【グランドセイコー、腕に輝く9の物語。】Vol.9「GMT」搭載という、 25年後のイノベーション。

  • 写真:溝口 健
  • 文:迫田哲也

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日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。長い年月をかけて生み出された“クオーツを超えるクオーツ”キャリバー9Fと“伝統と革新のメカニカル”キャリバー9S、ふたつのキャリバーを紐解きます。

日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。デザイナーと技術者が限界に挑戦し生み出されたキャリバー9Fとキャリバー9S、ふたつのキャリバーの秘密に迫ります。

グランドセイコーの最新キャリバー9F86には、時間帯の異なる国や地域の時刻を同時に表示するGMT機能が搭載されています。その開発の鍵は、各分野のプロフェッショナルが集う工房から生まれた“ある小さな部品”が握っていました。

それを可能にした、たったひとつの部品。

イエローのGMT針をもつ9F86搭載機。難題は、キャリバー9Fの特徴である「瞬間日送り機構」と、時針単独修正機能の両立だったという。

グランドセイコーの最新キャリバー、9F86では、4本の針がそれぞれの速度で動く。速い順に秒針、分針、時針、最も遅いのがGMT針である。GMT針は時針の半分の速度で24時間かけてダイヤルを一周する。異なる時間帯を表示するGMT機能は、25年前に初代のキャリバー9Fが開発されたときにも搭載が検討されたという。その理由を9F86の開発陣を率いたK氏はこう語った。

「たとえば時差のある国に行って、時針を現地時間に合わせる。そのとき普通の時計ならどうということもないわけですが、9Fは年差です。秒単位で正確に時刻合わせをしてあっても、りゅうずを引き出している間は時計が停まるので、そのぶん遅れることになる。せっかくの年差という高精度を活かすためには時計は動いたまま時針だけ動かせるGMTがいい。そう考えていました」 

K氏は25年前のキャリバー9F開発チームのサブリーダーでもあったが、その時点でのGMT機構搭載は実現しなかった。9Fの瞬間日送り機構とそれと連動する時針単独修正機能は、どちらも「ジャンパー」という小さな板ばねを必要とするが、時針側のジャンパーの強度が確保できなかったからである。 

25年という歳月が流れ、新しいキャリバー9Fの開発を託されたK氏が必要としたのは、十分な厚みをもつ「ジャンパー」だった。しかしこの部品、従来の製造方法では求めている形状に加工できず、強度が確保できないことがわかった。そして、「信州 時の匠工房」の部品生産技術チームの試行錯誤が始まった。

「とにかく開発の鍵は、この小さな部品ひとつが握っていました。その製造法はまだ公開できませんが、私自身はGMTができたことでキャリバー9Fはさらに完全に近づいた、と思っています」とK氏は言う。その小さな部品はその名前どおり、キャリバー9Fを大きく飛躍させたことになる。

キャリバー9Fを読み解く

9Fを組み上げる、「信州 時の匠工房」とは。

各分野のプロフェッショナルが腕を競う。

セイコーエプソンの塩尻事業所内にある「信州 時の匠工房」は、グランドセイコーをはじめとする高品質な時計づくりに必要なさまざまな技術をもつエンジニア、職人たちを集めたマニュファクチュールである。その源流は1942 年に時計の部品製造と組み立てを開始した大和工業。後に第二精工舎諏訪工場と合体し、諏訪精工舎となり、機械式腕時計の名作「マーベル」「クラウン」「初代グランドセイコー」、世界初のクオーツ腕時計「クオーツアストロン」などを輩出してきた。その進取の気性はセイコーエプソンとなってからも衰えず2004年には自動巻のスプリングドライブ機構を開発し、世界の腕時計の歴史に新しい1ページを加えたのは記憶に新しい。

GMT機能とは、いかなるものか?

原則として経度15゜が1つのタイムゾーンとなる。

GMTとはGreenwich Mean Time(グリニッジ標準時)の略で、これを基準に世界各地の時間帯が決められた経緯から、現地時間と時間帯の異なる国や地域の時刻を、腕時計で同時に表示する機能を「GMT」機能と呼ぶ。方式は千差万別だが、キャリバー9F86は3針に24時針を加え、たとえば日本から香港に行くときは一段階引き出したりゅうずを回し、時計を停止させることなく時針だけを1時間戻す。結果、24時針は日本の時刻を、時針は香港の時刻を表示することになる。

「時針単独修正」の仕組み。

「時ジャンパー体」がこの機能の要だった。

キャリバー9F86のGMT機構は、24時針と時針単独修正機能に集約される。24時針を含む4本の針はステップモーターの力で動いているが、りゅうずを1段引いて回すと、時針を30度ずつだけ前後にジャンプさせられる。「30度」とは時針が1時間かけて回転する角度。時針の軸にとりつけられた時差修正用の歯車をりゅうずで動かすわけだが、そのとき重要な役割を果たすのがジャンパー、正しくは「時ジャンパー体」というパーツである。時針が、すっ、ぴたっと時を美しく跳躍するように、そしてそれを心地よく操作できるように「ばね」の力を利用する。この小さなパーツの開発にどんなブレイクスルーがあったのか。現在はまだベールに包まれている。

何一つ、犠牲にしないGMT。

「クオーツを超えるクオーツ」であるキャリバー9F。その数々の特徴をひとつも犠牲にすることなく、しかもグローバル時代にふさわしいGMT機構を搭載する。この課題に応えた新世代のグランドセイコーが、スポーツコレクションとヘリテージコレクションのふたつのコレクションから誕生した。

Grand Seiko SBGN001(左)

「GS」「9F」のパターンが型打ちされたダイヤルに、イエローのGMT針。ダイヤルの周囲に昼夜を分かつツートーンのリングを配した視認性の高いスポーティなデザイン。GMTの文字の下に輝くファイブ・ポインテッド・スターは特別調整した精度の証である。年差± 5秒。クオーツ、ステンレススチールケース、ケース径39.0mm、世界限定800本、マスターショップ限定モデル。370,000円+ 税

Grand Seiko SBGN007(右)

一見、スタンダードなデザインだが、バーインデックスの間のアラビア数字とゴールドのGMT針が、9F86搭載モデルであることを物語る。左のモデルと同様、キャリバー9F25周年を記念するモノグラムを濃緑のダイヤルに配し、厳選された水晶振動子が超高精度を実現する。年差± 5秒。クオーツ、ステンレススチールケース、ケース径40.0mm、世界限定1200本、330,000円+ 税