いま注目すべき腕時計をデザインの視点から切る、雑誌『Pen』で好評連載中の「並木教授の腕時計デザイン講義」。今回のテーマは「オフセンターのオープンワークダイヤル」。ここ数年のトレンドである、各ブランドの技術力が示される文字盤側にシースルーの仕掛けを施した“オープンワークのダイヤル”に注目!
文字盤側にシースルーの仕掛けを施した「オープンワークのダイヤル」は、各ブランドの技術力を示す場であり、ここ数年のトレンドだ。ケースバックからムーブメントをのぞかせるのが一般的になり、各社は〝裏側〟への装飾をいっそう磨き上げてきた。その一方で、本来は殺風景なはずのムーブメントの文字盤側にも光を当てたのが、このオープンワークダイヤルだ。小窓からしか顔を出さなかったデイト表示は、出番を待つ舞台袖の姿を公開。ムーンフェイズも、新月で消えた月が反対の地平から顔を出す転換の秘密をもう隠さない。ムーブメント自体の構造設計を反転させ、高速で振れ続けるテンプをブリッジごと表側に移動させる離れ業もやってのけた。歯車の動きや輪列も魅せる仕掛けに。「シースルーバック」がサファイアクリスタル越しに見せる魅力が、手首から外すことなく堪能できる愉悦の趣向だ。
ここに「オフセンターのレイアウト」を掛け合わせると、レアな魅力が加速する。中心をずらして時分針の時刻表示を配置するのは必ずしも最新の流行ではなく、懐中時計の時代から存在した伝統的なレイアウトだ。古典的な異形のデザインは、現代でオープンワークの技法と出合い、未知のスーパーモダンデザインに昇華した。
腕時計の構造には、工場夜景のように、本来は見せる目的のない工作物のダイナミズムの、意図しない美がある。一方、進化を遂げた「オフセンターのオープンワーク」には、偶然ではなく企図された、美への意志がある。
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1.HARRY WINSTON(ハリー・ウィンストン)
ザリウム バリエーション

マンハッタン・ブリッジに着想を得たダイナミックなデザインで、オフセンターのオープンワークを象徴する名作。独自の軽量合金ザリウムを用いた第11作「プロジェクト Z11」をベースにした限定モデルは、サンドブラスト仕上げのレッドに、夜光塗料を施したターコイズカラーを効かせ、立体感を強調。
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2.PIAGET(ピアジェ)
アルティプラノ アルティメート オートマティック ウォッチ

ケース一体型の自社製極薄(厚さ4.3㎜)自動巻きキャリバー「910P」を搭載し、その全景を文字盤側から公開。ブリッジや歯車の精緻な表面仕上げ、ブラックスクリュー、ルビーの配列が美しい。10時位置のオフセンター時刻表示と、6時側に並ぶ輪列と脱進機の構成も見どころ。さらに、ピアジェのシグネチャー「P」を模した緩急装置のディテールものぞかせる。
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3.GLASHÜTTE ORIGINAL(グラスヒュッテ・オリジナル)
パノルナ・インバース

オフセンターデザインの「パノ」コレクションの中でも、ひと際異彩を放つ一本。「インバース」という名の通り、ムーブメントの一部を反転させ、ダブルスワンネックを備えたチラネジテンプの芸術的な姿を余すところなく披露している。ムーンフェイズディスクはメインの時刻表示と同軸に配置され、半透過仕様で神秘的な輝きを放つ。
並木浩一
1961年、神奈川県生まれ。時計ジャーナリスト。雑誌編集長など歴任し、2012年より桐蔭横浜大学の教授に。近著に『ロレックスが買えない。』。