有田焼の技法を用いた、唯一無二の色彩を楽しむ陶彩画の魅力とは。草場一壽の個展が東京で開催

  • 写真:溝口 拓
  • 文:久保寺潤子

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佐賀県の工房を拠点に活動する草場一壽(くさば かずひさ)。国内外で多くの個展を開催している。

有田焼の伝統工法を用いた陶彩画を制作する草場一壽。30年以上にわたる研究と試行錯誤から生まれた唯一無二の作品が、この冬、東京で一堂に会する。

誰も挑戦したことのない芸術を目指して

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草場一壽⚫️1960年、佐賀県生まれ。27歳で葉山有樹の工房に入り、陶彩画の研究を始める。90年に独立し、佐賀県武雄市山内町に工房「今心」を立ち上げ、創作活動を開始。2003年に「草場一壽工房」と名を改め、工房直営のギャラリーを佐賀に開館。絵本『いのちのまつり』シリーズは小学校の教科書にも採用され、各所で講演会も行う。

草場が生まれたのは有田焼の産地、佐賀市神野町。物心ついた頃から焼き物に囲まれて育った。

「僕が子どもの頃は300軒くらい窯元がありました。伝統ある有田焼ですが、大量に作って安価に売られている現実を見て、伝統工芸は衰退の一途をたどるだろうと感じていました」

東京の大学へ進学し、帰省した時に改めて釉薬(ゆうやく)のもつ深遠な美しさに心打たれたという。

「どうせやるなら誰にもまねできないことをやっていこうと思ったんです」

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『平安』は、草場作品の代名詞となった「七色に輝く龍」の初代作品のひとつ。独自で開発した技法よって制作される龍作品は、見る角度によって色彩が鮮やかに変化する。

400年の伝統を生かしつつ新しい芸術を創造したいという思いで草場が構想したのは、「焼き物の絵画」だった。技術を習得するため数々の窯元の門を叩くも、あまりに無謀な挑戦を受け入れてくれる場所はなかった。しかし「焼き物でしか出せない輝きを絵画として描きたい」という草場の思いは揺るぐことがなかった。そんな強い思いを支えたのがインドをはじめとするアジア旅行での体験だ。

「インドでは、みんなが生きているって感じがしたんです。ハサミ一本あればどこでも床屋ができるし、耳かき一本あれば耳掃除を仕事にできる。あらゆるものが職業になる。いのちがほとばしっていたんですね」

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『海王』と題された作品。緻密に描かれたディテールと迫力ある構図に圧倒される。

アジアで目にした人々のたくましさが草場に自信を与えた。現在、世界的な陶芸家として活躍する葉山有樹氏に弟子入りの機会を得ると、独自に陶彩画の研究に没頭する。白い陶板に絵付けをして窯で焼き、その上からさらに違う色で絵付けしては焼き、という作業を十数回繰り返す。窯の温度調整から時間配分まで膨大なデータが積み重ねられた。

「まずは釉薬や絵の具の性質を化学的に分析します。絵の具そのものが何でできているのかを研究しながら細密な絵柄を施していきますが、最後の仕上げは火という自然にゆだねることになるのです」

自然の力にゆだねることで作り手のイメージを遥かに凌駕し、まばゆい光を放つのが陶彩画の魅力だと草場は言う。

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自然のエネルギーを象徴する“龍”という存在

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龍や神話、動植物をテーマに、自然界にある神の世界を描いてきた。

誰も挑戦したことのない陶彩画を職業にすることを覚悟した草場。路上で絵を売っていた時代もあった。

「はじめは福岡の天神や佐世保のアーケード、縁日や陶器市の軒下を借りて売っていました。人と比べる必要もないので、惨めだとは思いませんでした」

そうして下積みを重ねるうちに、地元有田の陶器市で1週間で60万円の売り上げを記録した。

「一点数千円で売っていたので、有田の商人たちからは、この値段で売り続けたら赤字になるぞ、って馬鹿にされましたね。そこで徐々に売り方を覚えていきました」

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神話の世界を探究することは、自分の魂のなかの記憶を探すこと、と草場は言う。

草場が描き続けているモチーフのひとつが龍だ。

「たとえば田んぼに茂る黄金色の稲穂に風がサワサワと吹き抜ける瞬間、田畑を流れる水の音……そこに龍がいる。私たちの身体を巡る血液も龍の化身として捉えることができる。龍は目に見えない自然のエネルギーそのものなんです」

風や土や火といった自然に畏敬の念を抱き、自然とともに暮らしてきた昔の人々の祈りを思い起こさせるのが龍だという。

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幼い頃から動物や自然など、いのちの営みに興味を抱いてきた。

およそ30年におよぶ作家人生のテーマは「いのちの輝き」である。

「無限の色に変化していく夕焼け、雨あがりの空に虹がかかった景色に涙し、何度も救われた経験があります。そんな魂に響くような絵を描きたいと思い続けてきました」

ひとつの色から始めた陶彩画が30年以上の時を超えて、数えきれないほど多彩な輝きを放っている。今年の展覧会は草場の仕事の集大成ともいえる「虹」がもうひとつのテーマだ。

「わずか数色から始めた陶彩画ですが、こうして虹を表現できるまでに到達できた。虹という漢字には龍という意味もある。天と地を結ぶものがすなわち虹であり龍なのです」

龍の身体を覆う淡い色彩のグラデーションは、背景に描かれた富士山をも超えて高く天へと駆け上る。見る角度によってその色彩は表情を変え、見飽きることがない。

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30余年の集大成、龍と虹をテーマにした作品が東京に集結

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新作『富士に虹龍〜希望の地へ〜』(2023年)。霊峰・富士を超えて天へと駆け上がる龍。

今回、東京でお披露目される新作のひとつに「如意宝珠」を題材にした作品がある。

「如意宝珠とはいわゆるドラゴンボールのこと。人類が追い求めたものの象徴です。現代人は自己肯定感が低いと言われますが、本来、生まれたそのままのあなたが素晴らしいということを伝えたい。いのちという宝はすでにみながもっているのです」

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『虹龍〜宝珠を得たり〜』(2023年)。宝珠を抱いた龍が虹色の空に浮かび上がる。

テクノロジーが発達した現代において、草場が大切にしているのは手仕事の尊さだ。

「伝統工芸も消滅しようとしているいま、僕はテクノロジーにもよらず相変わらず手仕事で作品をつくり続けています。一人ひとりの人間がもつ力を確認できるのが手仕事のよさ。そこから自由な生き方が生まれるのではないでしょうか」

12月の東京での展覧会では新旧の龍の作品が勢揃いする。

「来年は辰年です。辰という字は植物の成長を意味し、種が芽を吹いて天へと伸びていく象徴です。展覧会では新しい年に向けてみなさんに元気を届けたい」

永遠の輝きを放つ陶彩画は、観るものを癒やし、鼓舞する。天高く駆け上がる龍の姿に何を感じるか、その目で確かめてほしい。

草場一壽 2023年 陶彩画新作展『〜Rainbow Dragon & Dragon Ball〜虹龍と宝珠』

開催期間:2023年12月10日(日)~12月17日(日)
開催場所:BANK GALLERY
東京都渋谷区神宮前6-14-5
https://kusaba-kazuhisa.com