イギリスの王室においてレンジローバーは特別なクルマである。公式行事で使用され、女王陛下じきじきにハンドルも握られるのだ。長きにわたる女王陛下とレンジローバーとの関係を紐解いてみる。
エリザベス女王が世界中から愛される理由――それは抜群なユーモアセンスとお茶目さではないだろうか。ロンドンオリンピックの時は、ジェームズ・ボンドにエスコートされ、ヘリからの空中ダイブで会場入りし、今回の即位70周年を祝う式典、プラチナ・ジュビリーでは、くまのパディントンとお茶会でユーモラスな共演を果たしている。
クルマ選びのセンスも独特だ。多くの国家元首の場合、威厳を保つために重厚長大な黒塗りリムジンを選ぶ。これは非常に権威主義的な選択だ。その点、女王の場合は公私ともにレンジローバーを好んで使う。なかでも公務の場合は「ロイヤルクラレット」と呼ばれる王室専用色のワインレッドに塗られた車両を使用。ちなみにクラレットとはイギリス英語でボルドーワインのこと。中世にイギリス領だったボルドー地方に思いを馳せているのか、女王の馬車や専用列車、果てはヘリコプターまでもこの特色に塗装され、金色の縁飾りで統一されている。レンジローバーも例外ではない。パレードに登場する特殊架装された最新型レンジローバーの存在は、温故知新を大切にするイギリスらしさを感じさせてくれる。
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プライベートにおいてもまた、女王がレンジローバーの運転を楽しむ姿が何度か報道されている。サングラスにヘッドスカーフというスタイルは、若い頃からなにも変わっていない。王室の直轄領で犬を乗せて走るレンジローバーも、本来あるべき姿といえるだろう。ただ一般のクルマとの違いは、ボンネットの中心で銀色に輝き鎮座する、可愛らしいレトリバーの大きなマスコットだ。心から犬を愛する女王の気持ちが表れてのことだと思うが、このようなオーナメントは視界を遮るだけでなく、事故の際に歩行者などに危険が及ぶ可能性がある。イギリスの交通法に抵触する改造だが、正確にいうと違法ではない。なぜなら女王は免許をもつ必要もなければ、交通違反に問われない唯一の人。理由はイギリス国民に免許を与える人だからである。
長年にわたり王室とのパートナーシップを続けているランドローバー社はエリザベス女王の父、ジョージ6世より1951年にロイヤルワラント(王室御用達認定証)を授与された。以来、王室は歴代で30台以上のさまざまなランドローバーを所有してきた。あの装甲車のようなディフェンダーですらも、軽く乗りこなしてしまう女王には、シンプルに敬服する。
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「ローバー」という名前は、50〜60年代にイギリスでポピュラーだったペットの名前だという。女王にとってのレンジローバーとは、図体こそ大きいが、ペットのようにかわいらしく、愛すべき存在なのかもしれない。
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※この記事はPen 2022年9月号「レンジローバーで走れ!」特集より再編集した記事です。