ベジャール、キリアン、ノイマイヤー。東京バレエ団が誇る20世紀バレエの金字塔レパートリーを集めたトリプル・ビルが上演される。3人の巨匠による作品はいずれも、観ることなしに現代のダンスを語ることのできない傑作だ。研ぎ澄まされた身体が三者三様に異なる美学を鮮烈に描き上げる、魅惑の3本立ては見逃せない。
東京バレエ団は2月27日から3月1日にかけて、東京文化会館にて豪華な3本立ての「レジェンズ・ガラ」の3回公演を開催する。本公演では同バレエ団のレパートリーの中から、現代バレエの礎を築いた3人の振付家による象徴的な作品を厳選した。いずれの作品も、バレエ団とは深い関係を持つものだ。
幕を開けるのは、モーリス・ベジャール振付の『春の祭典』。最近では2024年の東京バレエ団イタリアツアーで絶賛を博した作品は、日本国内での上演は7年ぶりとなる。原始的なエネルギーと生命の鼓舞を鮮烈に描き出す爆発的な群舞がまた、観客を圧倒するだろう。そもそもベジャールは東京バレエ団のために『ザ・カブキ』『舞楽』『M』を創ったほど、相思相愛の関係だ。
ジョン・ノイマイヤー振付の『月に寄せる七つの俳句』は、1989年に東京バレエ団のために書き下ろされたオリジナル作品で、17年ぶりの再演となる。ノイマイヤー本人が来日し、キャステングもみずから行なった。東洋の様式美と西洋のバレエが見事に融合した世界観が、現代にアップデートされる。
イリ・キリアン振付の『小さな死』もイタリアツアーでの上演作品。モーツァルトの旋律にのせて披露される男女の身体の交感を独特の造形美で描き出す、キリアン特有の透明感に満ちた逸品である。東京バレエ団での初演は2017年で、キリアン芸術監督時代のネザーランド・ダンス・シアター(NDT)で初演ダンサーも務めたエルケ・シェパーズが、当時から直接指導している。
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ベジャールを頂点に押し上げた出世作『春の祭典』
東京バレエ団とベジャールの関係は極めて深い。過去には三島由紀夫を題材にした作品『M』をベジャールが東京バレエ団のために振付け、1993年にその作品をパリ・オペラ座、ミラノ・スカラ座、ベルリン・ドイツ・オペラ、ハンブルグ歌劇場などで巡演したバレエ団が、喝采を浴びた歴史を持つ。東京バレエ団の世界的名声と深く関わったベジャールの、さらに原点にある出世作が『春の祭典』である。
ストラヴィンスキーの革新的な音楽とともに誕生した『春の祭典』は、多くの振付家を誘惑し続ける。その中でも1959年に初演されたベジャール版は、彼を世界的な巨匠へと押し上げた最大の出世作となった。自前のバレエ団(バレエ・テアトル・ド・パリ)が慢性的な経済的不安を抱えていたベジャールは、ベルギーの王立モネ劇場に乞われて発表したこの作品で大成功を収める。ブリュッセルで着火した熱狂は翌年のロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場、パリのナシオン劇場(現・パリ市立劇場)での上演を経て、全世界へと波及した。
東京バレエ団の『春の祭典』は、自作の上演許可については非常に厳しい態度をとるベジャールが日本のバレエ団に初めて認めた、貴重で重要なレパートリーだ。ヨーロッパ公演に続いてメインの「生贄」を演じる伝田陽美・樋口祐輝、長谷川琴音・南江祐生ら、東京バレエ団のダンサーによって鮮烈に視覚化される「鹿の発情に着想を得た(ベジャール)」独創的な生命への賛歌は、21世紀も必見だ。
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東京バレエ団にノイマイヤーが贈った傑作『月に寄せる七つの俳句』
ジョン・ノイマイヤーはベジャールと並ぶ20世紀生まれの巨匠であり、ファンが重なることも多い振付家だ。東京バレエ団との関係の深さも、また共通している。そのノイマイヤーが1989年、東京バレエ団の創立25周年のために書き下ろした作品が『月に寄せる七つの俳句』である。大学で文学を専攻した経験があり、文学作品への造詣が深いノイマイヤーは、オリジナル振付を委嘱されるにあたり「俳句」という形式を選択した。
あえて極限まで言葉を削ぎ落とした文学表現を、音楽ではアルヴォ・ペルトの瞑想的なミニマリズムと、ヨハン・セバスティアン・バッハの厳格な構築美に載せた。松尾芭蕉、正岡子規、小林一茶らの句が朗読され、言葉の余白を埋める詩的なダンスが踊られる舞台は、芸術のフォーマットが魅力的に交錯する、他にはない体験だ。
初演時には現在のバレエ団団長の斎藤友佳理も、主要キャスト「月を見る人」を演じている。同年の海外公演でも上演された作品は、2009年の東京バレエ団45周年記念公演で再度脚光を浴び、翌年にはノイマイヤー自身が芸術監督を務めていたハンブルク・バレエ団に逆輸入されるかたちで東京バレエ団のダンサーが客演し、正式のレパートリーに加えられた。
正岡子規の句にはじまる7つの俳句、そしてエピローグの8句目は芭蕉の「鐘消えて花の香は撞く夕べ哉」。日本独自の短詩形に新たな魂を吹き込んだ東洋と西洋の美意識の融合を、日本人として観ておきたい。
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イタリア公演でも絶賛された、イリ・キリアン『小さな死』
ベジャールやノイマイヤーに対し、イリ・キリアンは肉体の造形と音楽の呼吸を極限まで合致させた「純粋抽象バレエ」の巨匠として、独自の地平を切り拓いた。その最高傑作のひとつ『小さな死(Petite Mort)』が、再び東京バレエ団の舞台に帰ってくる。
東京バレエ団とキリアンの関係は、単なるレパートリーの導入に留まらない。1994年、キリアンは同団のために『パーフェクト・コンセプション』を書き下ろした。本拠地ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)と古巣シュツットガルト・バレエ団以外のカンパニーに初めて振付けたもので、両者の関係は深く、そして長い。東京バレエ団として5つめのキリアン作品となる『小さな死』の初演は2017年に遡る。
1991年、ザルツブルク音楽祭で初演された『小さな死』は、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番と23番の美しい緩徐楽章を用いている。舞台には6人の男女が登場し、細剣や巨大な布を効果的に用いながら、モーツァルトの音楽にのせたダンサーたちの身体と至芸を浮かび上がらせる。出演は初演からの経験を持つ樋口祐輝、宮川新大らが予定されている一方、イタリア公演で本作を披露し現地を沸かせた秋山瑛・大塚卓ら若手ダンサーの進化も見逃せない。
3回だけの、至高の「ガラ」。若々しいエネルギーと洗練された感性、そして東京バレエ団という研ぎ澄まされた集団の力学が、どのように現代バレエの到達点を描き出すのか。興味は尽きない。

並木浩一
桐蔭横浜大学 現代教養学環 教授
おもな専門はメディア論、表象文化論。雑誌編集長や編集委員を歴任後、2012年より桐蔭横浜大学の教授に。ギャラクシー賞選奨委員、GPHG(ジュネーブ時計グランプリ)アカデミー会員も務める。