本誌では書けなかった裏エピソード

屋久島の魅力は、縄文杉の先にあるのか?

担当:編集Y
世界遺産名:屋久島
山田 屋久島の魅力は、縄文杉の先にあるのか?

誌面では掲載をしていない縄文杉。足元に雪があるの、お分かりでしょうか。

屋久島の紹介にあたり、編集長から与えられた課題はただひとつ。縄文杉の写真を使わずに構成することでした。「屋久島の本当の魅力は縄文杉の先にある」とは何度か耳にしたことがあるものの……と頭を抱えることに。そこでここ数年、屋久島で撮影を続けている写真家の山内悠さんに彼が撮りためた写真を見せてもらうことにしました。なかでも圧倒された一枚の写真を見て、「この木、めちゃくちゃかっこいいですね」と言ってしまったことから、その木"左巻大桧"に出会うための2泊3日の縦走取材が決まったのでした。


初日のルートは荒川登山口から縄文杉へ、さらにその先の高塚小屋への宿泊です。水道電気ガスのない小屋にひとりで泊まるのははじめてのこと。荷物も多くなり、思った以上にハードな登山だなと思っていたのですが森の散策は楽しく、休憩をいれたものの4時間足らずで縄文杉まで着いてしまいました。小屋の先客はわずか1名。重い荷物をおろし、ようやくほっと一息ついたところで話を聞くと、明日に登るルートからやってきたというではないですか。「雪深いですよ」という彼は、湯気を立てながらびしょ濡れの装備を外しつつ、今日中に下山すると言います。「がんばってください」という笑顔とともに彼も立ち去り、たったひとりで午後の早い時間から山小屋で過ごすことに。三岳を温めながら飲みつつ、時折やってきて食べ物を催促するイタチ(もちろん絶対に食べ物を与えてはいけません)とともに夜を越すことになりました。いびきがうるさくて寝られない山小屋はあれど、イタチがぐるぐる回る足音で寝付けない夜は初めてのことでした。

山田 屋久島の魅力は、縄文杉の先にあるのか?

第一展望台からのパノラマ写真。右端が黒い雲に覆われていく様がわかります。

山田 屋久島の魅力は、縄文杉の先にあるのか?

永田岳から鹿之沢小屋へと向かう途中。雪解けで道が川のように。雲の先に宮之浦岳が見ています。

2日目は高塚小屋から新高塚小屋、第1・2展望台を超えて、焼野三叉路でガイドさんと合流。さらに永田岳を登り、鹿之沢小屋を目指すというルートです。高塚小屋から第一展望台までのルートは好天に恵まれ、森を抜けた尾根伝いを楽しめるルートなのですが……ここで第一展望台から撮影したパノラマ写真をごらんください。写真の右端に不吉な雲が。各種道具を雨に濡れないようにビニル袋に詰めて急ぎ出発。予想通り、5分後には土砂降りのなか登山を続けることとなりました。時折岩陰に隠れて雨脚が弱くなるのを待ちましたが、とりあえず歩みを進めることに。ついに合流したガイド「旅樂」の田平拓也さんは、明日予定している宮之浦岳からやってきたのですが、そちらのルートはやめたほうがいいとのこと。急遽、帰りはもっとも過酷な永田歩道へと変更になったのです。


深い雪に足を踏み入れると、底は水たまり。ゴアテックスの登山靴も雨よけのカバーもききません。足が氷のようになり、ようやくたどり着いた鹿之沢小屋でびしょ濡れの装備を一つずつ外していきます。寒いけど、心地よい。しかし明日もまたこれらを装備しなくてはないのです。「永田歩道ってやっぱり大変なんですか?」と田平さんに尋ねると、笑って「いま寝ているところのちょうど上だと思います。梁に彫ってある文字を読んでみてください」と。そこにあったのはーー「永田はやめておけ」の文字でした。

山田 屋久島の魅力は、縄文杉の先にあるのか?

雲にかかっているのが永田岳の山頂。2日目の登山はここから鹿之沢小屋まで下ったところで終了。


山田 屋久島の魅力は、縄文杉の先にあるのか?

誌面で掲載した左巻大桧。取材時は快晴で、青空のなか名の由来である左巻きがよくわかります。

最終日は、鹿之沢小屋から永田歩道を経て永田に。朝4時に起きて準備を始め、日が昇る前にヘッドライトの明かりをもとにスノースパイクを取り付けて下山を始めます。美しい沢、切り立った奇妙な岩をいくつも見ながら、ようやく今回の取材目的である「左捲大桧」に出会うことができました。


と書くと簡単なのですが、急勾配の道をひたすら下り続けるコースです。天狗か!と自分につっこみを入れたくなるアクロバティックなコースをとにかく何時間も下り続け、永田の集落まで下りていく。ただ、実はこの体験が原稿を書く内容をリアルなものにしてくれたのです。屋久島には北海道から九州・沖縄までの日本の植生が詰まっていると言います。1300mを一気に下ることは、まさにそれを体感するもの。朝には氷のようだった足が、途中からは暑くなり、何枚も重ねていた装備を順に脱いでいくことになりました。過去最高に過酷な取材だったのですが、まあ北海道から九州を数時間で移動したと思えばと納得させて。とはいえ、屋久島登山のさいにはこのルートを絶対薦めないようにと念押しされています。みなさんはしっかりと計画を立て、安全で楽しい登山を行ってください。