世界中の時計ファンが注目する、ジュネーブで開催される年に一度の時計の祭典「ウォッチズ&ワンダーズ」。2025年も、多様な進化を遂げた新作が各ブランドから登場した。本記事では、時計ジャーナリスト・柴田充がその潮流の中から、特に注目すべき5本を選び、技術と意匠に込められた“いま”を読み解く。
ユリス・ナルダン「ダイバー エアー」

ウォッチズ&ワンダーズ 2025のブランドブースで特に目をひいたのが、ユリス・ナルダンだ。まるで研究実験室のように素材が並び、その横にはパンチングマシンが置かれていた。一見、時計とは関係がなさそうなプレゼンテーションをなぜしているのか。その理由は「ダイバー エアー」にあった。
チタンとカーボンファイバーを組み合わせたケースにスケルトンダイヤルを備え、重量はわずか52g、ゴルフボール程度の世界最軽量を誇るダイバーズである。極限までそぎ落としたムーブメントは、ケース内部の体積比では約20%に過ぎず、ダイバーズとは対極の「エアー」という名もふさわしい。
さらに、最新の構造設計により5000Gの衝撃にも耐える。先のパンチングマシンは、その数値のデモンストレーションとして置かれていたのだ(成人男性のパンチ力は150G程度)。しかも、アップサイクル素材を多用していることでも革新的である。
カルティエ「タンク ア ギシェ」

プレゼンテーションで、多くのジャーナリストから感嘆の声が上がったのがこちら。名作「タンク」の中でも1928年に発表、少数が生産された「タンク ア ギシェ」だ。2005年にCPCPで復刻されて以来の登場になる。
ジャンピングアワーを採用し、時分をデジタル表示する小窓以外は全面がケースで覆われている。その外観から“鉄仮面”の異名がつけられたこの時計。
一切の装飾を省き、リュウズも12時位置に埋め込んだスタイルは「タンク」の美しい角形フォルムをより際立たせる。再発にあたっては、細部が見直され、シャープかつ質感も上がっている。特にプラチナのモデルは、時刻の数字にレッドを用いたエクスクルーシブな仕様で、ミニマリズムとアヴァンギャルド、スチームパンク的なテイストも味わえる一本。ドライビングを想定し、表示窓のレイアウトを変えた200本限定モデルがあるのも面白い。
ジャガー・ルクルト「レベルソ・トリビュート・ ジオグラフィーク」

先行き不透明な世界情勢や経済状況を反映し、近年はどのブランドも発表する新作を絞り込み、控えめな印象を感じている。そのなかにあってジャガー・ルクルトは、アイコンモデルの「レベルソ」に注力し、数多くの渾身作を発表した。特に注目したいのが「レベルソ・トリビュート・ ジオグラフィーク」だ。
初代オリジナルのスタイルを継承するトリビュートラインに、表面にはスモールセコンドとビッグデイトを備える。この日付表示は、桁毎の数字ディスクを並列し、連動して切り替わるという特許技術を注ぐ。
だが眼目は、反転したケースバックのジオグラフィークだ。中央に世界地図をレリーフで描いたワールドタイマーで、外周の24時間表示リングが回転し、それぞれの時間帯を差す。
視認性がよいとはけっして言えない。だが、これ以上に旅気分をかき立てるアクセサリーはない。機能と装飾性を融合した「レベルソ」の面目躍如である。
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A.ランゲ&ゾーネ「1815」

小径ケースのトレンドは今年さらに顕著になった。背景には、ジェンダーレスやクラシックスタイルといった嗜好の多様化に加え、女性の本格機械式のニーズがある。そのためマニュファクチュールは汎用ムーブメントに飽き足らず、自社開発の小径ムーブメントを発表している。
A.ランゲ&ゾーネもそのひとつ。「1815」は、1995年に発表され、王道のクラシックスタイルで人気を博すコレクションだ。誕生から30年を経て、34㎜径、6.4㎜厚という新たなケースが加わった。シリーズ最小最薄のケースには、新開発の「L152.1」を収め、これはブランド再興以来75作目の自社キャリバーになる。
小径でありながらも、輪列の見直しによる伝達効率の向上のほか、フリースプラング式自社製ヒゲゼンマイや大径テンプを搭載し、駆動時間を72時間に飛躍的に伸ばした。ブルーダイヤルを備えたエレガントなサイズには、熟成を重ね、さらに増した風格が凝縮している。
アンジェラス「クロノグラフ テレメーター」

アンジェラスは、1891年にスイス・ルロックルで創業し、クロノグラフや複雑機構を得意とした。2011年にラ・ジュー・ペレ社に買収された後、同社がシチズンに買収されたため、現在はシチズングループに属している。だがその伝統はいまも健在、新作はそんな魅力にあふれる。
37㎜径というブランドの現行ラインナップでは最小のケースに2カウンタークロノグラフを備え、リューズと一体になったプッシュで操作する。文字盤外周には、目標地点までの距離を計測するテレメーターを刻む。
搭載する「キャリバーA5000」は、もとはムーブメント開発会社のTHAが手掛け、90年代のカルティエの「トーチェ」や「タンク」、フランクミュラーやユリス・ナルダンにも搭載された。現在はラ・ジュー・ペレ社が製造権を持つ。3Hzのロービートに、コラムホイールと水平クラッチを搭載したクラシックな価値あるワンプッシュクロノグラフだ。

柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。