世の中には、都合よく“物語化”された話が多いのでご注意を!【はみだす大人の処世術#40】

  • 文:小川 哲
  • イラスト:柳 智之
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Pen本誌では毎号、作家・小川哲がエッセイ『はみだす大人の処世術』を寄稿。ここでは同連載で過去に掲載したものを公開したい。

“人の世は住みにくい”のはいつの時代も変わらない。日常の煩わしい場面で小川が実践している、一風変わった処世術を披露する。第40回のキーワードは「物語化」。

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日常的に小説を書いていると、否が応でも「物語化」の能力が鍛えられてしまう。物語化はナイフのようなもので、ものごとを口にしやすい大きさに切り分けることにも使えるし、他人を傷つけるためにも使うことができる。それ故、僕たちは物語化には常に気をつけなければならない。

個人的な話になるのだが、友人が主催した新年会で隣の席になった不破さん(仮名)という編集者から、「風祭さん(仮名)、あの人マジでヤバいんですよ」という話をされたことがある。風祭さんは僕と同じ小説家で、以前に仕事で対談をしたことがあった。その時は礼儀正しい人というか、あまりヤバい人には見えなかったので、「どうしてですか?」と僕は聞いた。

「先週の金曜日の夜に風祭さんから原稿が送られてきて、私の返信が土日をまたいでしまったんです。すると風祭さんは『返信が遅い人とは仕事をしたくない』と怒ってしまって、『送った原稿は掲載しないでほしい』って言いはじめたんです。いまさら別の人に依頼する時間もないし、このままだと雑誌に穴が空いてしまうので、私も誠心誠意謝ったのですが、なかなか許してもらえなくて。最終的に、風祭さんが『どうしても原稿を掲載したいなら、お前が当選したサカナクションのライブチケットをよこせ』って要求してきて」

「どういうことですか?」

「風祭さんとは、お互いがサカナクションのファンだってことで意気投合してたんです。私がライブのチケットに当選したって話をしたら、どうやら風祭さんは応募したけど抽選で落選してしまったようでして。それで、チケットを譲ってくれないなら原稿は掲載させないって」

ずいぶんわがままな小説家だ、と僕は思った。相手の弱みにつけこんで過剰な要求をしている。いや、「過剰な要求」というより、これは「脅迫」だ。

この話には後日譚がある。とある文学賞で、風祭さんが僕と一緒に選考委員を務めることになったのだ。サカナクションの話を知っていただけに気が重かったが、誰と一緒に選考するか、僕に選ぶ権利はない。

選考会後の食事会で、迷惑な編集者の話になり、風祭さんが「とある雑誌にひどい人がいるんです」と話しはじめた。

「新年会で知り合って、お互いがサカナクションのファンってことで意気投合していた編集者が原稿の依頼をしてきて、引き受けたら『詳細が決まったら後日連絡します』ってきたのですが、そのまま連絡がなかったんです。それで、心配して締め切りをこちらから聞いたら1週間後だったんですよ。急いで原稿を書いて締め切りの日になんとか送ったんですけど、3日間返信がなくて。『あなたに原稿を預けるのは心配なので、ほかの編集者の連絡先を教えてください』って言ったら、『風祭さんがライブに行けるよう、サカナクションのライブに応募するので許してください』って返信がきて。『そういうことじゃない』って言ったら、『私のチケットを譲れってことですか?』ってきたんです。あまりに話が通じなくて困りました」

風祭さんの話を聞けば、厄介なのは編集者のほうになる。この話のポイントは、お互いがひとつの出来事を、別の視点から物語化している点にある。世の中には、誰かが都合よく物語化した話があふれている。一方の言い分だけを信じてしまうと、痛い目に遭うこともあるだろう。

ちなみに不破さんと風祭さんの話は、いま僕が一からつくった嘘エピソードだ。僕の物語化も鵜呑みにすると痛い目に遭うかもしれない——と警告しておく。

小川 哲

1986年、千葉県生まれ。2015年に『ユートロニカのこちら側』(早川書房)でデビューした。『ゲームの王国』(早川書房)が18年に第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞受賞。23年1月に『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞受賞。近著に『火星の女王』(早川書房)がある。

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