本誌では書けなかった裏エピソード

参考資料との闘いのなかで出合った、心惹くエピソード。

担当:編集I
世界遺産名:古都奈良の文化財

さて、弱りました。取材時のエピソードを写真とともにといわれても……。自分が担当した場所はふたつ、「法隆寺地域の仏教建造物」と「古都奈良の文化財」。取材したところは法隆寺と唐招提寺ですが、そのほか、春日大社にも行って鹿の顔は見ました。東大寺の法華堂(三月堂)が久しぶりに拝観再開になっていたので、あのドラマティックな仏堂空間にも浸りました。でも写真がありません。鹿に会ったのは夕方で暗かったんです。法華堂の中は写真が撮れません。じゃあ、メシは?ふだんでも撮るんじゃないの? カメラマンとは撮影地で合流だったのでろくに食事してません。ほかはずっと資料読んでたし……。

そうでした、記憶に残っていることといえば、本。法隆寺も唐招提寺も、すでにたくさんの書物があります。お気に入りは大きな写真が掲載されている美術全集です。写真は大きいほどその世界に没入→脳内再生がリアルにできるので大きい本がいいです。展覧会のカタログも、解説がわかりやすいので重宝します。こうした基本の資料の次に、気になるテーマを念頭に置きながら必要な資料を探すのですが、記事を忘れて本そのものの面白さにハマってしまうことがあります。今回は次の2冊がそうでした。

井手 参考資料との闘いのなかで出合った、心惹くエピソード。

『女帝推古と聖徳太子』 中村修也著、光文社、2004年、¥756

女性としての推古天皇の気持ちや、なぜ聖徳太子が大王(天皇)にならなかったのだろう、という素朴な疑問へのアプローチが、ていねいでわかりやすく、飛鳥時代という想像もできなかったはるか昔の世界を身近に引き寄せてくれました。聖徳太子を日本史のスーパースターというだけでなく、その人となりを少しですが思い描くことができました。

基本は女帝推古と聖徳太子ですが、それ以外の人物模様がまた魅力的に紹介されていて、ドラマ化したいエピソードが満載。たとえば蘇我馬子が最初に出家をさせて百済に派遣したのは、女性2人だったこと、ご存知でしたか? 日本で最初に出家したのが女性であった理由は、多々考えられていますが、ともかく異国へ船でわたった彼女たちはまだ10代前半。言葉もわからぬ異国で少女たちがどのように学び、暮らしたか、気になりすぎて眠れません。のち彼女たちは僧侶を連れ帰りますが、もちろん男の僧侶です。

井手 参考資料との闘いのなかで出合った、心惹くエピソード。

『唐招提寺』 唐招提寺編、学生社、1998年、¥2,052

もう一冊は唐招提寺の売店で見つけたその名も『唐招提寺』。唐招提寺の代々の僧侶によって著され、改訂されてきた書で、唐招提寺の歴史や寺伝、現代行われている行事などが総合的にまとめられています。執筆者が唐招提寺で僧侶として生きた人々なので、書かれている言葉が力強いのが印象的です。昭和初期、戒壇近くに鉄道敷設の予定が持ち上がりそれを中止に至らせたエピソードや、明治の混乱期に破損仏があわやアメリカへ売り渡されそうであったものを守り抜いたくだりは、頑張れ、と声が出そうなほどの臨場感。鑑真和上の偉大さもさりながら、唐招提寺を後世へ受け継いできた僧侶、ひとり一人のドラマにも想いを馳せずにいられません。

訪れる前はもちろんですが、訪れた後に読めばまた、目で見た記憶に、歴史という余韻が加わります。世界遺産特集とともに、お薦めしたい2冊です。