たとえアニメやゲームに馴染みはなくとも、番組やCMのナレーションでその声をきっと耳にしているに違いない。そしていまや数々の映画やドラマの話題作に出演し、強烈な印象を残す。そんな津田健次郎の目まぐるしい時を腕元の時計が刻む。それは下積みの時代からようやく芽が出た当時、手にした相棒だ。その針はいまという時間と同時に、開かれたこれからを差し示している。
連載「My watch, My life」Vol.5
腕時計は人生を映す鏡である。そして腕時計ほど持ち主の想いが、魂が宿るものはない。この連載では、各業界で活躍するクリエイターやビジネスパーソンに愛用腕時計を紹介してもらい、“腕時計選び”から見えてくる仕事への哲学や価値観などを深掘りする。"大人の証"に選んだ、同世代のヴィンテージウォッチ
愛用の時計を購入した理由を聞くと「お芝居で食えるようになったから」と屈託のない笑顔で応えた。
「30歳の頃です。もう大人だし、ちゃんとした時計が欲しいなと思って。気になっていろいろ見たのですが、どうも違う。それでようやく見つけたのがこれでした」
それがオメガの「シーマスター・メモマチック」だ。1970年に発表されたオメガ初の自動巻きアラームウォッチで、その名もメモリーとオートマチック(自動巻き)を組み合わせる。
「まずレトロなデザインに惹かれて。全然時計に詳しくなかったんですけど、調べるとやっぱり時計は機械式だと思い、アラームがついているのも珍しい。本当に自分らしいと思いました。ちょっとひねくれ者で、変わったものが好きだから(笑)」
シャツ¥9,990/アンフィーロ(オンワード樫山 TEL:03-5476-5811) パンツ¥49,500/ユーゲン(イデアス TEL:03-5476-6811)
大人の嗜みといいつつ、ユニークな機構を持つヴィンテージウォッチを選んでしまうのも津田らしい。しかもほぼ同い歳で、自身と同じように年月を重ねてきたというのもなにかの縁だろう。以来25年近く愛用している。
「一人前の時計をつけてるぞ!ってもう嬉しくて。チチチチと小さく鳴るアラームも可愛らしいし、どこに行くにも着けてきました。これまで故障もなく、じつはまだ一度もメンテナンスをしてないんですよ。これってすごいことですよね。この先も修理すれば、どこまでもいけるって夢がありますね」
時計は現在3本所有。「ヴィンテージウォッチでも気にせずガシガシ使っています。やっぱり時計は道具として使うものだし、使わないと死んでしまう。使わないと、むしろかわいそうな気持ちになりますね」
仕事も軌道に乗り、多忙な日々の中で使い続けたある時、手入れしようと思い立ち、時計修理店に持ち込んだ。
「小傷のついたガラスを取り換えたいといったら、ルーペを渡されて。覗いてみると風防の中央にオメガのロゴがうっすら刻まれていたんです。交換したらこの価値がなくなってしまいますよと助言されました。それならケースの磨きは?と尋ねると、それも放射状の装飾仕上げが歪んでしまうからこのままでいきましょう、と。なるほど、そういう奥深い世界なのかと。本当に時計好きの方で、いいアドバイスをいただきました」
あらためて「シーマスター・メモマチック」をみれば、たしかに使用痕はある。しかしそれは半世紀以上を現役で働き続ける道具の風格だ。大切に使われてきた証であると同時に、それは津田さん本人にも重なるのだ。
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フィクションの時間をどれだけ真摯に生きるか
今回の撮影では愛用する「シーマスター・メモマチック」に加え、「スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル」を初めて着用した。オメガには、歴史のある高級時計というイメージが浮かぶという。
「シンプルだけど個性があってかっこいい。インダストリアルデザインが好きなんですが、どんなにスタイルが良くても機能が伴わなければダメだし、しかも機能だけ優れていてもつまらない。時計は最たるもので、オメガでいえば精密機械でありつつ、このムーンウォッチのように月に行ったという歴史や物語に裏打ちされ、時代を越えていく。とくに歴史あるデザインを崩さず、少しずつアップデートしていくのは相当難しいでしょうね」
スピードマスター ムーンウォッチ プロフェッショナル/手巻き、SSケース&ブレスレット、ケース径42㎜、パワーリザーブ約50時間、5気圧防水。¥1,166,000
研ぎ澄まされた時計の価値が時代を超越するように、表現者にとっても「時間」は大きなテーマと語る。
「声優も俳優も、究極の目的は芝居というフィクションの時間をどう生きるか。演技という表現以上にその比重が大きく、はるかに難しい。その時間を真摯に生きることが結果として表現になり、皆さんに伝わっていくのだと思います。だからこそ、時間の感覚をとても大切にしているんです」
自身にとって興味があるのは、現在と未来。だから過去のことはすぐ忘れるという。それでもふと振り返った時に、発見があり、いまでは失ったものにも気づくかもしれない。その意味で過去も面白いと思う。
「時間だけは誰にも平等で、生きること自体が死に向かっていくことであり、その残りを意識することで深さも変わってくる気がします。1時間という絶対的な時間は決まっていても、それが100時間に感じることもあれば、1分に感じたり。集中度や向き合い方によって時間は伸び縮みするし、深さも変わっていく。それだけ時間って面白いし、魅力的ですね」
これまでずっと足し算でやってきた表現や芝居も、もうそろそろ引き算を意識していく時期に入ってます、と笑う。それでも腕にした「シーマスター・メモマチック」を見れば、いまよりももっと尖った、自己主張の強い芝居をしていた頃が蘇る。しかしそれはけっして懐古ではないだろう。苦楽を共にした戦友とさらに前へと進む原動力なのだ。
