【新国立劇場バレエ団】新制作の『くるみ割り人形』が待望の開幕! ウィル・タケット振付による、新たな構成や設定にも注目

  • 文:並木浩一
Share:

年末年始の新国立劇場に、新しい『くるみ割り人形』が誕生する。英国の振付家ウィル・タケットによる新制作のオリジナル版は、古典の魅力を尊重しつつ、現代的な視点で物語と人物像を刷新する意欲作だ。海外で高い評価を得た新国立劇場バレエ団の充実ぶりを背景に、ホリデーシーズンの定番は新たな章へと踏み出す。

nutcracker_low.jpg
ドロッセルマイヤーの助手・くるみ割りの王子を男性ダンサーがひとりで演じる設定。第1幕から大人のダンサーが演じる少女クララ役が金平糖の精も踊るというストーリーを重視した演出に期待が高まる。

新国立劇場がこの年末から年始にかけて、“新制作”の『くるみ割り人形』を上演する。12月19日に幕を開け、千秋楽は新年1月4日の日曜。ホリデーシーズンのただなかを貫くスケジュールであり、日本のバレエシーンでも「年末年始の定番」として定着したことを改めて印象づける。開場以来、幾度もバージョンを変えながら上演されてきた新国立劇場の『くるみ割り人形』は、今回は満を持しての全面“新制作”である。

今回の新制作は、英国の振付家ウィル・タケットによる新国立劇場バレエ団オリジナル版。そのワールドプレミアということになる。タケットは、純粋なクラシックバレエの枠にとどまらず、演劇やミュージカル、コンテンポラリーの手法を自在に横断するクリエイターとして、現在の英国舞台芸術界で高い評価を受けている存在だ。そうした振付家が『くるみ割り人形』という19世紀の古典にどう向き合うのか、その点だけでも注目に値する。

ウィル・タケットが新国立劇場バレエ団のために振付を手掛けるのは、2023年に世界初演された『マクベス』に続きこれが2作目となる。『マクベス』では、物語性の強い古典文学を、バレエとして現代的に再構築する力量を鮮やかに示した。今回の『くるみ割り人形』でも、単なる装飾的刷新ではなく、物語の構造や意味づけにまで踏み込んだ再解釈が期待される。

Will_Tuckett_(BW)_-_photo_Barbara_Banks.tif.jpg
ウィル・タケット●オリヴィエ賞など数多くの賞を受賞し世界的に活躍する振付家。新国立劇場バレエ団に作品をつくるのは、2023年に世界初演した『マクベス』に続き2作目。

新国立劇場と『くるみ割り人形』の歴史は、1997年12月の開場記念公演にまで遡る。最初はワシリー・ワイノーネン改訂振付によるマリインスキー劇場版、全3幕の堂々たる古典様式で2007年まで上演された。2009年には牧阿佐美芸術監督による全2幕版が登場し、サンタクロースが現れる親しみやすい演出で人気を博した。さらに2017年、大原永子芸術監督のもとでウエイン・イーグリング版が初演(オランダ国立バレエのレパートリーの版は1996年のトゥール・ファン・シャイックとの共同振付)され、吉田都が芸術監督に就任後も引き継がれてきた。そうした流れを経て、今回のオリジナル・レパートリー制作となる。

全貌は初日の幕が開いてみなければわからない。だが、既に部分的な情報やタケット自身のインタビュー、主要キャストの発表から、いくつかの方向性は見えてきている。物語の焦点の当て方、人物造形、そして第2幕の構成など、従来版とは異なる工夫が随所に盛り込まれているようだ。

象徴的なのが第1幕、クリスマス・パーティの場面である。イーグリング版では子どもが演じていたクララを、今回は大人のダンサーが最初から演じる。設定年齢も原作小説の7歳ではなく、およそ16歳ほど。単なるキャスティング方針の違いではない。少女から大人へと向かう微妙な心の揺れを、身体表現として描こうとする意図が感じられる。大人の鑑賞に耐える演出でありながら、子どもにも見せたい「本格的バレエ」となるだろう。

NBJNutcracker_Takeshi-Kanoulow.jpg
クララ、王子(くるみ割り人形)にはそれぞれ6名のダンサーをキャスティング。高度なテクニックと繊細な抒情性を競う。 phoro: Takeshi Kanou

『くるみ割り人形』の代名詞ともいえるお楽しみ、第2幕のディヴェルティスマンにも、大きな変更が加えられている。従来の「中国の踊り」「ロシアの踊り」といった国名は使われず、すべてお菓子の名前(「ポップコーン」「ゼリー」など)に置き換えられた。背景には2021年にベルリン国立バレエ団が問題提起したような、民族表象と差別意識をめぐる国際的議論がある。異文化を戯画化することなく、音楽と踊りの魅力をどう生かすか。そのひとつの回答が「スイーツ」という普遍的で無垢なモチーフなのだろう。

実はいま、新国立劇場バレエ団はまさに“乗りに乗っている”。今年夏に行われたロンドン公演、ロイヤル・オペラ・ハウスでの『ジゼル』が大成功を収めたからだ。満員の客席、五つ星の批評、そしてニューヨーク・タイムズ紙の「Best Dance Performances of 2025」選出。これは日本のバレエ団にとって、画期的な出来事だった。しかも英国ロイヤル・バレエ団の最高位プリンシパルとしてキャリアを積んだ吉田都にとっては、ダンサーとしての“故郷”ロイヤル・オペラ・ハウスに錦を飾る、芸術監督としての凱旋でもあった。

その『ジゼル』で喝采を浴びたダンサーたち――ジゼル役の米沢唯、小野絢子、柴山紗帆、木村優里ら、アルブレヒト役の井澤駿、渡邊峻郁らが、今回の『くるみ割り人形』でも主役を務める。海外で磨かれた表現力と舞台度胸が、この新制作にどのような厚みを与えるのか。バレエ団全体の充実が、そのまま作品の説得力につながるはずだ。

鑑賞の機会は年明けの1月4日まで続く。クリスマスを越えて年始まで上演されるのは、世界的にはむしろ常識であり、『くるみ割り人形』が「ホリデーシーズンの名作」であることの証左でもある。ニューヨーク・シティ・バレエは3日までバランシン版、英国ロイヤル・バレエ団は1月5日までピーター・ライト版、ハンブルク・バレエは6日までノイマイヤー版、ボリショイ・バレエのグリゴローチ版は11日まで、それぞれ自国での上演。欧米各地で年をまたいだスケジュールが組まれている。新国立劇場の新しい『くるみ割り人形』は、その国際的な流れの中で、日本発の新たなスタンダードとなる可能性が注目される作品だ。ここから始まる未来を、ぜひ劇場で見届けたい。

コリン・リッチモンドによる舞台模型low.jpg
新作の舞台模型。ファンタジックな美術と衣裳を手掛けるのはコリン・リッチモンド。タケットと同じく、『マクベス』に続く起用となる。

 

namiki_photo.jpg

並木浩一
桐蔭横浜大学教授 現代教養学環・学環長

おもな専門はメディア論、表象文化論。雑誌編集長や編集委員を歴任後、2012年より桐蔭横浜大学の教授に。ギャラクシー賞選奨委員、GPHG(ジュネーブ時計グランプリ)アカデミー会員も務める。

新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形〈新制作〉』

公演日:2025年12月19日(金)~ 2026年1月4日(日)
会場:新国立劇場
TEL:03-5352-9999
www.nntt.jac.go.jp

関連記事