アナろぐフィールドワーク#7
世界初・南部鉄器のレコードスタビライザーは、 どのようにして開発されたか

  • 文:MOODMAN
  • 編集:穂上愛

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MOODMANと申します。今回はちょっとだけ趣向をかえまして、私がDJをする際に愛用しているアナろぐアイテム「南部鉄器のスタビライザー」について深掘りさせていただきます。

レコードスタビライザーとは、​​アナログレコードを聞く際に、レコード盤の中央部に重しとして乗せることで共振をおさえ、音を安定させるアイテムです。

私自身、DJをはじめてからの約30年間、数多くのレコードスタビライザーを使用してきましたが、現時点でもっとも使いやすいのが、今回、取材させていただいた岩手県水沢の工房「及富」さんの南部鉄器のレコードスタビライザー。

コンパクトなので携帯性に優れていながら、しっかりと音が安定する。さらに、7インチシングルを聞く際に、中央の穴にはめるアダプターとしても使用可能ということもあり、アナログレコードでDJをする際には、必ず持ち歩いている逸品です。

ライブストーリーミングスタジオ<DOMMUNE>で使用した後など、問い合わせが多いこともあり、実際にどのような想いで作られた製品なのか、どのような過程で作られているのか、など取材をすることにいたしました。

インタビューは、3回に分けて掲載させていただきます。第一回目になる今回は、企画から制作まで携われた、株式会社及富の大川寛樹さんに開発秘話などをお聞きしました。

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大川寛樹/南部鉄器職人
1986年、岩手県奥州市水沢出身。グラフィックデザイナーとして活動しながら、下北沢のバー「MORE」、青山の居酒屋「なるきよ」、岩手県水沢市のバー「音酔処 BUGPIPE」のスタッフを経て、2017年「及富」に入社。

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世界初・南部鉄器を使ったレコードスタビライザー

MOODMAN 僕は(南部鉄器のスタビライザーを)試作段階から使わせていただいてて。今まで結構いろんなスタビライザーを使ってきたんですけど、非常にコンパクトで持ち運びやすいし、小さいスタビライザーは大体、安定感がよくないんですけど、レコードの上に置いたときにすごく安定感がよくて、かなり気に入って使わせていただいてます。

大川寛樹 ありがとうございます。

MOODMAN DOMMUNEとか、あとは現場でアナログ使うときは絶対使ってるっていう感じなんですけど、南部鉄器を使ったスタビライザーというのは、多分世界初だと思うんですけど。

大川 はい。世界初ですね。

MOODMAN ですよね。元々どういうスタビライザーを目指していましたか?

大川 そもそもスタビライザーを作ろうっていう話になったのは、自分がこの鋳物の仕事を始めて、それでその周りのDJとかに作れないのかって言われたのがきっかけですね。その時言われたのが、(7インチシングル用の)アダプターが最初だったんですよ。お店で売れるような商品をつくりたいというお話をいただいて。ただ、南部鉄器の作り方だと、旋盤加工をしなければいけなかったりして。

MOODMAN そうなんですね。

大川 (7インチシングルのアダプターを作る場合は)ほかの業者さんにお願いしなきゃいけないっていうのがあって。結構ハードルがそこで上がっちゃうところもあって。製造コストも上がるっていうので。

MOODMAN はい。

大川 ちょっと延び延びだったんですが、何人かからも言われていたので。それでもう、(スタビライザーから)作りはじめたいっていうことで。

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“音を聞きながら”できあがってきた

MOODMAN 何かこだわったポイントとかあったりしますか。

大川 こだわったポイントは、その横幅と高さ。どのバランスがいいのかっていうところを。(レコードスタビライザーは)横に広くして背を低くしたものがありますよね。

MOODMAN そうです。僕が今まで使ってたのは、多分、材質がほぼ一緒で。横幅が広くて薄いタイプなんですよね。

大川 そうですよね。

MOODMAN はい。

大川 どちらかっていうと、ターンテーブルの軸に対して、まっすぐ重心を揃えて、バランスを取るような構造にしたかったので、最初は300グラムぐらいの、いまの半分ぐらいのスタビライザーを作ったんですよ。そうしたら軽すぎるっていうことで。音を聞きながら、どんどん背を高くしていったような形になります。

MOODMAN 南部鉄器のスタビライザーを見たことない人がいると思うので、どのような素材を使って作ってるかとか、南部鉄器の技術をどう応用してつくっているのかを、まずは聞けるといいかなと思うんですけど。

大川 そうですね。南部鉄器は鋳鉄っていって、そもそも合金なんですけど、ざっくり言うと鉄と炭素の合金なんですね。鉄を溶かすときに、コークスっていう炭素の塊を、燃料にして燃やすんですけど。溶けた鉄とその炭素が混ざって出てくるのが、その鋳鉄(ちゅうてつ)、鋳物ですね。特性としては純粋な鉄よりも、中がスポンジ状というか。チーズみたいな感じで小穴が開いてるような感じ。

(鋳鉄の内部は)炭素が散らばってるような形ですので、中は割とまばらな状態ですね。それを旋盤加工していただいた会社(株式会社サンアイ精機)の社長さんに言ったところ、逆にそれは、振動を抑えるうえで、また一つメリットになってるんじゃないかと。一つ例に挙げられたのはその車のタイヤだったんですけど。

MOODMAN はい。

大川 車のタイヤの溝って、四つタイヤがあって、それぞれが違うバランスで溝があたるっていうか、地面にあたる。その振動が、ばらつく関係で共鳴しないっていう。

MOODMAN なるほどね。

大川 それが振動を抑えているっていうことで、少なからずこのスタビライザーにもそういう効果が一つあるんじゃないかっていうようなアドバイスをいただいて。

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80歳の職人さんの手が加わることに魅力を感じた

MOODMAN スタビライザーを開発していったりつくっていったりしていくなかで、難しかったポイントはありますか。多分いろいろ苦労の連続だったような気がするんですけど。

大川 そうですね。だいたいのディテールは、結構早い段階で決まったんですね。MOODMANさんだったりほかのDJの方だったり、試作品を使っていただいて、あまりこうした方がいいとか、こうしてくれっていう意見はそんなにいただけなかったんです。自分としては早い段階で、そのデメリットみたいなのを見つけたかったんですけど。

ギザギザの持ち手の部分。ここがまず持ちやすいようにっていうので。これも手作業で加工されてるんですけど。

MOODMAN そうなんですね。

大川 はい。結構もう80歳近い職人さんが、手作業で一つ一つ、つけてらっしゃるんですけど。

MOODMAN なるほど、たしかにこれ、あるとないとで結構違ってて、怖いのが(普通のスタビライザーだと)ツルッて滑る。滑ってレコードに落ちることがあって。たしかにそれはあるとないとでだいぶ違いますね。

大川 はい。もう少しくびれさせるか、加工を入れるかでちょっと悩んだんですけど。80歳の職人さんの手が加わるっていう、そっちの方に魅力を感じて。

MOODMAN たしかに、そういうことか。だからつまむときに、意外と安心感があるのか。

大川 はい。その反対側の方は割と広がってるので。

MOODMAN そうですね、(軽くつまんでも)落ちないですもんね、こっちはね。

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1個スタビライザーを作るのに、針が1本折れた

大川 はい。一番時間がかかったのは、実は細かい文字が入っているところですね。この文字は、相当苦労しました。

MOODMAN なるほど。

大川 鋳鉄の性質にもよるんですけど、先ほど言ったように、ちっちゃい気泡みたいなツブツブがあるっていうことで、細い針みたいな機械で字を彫ってくんですけど、もうそこに引っかかっちゃって。針が、結構高いらしいんですけど、すぐ折れてしまうんですね。とりあえず1個スタビライザーを作るのに、針が1本折れたという話を聞いて、ちょっとこれは駄目だっていうので、文字を太くしてみたり、いろいろ試した結果、今の形になりました。

あとは塗装ですね最後、苦労した点は。できれば南部鉄器を製造するのに関係してる会社だけで完結したかったんですよ。鋳物の外注をお願いしてる塗装屋さんとかにも何度かサンプル作ってもらったんですけど、やっぱり旋盤をかけたそのツルツルの表面に対して、鋳物の塗料っていうのがなかなかなじまなかったんですね。

MOODMAN なるほどね。

大川 使ってるうちにどんどん剥げてきたり、爪でこすっただけで剥がれるみたいなこともあったり。あとは塗装する環境なんですけど、本当にあの車を塗装するような塗装屋さんだと埃とか目立たないんですけど、鋳物の塗装場ってわりと汚れてることが多いので。つるっとした表面に、毛が一本入ってるとか。そういう本当に細かいところを突き詰めていくとなかなか、そういう不具合みたいなのが出てきてしまって。

最終的には旋盤加工をお願いしてる会社の方に、特殊なメッキ加工をしてる会社を探していただいて、それでそのメッキなんですけど、黒であの艶が消えてるっていう。本当に薄い塗料で、かなり耐久性があるっていうので、やってもらってもうこれだっていうので、ようやく完成しました。

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南部鉄器 7"/12" DUAL DISC STABILIZER OTM80821
https://oitomi.thebase.in/items/46990892

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DJだけでなくオーディオマニアにも

MOODMAN 今、まわりのDJにもこのスタビライザーを欲しがっている人が多くて。多分どこかのタイミングで、注文が次々入るようになるんじゃないかという気がするんですけど。

大川 嬉しいです。本当にちょこちょこですが、どこかで噂を聞いた方から連絡いただいたり、購入していただいたりしています。あとはDJではなく、自分がまったく想像していなかった方からも購入していただいています。多分、オーディオマニアの方とか。

MOODMAN オーディオの関係の方とか、多分すごい使い勝手いいと思うんですよね。

大川 お客様はオーディオマニアの方のほうが、割合的に多いですね。

MOODMAN なるほど。そうなんですか。

大川 はい。

MOODMAN 7インチに使えるところが、またいいですよね。

大川 そうですね。あと7インチの方が、スタビライザーによる効果が出たっていうところもあります。

MOODMAN そんな気がします。7インチのアダプターよりも、このスタビライザーの方が使いやすいと思いますよ。

大川 そうなんですね。

MOODMAN モノによっては7インチって、(中央の穴が)結構ずれてたりとか、アダプターをはめても、うまく定まらないときがあるんで。スタビライザー欲しくなるんですよ。だけどアダプター入れると、スタビライザー効かないので。意外と現場的には、7インチで使ってみた方がスタビライザーの効果がわかりやすいです。

大川 嬉しいです。わりとヒップホップのDJやってる人からは、スタビライザーじゃなくてアダプターを作ってくれっていうお話をいただくんですが。

MOODMAN それは多分、一回一回がこすったりして、クイックカットしていくからでしょうね。重いものを何度も置くっていうのが、大変なのかもしれないですね。

大川 はい。


アナろぐフィールドワーク#8につづく)

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アナろぐフィールドワーク

MOODMAN

DJ・クリエーティブディレクター

1970年、東京都生まれ。80年代末からDJとして活躍。90年代半ばより広告業にも従事する。記念すべき第一回目のDJをつとめたライブストリーミングスタジオDOMMUNEにて、レギュラー番組「おはようムードミューン」を不定期実験配信中。町工場の音楽レーベル「INDUSTRIAL JP」は6年目に突入し、ASMRに特化した新プロジェクトも始動。Penオリジナルドラマ「光石研の東京古着日和」では音楽監督を務める。レコード、ポストカード、ボードゲームなど、アナろぐものをひたすら集め、愛でている。


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1970年、東京都生まれ。80年代末からDJとして活躍。90年代半ばより広告業にも従事する。記念すべき第一回目のDJをつとめたライブストリーミングスタジオDOMMUNEにて、レギュラー番組「おはようムードミューン」を不定期実験配信中。町工場の音楽レーベル「INDUSTRIAL JP」は6年目に突入し、ASMRに特化した新プロジェクトも始動。Penオリジナルドラマ「光石研の東京古着日和」では音楽監督を務める。レコード、ポストカード、ボードゲームなど、アナろぐものをひたすら集め、愛でている。


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