ブライトリングCEOが語る、時計業界として果たすべきサステイナビリティへの責任

  • 文:篠田哲生
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サステイナブルな社会を目指そうというメッセージが、至るところで叫ばれている。それは時計業界も同様だ。そもそも美しい時計は、自然豊かな山間の町に暮らす職人の手から生まれてきたもの。だから時計業界では昔から、自然との共生について深く考えてきた。また、高級時計には「よいものを手に入れ、直しながら長く使う」という考え方が備わっており、それ自体がサステイナブルであるともいえる。

環境に配慮した素材を使用する時計ブランドも増えているが、さらに一歩進んだ取り組みを始めたのが、ブライトリングだ。CEOのジョージ・カーンは語る。

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ジョージ・カーン●1965年生まれ。2000年にリシュモングループに入社し、02年にIWCのCEOに抜擢され、ブランドを躍進させる。17年にリシュモングループを離れ、ブライトリングのCEOに就任。大胆な改革を次々に実行している、時計業界の重要人物のひとり。

「ラグジュアリーブランドが環境や人権に対して意識をもち、責任を果たすことをユーザーが期待し始めています。深刻な気候変動や人権侵害が起きる時代において、ブライトリングがやるべきことはなにか。それは自分たちの領域でできる限りの力を尽くし、貢献をしていくこと。特に時計業界の場合は、ゴールドやダイヤモンドなど原料調達の分野で貢献できることがまだあるのではないか?そういう視点をもったのです」

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ブライトリング初のトレーサブルウォッチ

同社ではまずSDGsのの目標をもとに、サステイナビリティ担当の責任者であるオーレリア・フィゲロアが中心となって社内で議論を行った。消費者やメディア、サプライヤー、ビジネスパートナーなどの声を聞きながら、「PRODUCT:バリューチェーンに沿ったポジティブな影響の創造」、「PLANET:気候変動への対応」、「PEOPLE:インクルーシブ・スクワッドとして共に働く」などの5つの柱を、サステイナビリティ・ミッションとして同社は定めた。

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オーレリア・フィゲロア●ドイツ有数のシンクタンクを経て、2016年にIWCに入社し、サステイナビリティ戦略を担当する。20年4月にブライトリングのグローバル・ヘッド・オブ・サステイナビリティに就任。SDGsの責任者として活躍する。

その中の最先端の取り組みとして先日発表されたのが、ブライトリング初のトレーサブルウォッチ、「スーパー クロノマット オー トマチック 38 オリジン」だ。使用されるゴールドとダイヤモンドに対するトレーサビリティ(追跡可能性)を100%確保し、採掘元が紛争や人権侵害とは無縁であることが証明されている。ブロックチェーン技術を活用することで、ユーザーはNFTとしても腕時計を所有し、原材料や取引の記録を確認できるという点も新しい。

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NFTで原材料を証明する、トレーサブルウォッチ●ASSM(Artisanal Small Scale Mining)という小規模採掘業者から調達したゴールドを採用した「スーパー クロノマット オートマチック 38 オリジン」。自動巻き、18KRGケース、ケース径38mm、パワーリザーブ約38時間、ラバーストラップ、100m防水。¥2,240,000(予定価格)/ブライトリング・ジャパン TEL:0120-105-707

「スイスは時計やジュエリーの会社はもちろん、銀行も多いため、世界における金の取引の約20%を担っています。そうした責任ある立場にあるからこそ、なにをするべきかを考えなくてはいけません。今回の時計に使用している金は『スイス・ベター・ゴールド』と呼ばれるもの。当社も含めたスイスの銀行や会社からなる非営利団体、スイス・ベター・ゴールド・アソシエーションが定めた条件を満たす、現地の小規模金採掘業者から調達したゴールドです。“リサイクルゴールド”という選択肢もありますが、その場合、もととなるゴールドの出所が不明瞭。しかし我々のゴールドは、どこでどうやって採掘されたのかを追いかけることができます」

金のトレーサビリティについてそう話すフィゲロアは、実際にブラジルなどの鉱山に足を運び、採掘業者を訪ねたという。そこでは法律で禁止されているはずの水銀を使った金の生成が行われており、人々はビーチサンダルなどの軽装で作業していた。こうした悪質な労働環境を改善するためには、取引の条件を定めることに加えて、定期的な監査や正しい採掘方法の指導など、根本的な取り組みも必要だ。こういった活動はブライトリング一社で行うには限界があるからこそ、スイス・ベター・ゴールド・アソシエーションという団体を通して支援を行っているのだ。その活動は採掘業者に対してのみならず、近隣のコミュニティの教育プログラムやインフラ投資にも広がっている。

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いま、高級時計が人気を集める理由

労働環境にまつわる問題は、ダイヤモンド鉱山でも起きている。紛争の資金調達のためにダイヤモンドが不法取引される“ブラッド・ダイヤモンド”の問題や、劣悪な労働環境が作業員をむしばむ人権問題など、美しいダイヤモンドの裏側に多くの問題が隠れている。そこでブライトリングでは、「ラボグロウン ダイヤモンド(Laboratory Grown Diamonds)」を採用し、「ベター・ダイヤモンド」と呼んで使用することにした。これは薄くスライスしたダイヤモンドを基盤として、真空窯の中でガスと熱を加えてダイヤモンドの結晶をつくるというもの。組成は天然のダイヤモンドとまったく同じで、透明度や輝きはむしろ高いレベルにある。ラボで製造されるため、前述したような労働者の人権侵害は起こらない。

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ペットボトルから生まれた、折りたためるウォッチボックス●2020年に、廃棄ペットボトルをアップサイクルした、100%再生可能なウォッチボックスを開発。小型化に加えて、フラットに展開できるようしたことで輸送効率を高め、CO2排出量を従来型のボックスと比べて60%以上減少させることができたという。また、ボックス内のピローはトラベルポーチとしても使用できる。

「材料調達に対する活動は、見えにくいのですが、大事なこと。素材の奥にある物語や、誠意と責任をもって取り組んでいるのだという姿勢を、正しくユーザーに届けたい」とカーン。SDGsは、さまざまな議論を巻き起こす言葉でもある。だからこそ価値観を押し付けるのではなく、「我々はこう考えている」と真摯に伝えることが重要だとCEOは語る。

「いま、高級時計が人気を集めているのは、デジタル化が行きすぎた結果だと思います。昔ながらの伝統をもつものの価値が再認識されているのでしょう。アナログの機械式時計にはストーリーがあって、感情があって、思い出がある。昇進や結婚など、人生の瞬間とつながっているのです」

時計業界におけるサステイナブルな取り組みは、長い人生をともにするパートナーとしての機械式時計の価値を、より一層高めていくことだろう。

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レジェンドサーファーとのコラボによる、海洋廃棄物をリサイクルしたストラップ●2018年から、プロサーファーのケリー・スレーターが主宰するサステイナブルなアパレルブランド、アウターノウンとコラボレーションを開始。漁網などの海洋廃棄物をリサイクルしたナイロン素材「エコニールヤーン」を用いたストラップを共同開発。カラフルで肌当たりの優しいストラップは人気が高く、サステイナブルなアイテムへの間口を広げた。

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※この記事はPen 2022年12月号「腕時計、クラシック主義」より再編集した記事です。

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