中華そば店で「味落ちたな」と言える資格はあるのか?【はみだす大人の処世術#8】

  • 文:小川 哲
  • イラスト:柳 智之

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Pen本誌では毎号、作家・小川哲がエッセイ『はみだす大人の処世術』を寄稿。ここでは同連載で過去に掲載したものを公開したい。

“人の世は住みにくい”のはいつの時代も変わらない。日常の煩わしい場面で小川が実践している、一風変わった処世術を披露する。第8回のキーワードは「セルフジャッジ」。

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「グルメ」と自称する人が苦手だ。「美食家」も同じで、やっぱり苦手だ。「僕、グルメなんですよ」と口にする人がいたら、その場で張り倒しはしないけれど、「あ、ああ……」みたいな感じで少しゲンナリする。

たとえば「おいしい食べ物が好き」なら構わない。というか、僕だっておいしい食べ物は好きだ。グルメというステータスには、食べ物の質をジャッジする能力みたいなものが付随しているような気がする。それは、「お笑いが好きなんです」は大丈夫だが、「僕って面白いんです」と言われたら「なんだこの人」となるのと同じことだ。

学生時代のアルバイトの先輩に、他人からグルメといわれている人がいた。僕の内部ルール上ではグルメの自称はアウトだが他称はセーフだったので、よくその人がお薦めする店に連れて行ってもらった。そも
そも僕は食に対するこだわりがほとんどなく、他人がつくった大抵のものはおいしいと感じてしまう。なので先輩と店に行った時も、いつも「めっちゃおいしいですね」といった感想を口にしていた。

ある日、先輩がよく通っていたという中華そばの店へ一緒に行ったことがある。昼過ぎになると店外に長い行列ができていて、先輩は「昔はこんなに混んでなかったんだけどなあ」と言いながら列の最後尾に並んだ。30分ほど並んでからようやく席を案内され、僕たちは店がイチ押ししている「特製そば」を注文した。

しばらくして、提供された特製そばを食べた。僕はいつものように「めっちゃおいしいですね」と感想を口にした。実際においしかった。並ばなくて済むなら、何度でも通いたくなる味だった。先輩は麺をすすり、スープを飲んだ後、小さな声で「味落ちたな」と呟いた。「人気店になって、手を抜いているんじゃないのかな」

その言葉を聞いて、僕は先輩に対して腹が立った。味が落ちたのではなくて、味の進化に先輩がついていけなかっただけかもしれない。店主は、先輩なんかよりもずっと中華そばの知識をもっているはずだし、中華そばについて日々考えているはずだ。長年営業していれば、もちろん味が変わることはあるだろう。その変化を落ちたと断言するのはさすがに傲慢ではないだろうか――という自分の考えを先輩に伝えることがで
きるわけもなく、僕は「そうですか、僕はおいしいですけど」とだけ言った。

それ以来ずっと、僕は味が落ちたと口にする人のことを警戒している。もちろん、「前回来た時のほうがおいしかったな」という感想を抱くのはしかたない。個人の主観だからだ。でも、それは「店の味が落ちた」ではなく、「自分の味覚が落ちた」だけかもしれない。店長の好みと、自分の好みが乖離しただけかもしれない。

小説を読んでいると、前の作品のほうがよかったと感じることがある。その感想を、「腕が落ちた」とか「もう落ち目だ」につなげないように、僕はいつも気をつけている。僕自身が小説を書いているのでよくわかる。作家は作品ごとに前の作品を超えようと努力している。もちろんうまくいかないこともあるが、基本的には好みの問題だと思う。人類全員を満足させる作品など、この世に存在しないのだから。

相手の実力を疑う前に、まずは自分の実力を疑うこと。客観的な質をジャッジする能力が自分に本当にあるのかどうか、常に問い続けていくこと。

もしあなたがグルメを自称しているのなら、それくらいの自覚をもってほしい。ちなみに僕は「おいしいものが好き」で「小説が好き」なだけの一般人です。

小川哲

1986年、千葉県生まれ。2015年に『ユートロニカのこちら側』(早川書房)でデビューした。『ゲームの王国』(早川書房)が18年に第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞受賞。23年1月に『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞受賞。近著に『君のクイズ』(朝日新聞出版)がある。

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※この記事はPen 2023年8月号より再編集した記事です。