クラシックの再解釈、小径ケースの台頭、独立時計師とのコラボレーション。2025年の時計界は“語りたくなる”要素に満ちている。本記事では、時計ジャーナリスト・まつあみ靖が、今年登場した数ある新作から、いま語るべき5本を厳選。名門の節目を祝うアニバーサリーモデルから、機構美を極めた意欲作まで──2025年を象徴する腕時計たちを紹介する。
ブレゲ「クラシック スースクリプション 2025」

創業250周年を迎えたブレゲ。そのアニバーサリーコレクションが次々と登場しているが、「クラシック トゥールビヨン シデラル 7255」にしろ、「タイプ XX 2075」にしろ、いずれも劣らぬ良作揃い。昨年10月にCEOに就任したグレゴリー・キスリングの手腕にも注目が集まっている。そんな中でも第1弾の「クラシック スースクリプション 2025」は出色の出来栄えだ。
フランス革命以前、時計は王侯貴族のためのカスタムメイドだったが、革命後の1796年に発売された1本針仕様の懐中時計「スースクリプション」は、初めて市民階級をターゲットとしたもの。そのオリジナルの意匠や機構をかなり忠実になぞりつつ、腕時計サイズにアップデート。時計という存在に刻み込まれた歴史を感じさせる一本である。
アーノルド&サン「コンスタントフォース・トゥールビヨン11 イエローゴールドエディション」

上に紹介したブレゲのモデルと同じく、時計の歴史へのオマージュをかたちにしたのが、アーノルド&サンの「コンスタントフォース・トゥールビヨン11」だろう。メゾンの始祖、ジョン・アーノルドは、英国が時計の進化を主導した、いわゆる“クロノメトリーの時代”を代表するひとり。11歳年下だったアブラアン-ルイ・ブレゲも彼をリスペクトし、お互いの息子をそれぞれの工房で修行させるなど、親交があった。
アーノルドは生前、ブレゲにクロノメーター懐中時計「No.11」を贈っていたが、アーノルド没後の1808年、ブレゲは彼の業績を称え、初のトゥールビヨン機構をこの腕時計に組み込んだ「No.169」を、アーノルドの息子に贈り返している。現在、大英博物館が所蔵するこの腕時計のムーブメントをベースにしつつ、鎖引き機構からコンスタントフォース機構に改め、表は端正なグランフーエナメルとしたのが、このタイムピース。腕時計愛好家の世界的アーティスト、エド・シーランも注文したとの情報もあるが、それほどに魅力に溢れた一本である。
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A.ランゲ&ゾーネ「1815」

今年の最大のトレンドは、やはり“小径”だろう。36~37㎜モデルが多数登場してきた中でも、35㎜を切って直径34㎜としたこの「1815」は衝撃的だった。タイムレスな価値に重きを置くA.ランゲ&ゾーネだけに、トレンドセッターを目指してこの時計を世に送り出したとは考えにくいが、誤解を恐れずに言うのであれば、結果的に“小径モデルの最終兵器”的な印象を多くの人が抱くこととなった。
当初、サイズ的に女性をターゲットとしたものかとも思ったが、顔つきは「1815」らしい風格を備え、もちろん男性にも強くアピールする。ちなみに、ケースサイズに合わせた新キャリバー搭載も、ランゲの面目躍如たるところ。昨今、ジェンダーレス的な潮流が各方面で一般化してきたことを受け、腕時計も敢えてメンズ、レディースという表現で区別しなくなってきつつある。その意味でも、時代を象徴する腕時計といえるかもしれない。
パテック フィリップ「TWENTY~4 Ref.7340/1」

「TWENTY~4」は、活動的な現代女性のためのコレクション、と謳われている。この「7340/1」は女性にもグランド・コンプリケーションを、という考え方から誕生した、同コレクション初の永久カレンダーモデルである。ややエッジを押さえ、丸みを帯びたデザインは女性を意識したものであることは確かだが、“甘さ”控えめでシャープな雰囲気は、男性にも気になる存在ではないだろうか。
マイクロローター式の超薄型永久カレンダー「Cal.240」を搭載し、ケース径は36㎜、ケース厚も10㎜を切って9.95㎜。小径トレンドも、ジェンダーレス的な潮流も押さえたモデルという見方もできる。山東絹を思わせる縦横の二重のサテン仕上げのシルバーダイヤルと、写真のソレイユ仕上げのオリーブグリーンダイヤルの2タイプが用意されているが、特に後者は男性の目を惹きつける存在に違いない。
ルイ・ヴィトン「LVKV-02 GMR 6」

独立時計師界でいま、最もリスペクトを浴びるひとり、カリ・ヴティライネン。3月に来日した際、ギョーシェの専門アトリエ、ブロドベック・ギヨシャージュを傘下に収め、この分野にますます注力するスタンスを筆者に語ってくれた。
一方、4月のジュネ―ブ取材中にはウォッチメイキング・アトリエ、ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンを訪問。LVMHを率いるアルノー家の四男ジャン・アルノーの指揮のもと、的確な投資が行われ、コンプリケーションからメティエダール部門に至るまで、盤石の体制が整ってきているとの印象を受けた。
ルイ・ヴィトンが独立時計師とコラボする第2弾となるのが、このタイムピース。ダイレクトインパルス脱進機を備えたキャリバーやギョーシェ、昼夜表示の彫金とエナメルリングはヴティライネンサイドで、アワーサークルの細密画などはルイ・ヴィトンのメティエダール部門が手掛ける。いま、最も勢いのある両者のコラボレーションが刺激的でないわけがない。

まつあみ 靖(時計ジャーナリスト、ミュージシャン)
1963年、島根県生まれ。1987年集英社入社、『週刊プレイボーイ』、『PLAYBOY日本版』編集部を経て、92年よりフリー。腕時計、ファッション、インタビューなどの記事に携わる一方、ミュージシャン活動も展開中。著書に『ウォッチコンシェルジュ・メゾンガイド』(小学館)『スーツが100ドルで売れる理由』(中経出版)他。松山猛氏を作詞に迎えた『PANDEMIC BLUES』他CD8作をリリース。