーズ2025で発表。ぜんまい駆動としては世界最高精度(25年4月調べ)を誇る。水晶振動子を3か月間入念にエイジングし、新設計のIC回路とともに真空パーツ内に密封することで、温度、湿度、静電気、光などの影響を最小限に抑え、この高精度が実現された。
ケース径はスプリングドライブモデルの中で最小の37㎜。使いやすい適正サイズであり、かつ最近の小径トレンドをも捉えている。ザラツ研磨による歪みのない鏡面やシャープな稜線をはじめ、外装や仕上げのクオリティも高い。「樹氷」の森の夜明けをモチーフとするバイオレットカラーの繊細なグラデーションダイヤルの新作が11月に登場。魅力の幅を広げている。
2. クロノ トウキョウ「クロノ ヴァーミリオン クロノグラフ 'SHU:朱'」

日本が世界に誇る独立時計師、浅岡肇が率いる東京時計精密のブランド、クロノトウキョウは、いまや世界中の愛好家の視線を集める存在。新作の予約がネット上でスタートすると、わずか数分で完売となることも。だが今年8月に発表されたこの新作は、ネット販売は行わず、東京・青山と中国・上海のクロノ トウキョウサロンの店頭のみでの販売。数量限定ではあるものの、完売まではサロンに来店したユーザーがいつでも購入できることを目指した。
文字盤は、邪気を払い幸運を招くとされる日本の伝統色の朱を採用。浅岡は以前から鮮やかなオレンジダイアルのクロノグラフの企画を温めていたが、紫外線暴露テストをクリアする耐退色性の高い顔料にようやく出合い、このモデルへと結実した。これまでのクロノ トウキョウのクロノグラフと同様、直径38㎜のケースに、セイコーインスツル製の「Cal.NE86」を搭載する。クラシカルななかに、朱色の存在感が際立っている。
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3. エルカ「THE 36 Nシリーズ」

このところミドルレンジと呼ばれるプライスゾーンの苦戦がしばしば伝えられる。そんななかで日本初上陸を果たし、期待したい新興ブランドがある。その名はエルカ ウォッチ。
かつてスウォッチグループのハミルトンやラドーなどでプロダクトマネージャーとして数々のタイムピースのデザインに携わったハキム・エル・カディリが、独立して2022年に創業。1960~70年代風のヴィンテージテイストのモデルをメインにラインアップしている。
実は今年ジュネーブで開催されたエキシビション「TIME TO WATCH」会場で、筆者は偶然にも彼と再会し、このブランドの説明を受け、興味をそそられた。
36㎜ケースのこの新作は、小径&ヴィンテージテイストというトレンドを敏感に捉えたもの。なかでも、パーチメントカラー(羊皮紙色)と呼ばれるベージュを纏った「シリーズN」は、NATOストラップとあいまって、30年代のフィールドウォッチを彷彿させる。ラ・ジュー・ペレ社製ムーブメントを搭載し、コスパの高さにも好感が持てる。
4. アーミン・シュトローム「トリビュート 1 サンドシュタイン」

伝説的な時計師にして、スケルトナイズの名手として知られたアーミン・シュトロームのDNAを受け継ぎつつ、レゾナンスやイークォル・フォース・バレルなどの独創性の高い機構や、エナメル、ハンドギョーシェ、ブラックポリッシュなどの通好みの外装や仕上げなども導入し、ハイエンドウォッチを再定義する独立系メゾン、アーミン・シュトローム。
2021年に登場した「トリビュート 1」は、小径ブームを先取りしたかのような38㎜ケースに、約100時間のロングパワーリザーブを持つ自社製キャリバーを搭載したシンプルモデル。今年はニュアンスカラーダイアルもトレンドだが、この新作ではメゾンの故郷、スイス・ブルクドルフの建築でしばしば用いられてきた砂岩(サンドシュタイン)を着想源とするサンドカラーを採用。オフセンターダイアルに施されたグラン・ドルジュ(大麦)ギョーシェ、フロステッド仕上げのメインプレートも味わい深い。
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5. ライネ「P37 ムラサキ・フラメ」

フィンランド出身で、コンピュータエンジニアから時計師に転身したトースティ・ライネ。母国の時計学校在学中の2014年、42歳で「ウォルター・ランゲ ウォッチ エクセレンス アワード」優秀賞に輝き、A.ランゲ&ゾーネや、フィンランドの先輩に当たるカリ・ヴティライネンの工房などで経験を積み、15年に自身のブランドを立ち上げた。仕上げ、ハンドギョーシェなど、非常に手のかかった作品で評価を高め、日本では今年からディストリビューターのスイスプライムブランズでの取り扱いがスタートした。
新作の「P37」は、手巻きキャリバーの「プゾー7001」をベースに、自社製のブリッジやネジを組み込み、手作業でていねいな仕上げやブラックポリッシュを施し、鑑賞に値するクオリティにブラッシュアップし、37㎜ケースに搭載。ハンドギョーシェダイアルも見事。全5タイプの中で、この「P37 ムラサキ・フラメ」は、伝統性とインパクトを兼備。最近、紫が次なる文字盤カラーのトレンドになりそうな予兆があるが、その意味でも注目したい。
6. グルーベル・フォルセイ「ナノ・フドロワイアント」

ロベール・グルーベルとステファン・フォルセイというふたりのカリスマ時計師を中心とするチームから生み出されるタイムピースは、伝統に立脚しつつも、あまりにもクリエイティブで、革新的。「アート・オブ・インベンション」というモットーを掲げ、傾斜したトゥールビヨンや高速回転トゥールビヨンなど8つの「基本発明」をこれまでに発表してきた。
昨年のジュネーブ ウォッチ デイズでは、10番目の「基本発明」となるナノ・メカニクスを搭載した「ナノ・フドロワイアント EWT」を発表(9番目は未発表)。フライングトゥールビヨンに1/6秒を表示するフドロワイヤント機能を組み込み、1/6秒計が1ステップする際の消費エネルギーを、従来の1/1800にまで抑えることを可能にした。
今回の新作は、昨年発表されたプロトタイプ的なモデルを進化させ、商品化したものだ。5時半位置にメゾン初となるフライングトゥールビヨン、その上に1/6秒を示すナノ・フドロワイアント、さらにフライバッククロノグラフ機能も備えている。これまで比較的大ぶりなモデルが目立っていたが、メゾン史上最少の直径37.9㎜というサイズ感にも注目したい。
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7. オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー」

今年150周年を迎えたオーデマ ピゲは、2月に画期的な新パーペチュアルカレンダームーブメント「Cal.7138」を搭載した「ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー」を発表した。ケースサイドにコレクターを持たず、リューズだけですべての表示の調整が可能。リューズは2段引きシステムで、押し込んだ状態でゼンマイの巻き上げ、1段目が日付、月と閏年、2段めが時分と24時間針、さらに2段目のポジションに押し戻すと、曜日と週表示、ムーンフェイズの調整ができる。
第1弾では、この「Cal.7138」が41㎜ケースに搭載されたが、9月に第2弾として発表された新作は、3㎜もサイズダウンし38㎜に! 搭載するキャリバーは、「Cal.7138」をベースに、同サイズで週表示を省いた「Cal.7136」。ステンレス・スチールケース×ブレスレット仕様に採用されたライトブルーPVD加工のグランドタペストリーダイアルもそそるポイント。時計好きなら誰でも食指が動きそうな一本だが、入手は極めて困難な模様。

まつあみ 靖(時計ジャーナリスト、ミュージシャン)
1963年、島根県生まれ。1987年集英社入社、『週刊プレイボーイ』、『PLAYBOY日本版』編集部を経て、92年よりフリー。腕時計、ファッション、インタビューなどの記事に携わる一方、ミュージシャン活動も展開中。著書に『ウォッチコンシェルジュ・メゾンガイド』(小学館)『スーツが100ドルで売れる理由』(中経出版)他。松山猛氏を作詞に迎えた『PANDEMIC BLUES』他CD8作をリリース。