アナろぐフィールドワーク#9
世界初・南部鉄器のレコードスタビライザーを生んだ、 老舗メーカーのクリエイティビティとは

  • 文:MOODMAN
  • 編集:穂上愛

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MOODMANと申します。3週に渡って、注目のアナろぐアイテム「南部鉄器のレコードスタビライザー」について、深掘りしてまいりました。

レコードスタビライザーとは、アナログレコードを再生する際にレコードの中央にのせることで再生を安定させる「ウェイト」のことです。レコード派のDJにとっては必需品かと思います。

最終回になる今回は「老舗のクリエイティブティ」をテーマに、1848年創業の<株式会社及富>の専務である菊地章さん、レコードスタビライザーの企画・製作者である大川寛樹さんに、クリエイティブ視点から質問を投げかけてみました。

伝統とは、進化とは――。昨年末、雪の降る中、とてつもない熱量で製品が作られていく現場を見学させていただいた時から、個人的にずーっと気になっていたことを聞いてみました。

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菊地章/南部鉄器職人・株式会社及富 専務取締役
1979年 東京造形大学彫刻科卒業。南部宝生堂の後継者として事業に関わり、地元水沢市をはじめ横浜市大倉山、相模原市、正法寺等の公共サイン計画に参画し鋳造作品を提供。2004年より株式会社及富 専務取締役に就任、事業全体の統括責任者としての業務を推進されると同時に、中国、米国等海外進出、3Dデジタル技術の導入、他の伝統技術とのコラボレーションを推進、南部宝生堂8代目を襲名されている。
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大川寛樹/南部鉄器職人
1986年、奥州市水沢出身。グラフィックデザイナーとして活動しながら、下北沢のバー「MORE」、青山の居酒屋「なるきよ」、岩手県水沢市のバー「音酔処 BUGPIPE」のスタッフを経て、2017年「及富」に入社。

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ほかの会社では、ここまでやらせてもらえない

菊地章 どれだけ「自由でいられるか」っていうのが社風としてあるんですね。でも自由って結構大変なんですね、実は。

MOODMAN はい。そうですよね。

菊地章 すごい大変なんですよ。どこに飛んでいくかわからないっていう感じですから。でも自由じゃないと、発想が窮屈になってしまいますから。
やっぱり本当に自由でいて、それでいて、ちゃんと経済的に工場は成り立っていて、うちで働いてくれるこういう若い人たちが、本当にやりがいがあるなと感じてくれて、それでもやっぱり窮屈なところもあったりするんだけども、でもやっぱり自由でいられるというような。なかなかうまく言えないんだけど。

大川 自分が入社して感じたのは、まず専務(菊地章氏)が、自分が思ってたその職人像とはちょっと性格というか。元サーファーだったりとかする経歴もあって感覚的というか。
専務がつくってきた昔の作品なんかも、及富に残ってるんですけど、大体変わったのは専務が手がけたもので。その作品を見て、「これが作れるってことは、こういうものも作れるのかな」っていうすごい自分の妄想が広がるようなものがいっぱいあって。今につながる種があるというか。その次みたいなものを意識して、自分もちょこちょこ作ってたりします。

「ほかの会社じゃここまでやらせてもらえないだろうな」とか、「そもそも理解してもらえないだろうな」って思うことは結構あります。自分が手がけた髑髏の鉄瓶だったり。ああいうのも普通に受け入れてもらえて。
普通は「けしからん」みたいに怒られちゃうようなものでも、「そういうのも面白いね」って言ってくれるのは、この会社の特徴だと思います。

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鉄を注ぐとき、心がとっ散らかってたりほかのことを考えたりとかすると、うまくいかない

MOODMAN 素晴らしいですね。

もともと大川さんは、アートディレクションの方から入ってるじゃないですか。デザインをやられてて、立体に行くときに、どういうことをするのかなって思ってたら、すごく自由にというか、アイディアをすごく膨らませて立体にしてるなと思ったんです。

大川 ありがとうございます。

MOODMAN グラフィック(平面の表現)から立体作品に移るときの発想って、どんな感じでしたか。グラフィックをつくることとは、やっぱり違いますか。

大川 一緒かもしれないですね。

MOODMAN ちょっと思っていたのは、この前も及富の現場を見させていただいたからかもしれないですけど、アイデアが定着して形にするときに、すごく肉体的な過程があるじゃないすか。

大川 はい。そうですね。

MOODMAN それも含めてデザインしていかないといけないっていうのは、結構大変なのかなって思ったんですよ。(PC画面でのデザインにとどまらず)非常に肉体的な過程を経て形になるんだなと思って。そこと対峙していくことは、すごく大変なことなのではないかと思いました。

大川 結構そうですね。怖いなって思う瞬間も、やっぱりあります。

MOODMAN そうでしょうね。

大川 舐めてかかると普通に火傷したりとか、やっぱりありますし。そもそも鉄瓶が重いので、しかも1回の鋳造で100個とか作ったりするので、その分の鉄を注いでいくっていう作業は、結構肉体的であり、その(過酷な状況が)創造に影響するときもあります。

鉄を注ぐときに、心がとっ散らかってたりほかのこと考えたりとかすると、うまくいかないんですよね。本当にその鉄が吸い込まれてるその瞬間っていうか、焦点を合わせながら意識までそこに入ってくみたいな状態まで持ってかないと、鉄瓶ってうまく作れないっていうか。それは本当に不思議で、多分やってる人じゃないと、気づけないところだったり。

あと溶けた鉄が本当に“光の液体”なんですけど、とにかく綺麗なんですよね。もううっとりして吸い込まれちゃうんですよ。すごい不思議な材質を扱ってるんだなって感じがしますし。日常的にそういったものを純粋に見れるっていうのは、つらいこともありますけど、この仕事をやっていてすごく楽しい、嬉しいポイントですね。

MOODMAN あともう一つは、伝統と歴史がしっかりとあって、これまでの積み重ねがあるなかで、伝統でやってきていないことにチャレンジするっていうことが、大変なのかなと思いました。

大川 技術とかそういった面でいったら、その表現力でいったら、ほかの鋳物屋さんでかっこいいなっていう職人さんはいっぱいいるので、これからの目標はそういう職人さんたちに会って、仕事を教わったりして、自分のその表現力をもっと厚みとか持たせられたらいいなっていうのは思ってますね。

MOODMAN チャレンジの歴史ですもんね。

大川 そうですね。自分は岩手出身ですし、鉄瓶なんかも生まれた頃から見られてますし。感覚としては「古いもの」だったんですけど。こうやって自分が職人になると、その当時の職人さんたちが、すでにチャレンジして出てきたものが定着してっていう繰り返しで。チャレンジの歴史なんだなっていうのは、思いますね。

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バカバカしいなと思うようなことでも、一生懸命やる

MOODMAN (大川さんが作ってきたものの中で)これまで僕が知らないところで、チャレンジしている作品はありますか。

大川 なんかいっぱい作りすぎてしまうんですが(笑)。いまスピーカーをつくってます。筐体を鉄で作っていて。鉄が振動を吸収するという作用を使って。インシュレーターは、ほかの業者さんがやってるっていうのを見かけたので。
そこで鋳物の性質みたいなのものが、わりと調べ上げられていたんですけど、スピーカーの筐体を鉄で作るっていうのは、そんなになかったんですよね。

1回ジャンク品みたいな安いスピーカーを解体して、ユニットをくっつけて作ってみたんですよ。そしたら、なかなかいい音がしたんですよね。

MOODMAN そうですか!おもしろそうですねそれ。

大川 面白いです。自分で作ったっていう愛着もちろんあると思うんですけど、何だろう、「スピーカーが鳴ってる」っていうよりも、「音がいきなりそこから出現した」みたいな音が鳴るんですよ。なのでユニットもいろいろ交換してみながら、本当に自分が感覚的にいいって思ってる音が、本当に良かったとなるまで、いろいろ研究できたらおもしろいなと。

いずれはその派生で、ほかの業者さんだったりとかと繋がって、そういったスピーカーの作品をつくれたらいいなあと思ってます。

MOODMAN 音関係以外の作品で、挑戦したいこととかありますか。

大川 デザインをやってたこともあって、グラフィックデザインの模様を外注して、立体にしてもらい鉄にするっていう。

たとえばフライパンの中がデザインされていて、模様がついてるとか。そういうのがわりと簡単に作れるっていうのがわかったので。たとえば「DOMMUNE」のロゴを、鍋に入れたりとか。そういう注文もわりとすぐに対応できます。

MOODMAN 需要ありそうですね、それは。

大川 はい。及富でクラウドファンディングをやったときに、返礼品としてオリジナルの鍋を作ったりはしました。

MOODMAN 南部鉄器って世界的にブランディングがすごくできてきてる気がするんですが、それがチャレンジをし続けているからなんだなって。聞いててすごく思いました。時代に合わせて。

菊地章 情報発信し続けることでしょうね。こんなバカバカしいなって思うようなことでも、一生懸命やってることを発信してるうちに、だれかの目に留まったり誰かの心にとまって。同じようなことやってる人っているんですよねどこかに。
その人と共感すると、そこからまたいい商品が生まれてくることは、必ずあるので。

まずやってみようと思ったことはやった形にして残しておいて、ちょっと1回冷却期間というか、眺める時間もあったりして。それがたまたま誰が来たときにそれを見て、「これはこれなんですか」っていうお話が生まれたりしてということはありますから。

決して諦めないで、「こんなの駄目だ」って思わないで、やっぱり自分が生み出したものですからね自分は鋳造したものですから、1回はそこに留めておくというのは、私だけがやってきたことではなくて、先代たち先輩方がやってきたことですね。

そういう作品いっぱい残ってますし。よくこんなものを何百年も前に考えて、しかも形にしたなあと思う作品はたくさんあります。なるほどなあと思います。ご飯が食えるか食えないかっていう時代に、よくこんなことをやってたなっていうものがたくさんありますよ。

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MOODMAN

DJ・クリエーティブディレクター

1970年、東京都生まれ。80年代末からDJとして活躍。90年代半ばより広告業にも従事する。記念すべき第一回目のDJをつとめたライブストリーミングスタジオDOMMUNEにて、レギュラー番組「おはようムードミューン」を不定期実験配信中。町工場の音楽レーベル「INDUSTRIAL JP」は6年目に突入し、ASMRに特化した新プロジェクトも始動。Penオリジナルドラマ「光石研の東京古着日和」では音楽監督を務める。レコード、ポストカード、ボードゲームなど、アナろぐものをひたすら集め、愛でている。


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