いま注目すべき腕時計をデザインの視点から切る、雑誌『Pen』で好評連載中の「並木教授の腕時計デザイン講義」。今回のテーマは「赤から黒へのグラデーションダイヤル」。芸術性を内に宿す、グラデーションダイヤルのモデルを要チェック!
「赤」と「黒」のコントラストは、洋の東西を問わず多くの芸術作品で象徴的に用いられてきた。スタンダール然り、岡本太郎然り。赤が情熱や生命、闘志を表す一方で、黒は何色にも染まらぬ強い意志や威厳、死や闇、神秘性や精神性を内包する。
また、この2色は制服や軍服においても、さまざまな表象を担ってきた。有名なナポレオン1世の肖像画『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』で、赤いマントは果敢な「英雄」像の演出に役立ったほか、赤色は欧米文化では高貴な意味を持つことも多く、服飾ではフォーマルな使われ方が珍しくない。イギリス陸軍連隊序列第1位の近衛騎兵連隊ライフガーズの乗馬正装は、伝統的にレッドである。他方、ブラックはカトリックの司祭平服(キャソック)の色であり、俗を離れた聖なる色として広く認知されてきた。
さて、話を時計に移そう。そもそも赤いダイヤルは、スポーティなイメージを強調するため、一部のレーシング・クロノグラフなどでたびたび使われてきた。ただ、現在流行中のバーガンディレッドは、語源であるブルゴーニュワインのように、ノーブルな赤に深みを持たせている。
さらに外周に向けて明度を落としていくグラデーションは、マジカルな効果を生み出す。スポーツウォッチには高級感を与えるのに、ドレスウォッチにはスタイリッシュなニュアンスを添えるのである。グラデーションで表現された「赤と黒」は、スタンダールの名文と同様に気品があり、永続的なベストセラーの資格を有している。
1.DIOR(ディオール)
シフル ルージュ
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メゾンのアイコン「カナージュ」をエンボス加工で表現した文字盤に、鮮やかな赤から黒へのグラデーションを描く、「シフル ルージュ」では初のデザイン。赤は“ムッシュ”ディオールが「生命の色」と呼んだ色で、秒針や4時位置のリューズに入ったラインのほか、月に一度デイト表示に現れる。ムッシュがお気に入りであった数字「8」のみが赤で表現された。
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2.PANERAI(パネライ)
ルミノール ドゥエ

サンブラッシュ仕上げを施したバーガンディのグラデーション文字盤が、エレガントな風格を醸し出すとともに、ミリタリーを出自に持つブランドにおいては異色の存在感を放つ。アラビア数字とアワーインデックスを切り抜いた下にホワイトのスーパールミノバを塗布した夜光のプレートを配する、独自構造のサンドイッチダイヤルを採用。暗所ではバーと数字をグリーンに光らせる。
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3.ORIS(オリス)
プロパイロットGMT

グレーPVD加工を施したステンレス・スチールケースに、レッドのグレーグラデーション文字盤をセットしたパイロットウォッチ。第二時間を表示するGMT針は先端に赤いポインターを配し、心拍測定用のパルセーションスケール付きトップリングスケールにも赤い三角マークを施した。ブラックのキャンバスストラップにはレッドのライニングを効かせた。
並木浩一
1961年、神奈川県生まれ。時計ジャーナリスト。雑誌編集長など歴任し、2012年より桐蔭横浜大学の教授に。近著に『ロレックスが買えない。』※この記事はPen 2025年7月号より再編集した記事です