なぜ「ストライク」や「ボール」という言い方が生まれたか知っていますか?【はみだす大人の処世術#7】小川哲

  • 文:小川 哲
  • イラスト:柳 智之

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Pen本誌では毎号、作家・小川哲がエッセイ『はみだす大人の処世術』を寄稿。ここでは同連載で過去に掲載したものを公開したい。

“人の世は住みにくい”のはいつの時代も変わらない。日常の煩わしい場面で小川が実践している、一風変わった処世術を披露する。第7回のキーワードは「成り立ちリサーチ」。

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昔から、納得のいかないことを見過ごせない性格だった。たとえば「右」という漢字の成り立ちが「右手で神に捧げる器を持つ様子から来ている」と教わり、「おかしい」と思った。「右」という漢字の腕を担当する「ナ」の部分が左側から出ているからだ。「七転び八起き」ということわざを聞いて、「数が合わない」と思った。7回転んだなら、起き上がるのも7回のはずだ。

子ども時代の僕は、こういう辻褄の合わないことが気になって、よく大人を質問攻めにした。ほとんどの大人は僕の疑問に答えてくれなかった。なかには「そんなことを気にするのはお前だけだ」と口にする人もいた。だから僕は根本的に大人というものを信頼していなかった。

「右」や「七転び八起き」の話は、明確な答えを教えてくれた大人がいたからまだよかった(気になる人は自分で調べてみてください)が、誰に聞いても答えがわからない質問もいくつかあった。

そのうちのひとつが、「ストライク」と「ボール」だ。みなさんもご存じの通り、「ストライク」は「打つ」とか「ぶつける」という意味の動詞で、「ボール」は「球」を意味する名詞だ。「ツーストライク、スリーボール」のように、動詞と名詞が横並びで使われていることにも納得がいかないし、そもそも「ボール」という表現も気に入らない。野球が球技である以上、「ストライク」も「ボール」も、どちらもボールを使っていることに違いはない。サッカーのルールの中に「サッカー」という反則があったら納得がいかないだろう。それと同じだ。

僕はまず、野球部の友人たちに質問した。しかし、誰ひとりとして僕の質問に答えてくれなかったばかりか、そもそも「ストライク」と「ボール」のおかしさに気づいている人間もいなかった(大人になってからも、元野球部にたまに聞いてみることがあるが、この質問に答えられた人とは出会ったことがない)。もちろん、当時の僕に納得できる答えを教えてくれる大人もいなかった。だから僕はひとりで調べた。

どうやら昔の野球はいまと違い、下手投げのピッチャーが打ちやすいボールをバッターに投げ、それを打つというルールだったらしい。するとバッターは自分が気に入るボールが来るまでいつまで経っても打たなくなった。これでは試合に時間がかかってしまうので、「ある正当なゾーンに来たボールは3球以内に打たなくてはならない」というルールができた。「ストライク」というのは、正当なゾーンに来たボールを「打て!」と命令する声で、だから動詞なのだ。

しかし「ストライク」のルールができると、今度はピッチャーがストライクゾーンのギリギリを狙ったり、故意にゾーン外のボールを投げるようになったりして、また時間がかかるようになった。こうしてゾーン外の不当なボールを「アンフェア・ボール」と呼び、4球目でバッターが自動的に進塁できるというルールができた。つまり

「ボール」とは「アンフェア・ボール」の略なのである(以上は当時の僕が調べたことをうろ覚えで話しているだけなので、気になる人は自分で調べてみてください)。

大人になってから、そんな細かい矛盾が気になってしまう自分の性格が仕事の助けになっていると知った。納得のいかないルールや矛盾した表現の多くには原因や歴史がある。そして原因や歴史がないものは、その矛盾に付け入る隙がある。

いまはスマホがあるので、たいていの疑問はすぐに調べることができる。あなたは「なぜ雷のことを稲妻というか」をきちんと説明できるだろうか?

小川 哲

1986年、千葉県生まれ。2015年に『ユートロニカのこちら側』(早川書房)でデビューした。『ゲームの王国』(早川書房)が18年に第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞受賞。23年1月に『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞受賞。近著に『君のクイズ』(朝日新聞出版)がある。

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※この記事はPen 2023年7月号より再編集した記事です。