人の気持ちから、車の進化を切り開く。新型フィットが体現するHondaの企業哲学とは。

  • 写真:村上未知
  • 写真:岡村昌弘
  • 文:サトータケシ

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「機能より感情を重視する」という斬新なコンセプトとともに登場した新型フィット。その背景には、「人を大事にする」というHondaの企業哲学があった。

視界の広さや車幅感覚のつかみやすさなど、使い勝手を考えた造形。フロントとサイドのガラスの下端の高さを揃えるなど、あらゆるラインを水平基調にすることで、デザイン的にも美しくシンプルにまとめている。写真は「CROSSTAR」のe:HEV(メーカーオプション装着車)、カラーはスタイリッシュなサーフ&ブラック。

世界的にはクルマの電動化が進み、日本では"クルマ離れ"が起きている中で、今年2月に登場したHondaの新型フィット。グローバルに展開するフィットはHondaのラインアップの中でも特に重要なモデルだが、その開発コンセプトは機能重視から感性重視へと、大きく方向転換を図ったという。

新型フィットの開発手法を根底から変えた理由を、開発責任者を務めた田中健樹さんに尋ねた。

不足していたのは機能ではなく、人間の感性を満たす要素。

インストルメントパネル(インパネ)も直線を基調にしていてすっきり。フロントビューが広く見渡せるので、安心して運転することができる。ハンドルの右前方に見えるのが極細のフロントピラー、ハンドルの右側に見えるのがそれを支えるサブのフロントピラー。前席のシートは土手で身体をしっかりと包み込むようなデザインになっている。

「私は先代の3代目フィットの開発も担当しましたが、先代は全方位的に強化するという考え方でした。たとえば燃費は世界一の性能を達成しましたが、数カ月後にはライバルメーカーに追い越されました。この時に、機能や数値だけを目標にしてクルマを開発しても、本当の意味ではお客様のためにはならないのではないかと気付いたんです」

田中さんは従来のコンパクトカーに足りない部分を徹底的にリサーチした。 

「みなさんにコンパクトカーを選ばない理由を聞くと、『快適さがない』『心地よさがない』『所有する喜びがない』というものでした。つまりコンパクトカーには機能が不足しているのではなく、人間の感性を満たしていなかった。自分も昔は馬力などのスペックでクルマを選びましたが、いまはそのクルマがどんな風に生活を変えてくれるのかをイメージして選びますから」

こうして新型フィットの開発がスタートしたが、心を満たす要素を加えるという開発目標は、ふわっとしていてなかなか共有することが難しかった。 

「そこで漫画を描いたんです(笑)。フィットをレストランにたとえて、どうしたらお客様に満足していただけるかを考えていく漫画です。あとはコンセプトムービーとかカタログみたいなものもつくり、新しく入ってくるメンバーには必ず見せて、イメージを共有しました。Hondaには"ワイガヤ"という文化があって、ワイワイガヤガヤしながら議論を深めていくのが社風なんです」

子供のころから絵を描くのが好きで、「自動車のデザイナーかエンジニアになることが夢でした」と語る田中さん。長じてエンジニアとなったが、言葉よりもイメージを伝えやすいと、今でもミーティングではイラストを多用する。

脈々と受け継がれてきた、人間を中心に考える社風。

駐車が容易だとか小回りが利くといったコンパクトカーの機能性と、「快適性」や「リラックスできる」といった心を満たす要素を兼ね備えることを目標にして、フィットは開発される。

「この"兼ね備える"という意味を端的に表現したのが、"用の美"という言葉でした。これは民藝運動を牽引した柳宗悦が唱えた言葉で、日常で使う機能的な道具に美しさと心地よさがあれば生活が豊かになるということです。そこでグランドコンセプトを『用の美・スモール』として、五感で感じる部分の性能を伸ばしたいと考えました」

クルマに求められる心地よさの種類は無数にあるけれど、新型フィットの開発にあたっては、特に「心地よい視界」「座り心地」「乗り心地」「使い心地」の4つにフォーカスしたという。

Hondaには創業者の本田宗一郎の時代からM・M思想というものがある。これは「マン・マキシマム/メカ・ミニマム」の略。人のためのスペースは最大に、メカニズムは最小にするという考え方。人の気持ちに寄り添うように開発された新型フィットは、この考えに原点回帰しているようにも感じる。

「僕は本田宗一郎に会ったことはないんですが、人間を中心にモノを考える社風はいまも残っていますから」

機能よりも感性。メカよりも人間。心地よさを第一に考えて開発された新型フィットからは、"ワイガヤ"やM・M思想など、Hondaという企業の文化や哲学が見てとれる。

「開発では心地よさを数値に落とし込み、それを実際にクルマとして表現する作業が最も苦労しました。そのかいがあって、試作車に乗った時に、これならお客様が心地よさを感じてくれると確信できました。クルマに興味がない人や運転があまり好きではない人も、新型フィットなら出かけたくなると言ってもらえるとうれしいですね」

後方から見たフォルムも、シンプルかつモダン。各タイプバリエーションともに豊富なカラーを揃え、ガソリン車とハイブリッド車、駆動方式も2WDと4WDから選ぶことができる。写真は「HOME」、カラーは精悍な印象のミッドナイトブルービーム・メタリック。
田中健樹●株式会社本田技術研究所 オートモビールセンター 商品企画室 LPL 主任研究員 新型フィット 開発責任者 1993年、本田技術研究所に入社。車設計室にて初代インサイトのアルミテールゲートの研究に従事。2013年発表の初代フィットの開発責任者代行を務め、今回4代目フィットの開発責任者を務める。

ユーザー本位で実現した、"心地よさ"の形。

「心地よい視界」「座り心地」「乗り心地」「使い心地」を兼ね備えた新型フィット。それぞれの心地よさを開発した担当者にその開発秘話を聞いた。


視界に入るノイズが減れば、心地よく運転できる。

クルマを運転する時に、私たちは多くの情報を視覚から得ている。したがって、視界のよし悪しは心地よく運転できるかどうかを左右する。

新型フィットの開発にあたって視界の改善を担当した山口友樹さんは、「第一に考えたのはノイズを減らすことでした」と振り返る。「運転席から曲線や出っ張りが目に入ると、ノイズだと認識して不快に感じます。たとえばワイパーが目に入らないようにするなど、ノイズを減らすことに徹底的に取り組みました」

インテリアを水平基調にすることによって、視界がすっきりとして車両感覚をつかみやすく、前方確認もしやすい。またフロントピラーの"二本立て"で、見晴らしのよいワイドな視界を可能にした。乗った瞬間から視界の良さを感じる。

インテリアをシンプルにすると同時に、水平基調のデザインにすることで視界をすっきりクリアに。また、後席にも配慮した。「窓ガラスのいちばん下の部分の高さが、フロントとサイドで揃っています。このデザイン処理によって、後席にも心地よい視界を提供できるようになりました」

順風満帆で開発が進んだわけではない。

「フィットはコンパクトカーですが、求められる衝突安全性能は大型車と同じ。一方、コンパクトなクルマのボディを強くしようとすると金属の部分が増えて、ガラスの面積が少なくなります」

安全性と視界の確保の両立にあたってポイントとなったのが、フロントガラスとサイドウインドーの間に位置する柱だ。この柱はフロントピラーと呼ばれ、万が一の衝突の際には衝撃を受け止める役割を担う。「フロントピラーを細くすれば視界がよくなりますが、それでも安全性を犠牲にするわけにはいきません」

そこで開発チームが考えたのが、フロントピラーの〝二本立て〞だ。「視界に直結するフロントピラーは極細にし、その後ろにサブのフロントピラーを配置して、衝突時の衝撃を受け止める設計としました」

結果として、ガラス面積の広いいかにも運転しやすそうなクルマに仕上がった。

「視界のよさは感性の部分が大きいので、なかなか正解が見つからずに苦労しました。けれども周囲と感覚をすり合わせながら、Hondaの伝統の〝ワイガヤ〞でいい方向に進んだと思います」

山口友樹●株式会社本田技術研究所 新型フィット エクステリア設計 担当


心地よいシートの答えは、人間の身体の構造にあった。

前方のシートは土手で身体をしっかり包み込むようなデザインになっており、その見た目からも頼もしさを感じる。後席に座った人が前席に話しかけやすいように、前席シートの肩があたる部分をシェーブ。デザインでコミュニケーションのしやすさも変わる。

乗車時に真っ先に身体に触れるシートは、クルマの第一印象を決めることも多い。「心地よさ」というキーワードから福田優樹さんが考えた理想のシートとは、「優しく身体を包むようなシート」だったという。「座った瞬間にしなやかに沈み込む、〝たわみ〞感とには相当こだわりました」

一般的に、座り心地のよいシートはふわふわのソファのようなものを想像する。だが、クルマの運転席に求められるのは別の能力だという。

「たとえばふかふかのソファに座って文字を書くことは難しい。同じように、運転のしやすさや長時間乗っても疲れにくいことを目指すと、ソファとは異なる性能が必要でした」

そこで福田さんをはじめとする開発陣は、人間工学をベースに、身体の構造から考えることにしたという。「行き着いたのが、骨盤を安定させるシートであれば運転がしやすく、疲れにくくなるということでした」

応接間のソファと異なり、クルマのシートは前後左右のG(重力加速度)を受ける。その時に身体をしっかりと包み込んで骨盤を安定させるには、背もたれの構造を変える必要があった。

「従来の背もたれは、バネで人を支える構造。ただし、バネとバネの隙間から力が抜けてしまうことで、骨盤が動きやすい状態に。そこでバネではなく、マットを採用することにしました」

前席と同様に、後席も上級セダン並みの座り心地にすることを目指した。「より厚みのあるパッドを採用したくて、後席に関してもフレームからつくり直しました」。加えて、フィットのセールスポイントのひとつであるシートアレンジと座り心地も両立させた。

シートへの気配りは細部にまで至り、たとえば後席に座った人が前席に話しかけやすいように、前席の形状を微妙にシェーブしているという。

「他にもゆったりとしたシートに座りたいというお客様の声も反映して、座った時に大きく感じることにもこだわりました。納得できるところまでこだわり抜いたので、自信作です」

福田優樹●株式会社本田技術研究所 新型フィット シート開発 担当

しっとりとコシのある乗り心地を、人は心地よいと感じる。

クルマの高性能化に伴って増えるメカ類により、全長が伸びる傾向があるが、新型フィットはメカ類の小型化・再配置によってコンパクトなエンジンルームを実現。運転しやすいようにクルマの全長を4m以内に収めた(一部のタイプを除く)。

新型フィットの完成車性能の開発責任者である奥山貴也さんは、乗り心地のよさを構成する要素を3つ挙げた。

「1つ目が長距離ドライブでも疲れないこと、2つ目が運転が苦手な人が上手になったと感じるような運転のしやすさ、そして3つ目が車内で会話を楽しめる静かさです」

まず、疲れないクルマを実現するポイントとして、奥山さんは讃岐うどんを例に出した。「芯にはコシがある代わりに、周囲はしっとりしています。ああいう乗り心地だと疲れないんですね」

これを実現するため、奥山さんはサスペンションの部品の抵抗を極限まで減らし、スムーズに作動するように調整したという。「アスリートの足を考えると、筋肉をつけて強くするだけでは勝てません。柔軟さを身に付けないと、凸凹道を走った時にケガをします。そこでヨーロッパの道を高速で走りながら、力強さとしなやかさを身に付け、どんな道でも走れるように開発を行いました」 

2つ目の運転のしやすさは、車内の広さをキープしつつ、エンジンルームのコンパクトさもキープすることを目指した。

ただし新型フィットは2つのモーターを積むハイブリッド車。従来よりもモーターが1つ増えており、これをエンジンルームに収めることさえ容易ではない。

「そこで目を付けたのが、最近のクルマは万が一の衝突時に歩行者を保護するためにボンネットの位置が高くなっていること。柔軟性のある樹脂部品をエンジン上部に重ねることで、コンパクトなエンジンルームを実現しました」

3つ目の静かさの実現にあたっては、「クルマの外の音が気になって車内で家族と会話できないことがある」というユーザーの声を反映。高速走行時の風の音をチェックしたり、ボディ素材を見直したり、必要な箇所には防音材を配置した。さらにエンジン回転が心地よくシフトアップしていくような制御にも取り組み、静粛性にこだわった。

こうした感覚的な領域まで掘り下げて改善し、新型フィットは生まれたのだ。

サスペンションの部品の抵抗を減らし、足回りをスムーズに作動するようにして、ヨーロッパのアウトバーンや悪路で走りを磨いた。これにより、凸凹道でもしなやかな乗り心地と最高速域でも安定した走行性を実現した。
奥山貴也●株式会社本田技術研究所 新型フィット 開発責任者代行(完成車性能 開発責任者)


ニーズを考え抜いて見えた、インテリアの在り方。

センターコンソールにテーブルを設けたおかげで、バッグの置き場所に困らない。アタッチメントを使えば、カスタマイズも可能。

新型フィットの運転席に座ると、センターコンソールに工夫が凝らされていることがわかる。サイドブレーキのあったところがテーブルに変わり、手荷物を置くことができるのだ。

インテリアを担当した森下勇毅さんによれば、ユーザーのクルマの使い方をじっくり確認した結果、生まれたものだという。

「フィットの長所は広い荷室や便利なシートアレンジで、それは従来型でも評価されていました。ただ、スーパーでの買い物などでは、意外と荷室は使われていないことがわかったんです」

森下さんをはじめとする開発陣は、何度もスーパーマーケットなどに足を運び、許可を得てユーザーがクルマに乗り込む様子を見せてもらった。

「多くの方は一度後席のドアを開いて荷物を置き、今度は運転席に回って乗り込むという、非常に動線の悪い行動であることがわかりました。そこで、大切なカバンをそばに置けるようにしてあげたいという想いが、センターコンソールにテーブルをつけるアイデアにつながりました」

加えて、アームレストが設定できたり、あるいはアタッチメントを用いることでカップホルダーになったりするなど、さまざまな使い方ができるようになっている。

使い勝手のよさのもうひとつの例が、助手席のグローブボックス。上下2段に分かれているため、上段に入れたものが取り出しやすい。

ユーザー本位の考え方は、いたるところに見てとれる。たとえば緊急時にサポートを受けたり、離れた場所からロックなどの操作ができるなど、コネクテッドによって実現できた機能は、大型の高級車から導入するのが常識だ。けれども、新型フィットからこのサービスを導入したのだ。

「Honda CONNECTを搭載することで、緊急時にボタンを押すだけという、機械が苦手な方でもわかりやすいインターフェースを実現しました」

他にも、運転席のセンターポケットでスマートフォンをワイヤレス充電できるオプション仕様もあるなど、使い勝手のよさが行き届いている。

グローブボックスは上下にセパレート。上段はティッシュボックスなど普段よく使うものを、下段は車検証など普段あまり使わないものを置けるようにした。
森下勇穀●株式会社本田技術研究所 新型フィット インテリア設計 プロジェクトリーダー

Honda CONNECTとは?

新型フィットより搭載される車載通信モジュールのこと。このHonda CONNECTを通じて、クルマのさまざまなデータが送受信される。それらを活用して、ユーザーのカーライフをより安心・快適にするのがコネクテッドサービス「Honda Total Care プレミアム」だ。このサービスに加入することで、安心・快適につながるサポートを利用できるようになる。

●問い合わせ先/Hondaお客様相談センター 
TEL:0120-112-010(受付時間:9時~12時、13時~17時)
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