【グランドセイコー、腕に輝く9の物語。】Vol.8「マニュファクチュール」という、腕時計づくりの哲学。

  • 写真:溝口 健
  • 文:迫田哲也

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日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。長い年月をかけて生み出された“クオーツを超えるクオーツ”キャリバー9Fと“伝統と革新のメカニカル”キャリバー9S、ふたつのキャリバーを紐解きます。

日本が世界に誇る最高級の腕時計ブランド「グランドセイコー」。デザイナーと技術者が限界に挑戦し生み出されたキャリバー9Fとキャリバー9S、ふたつのキャリバーの秘密に迫ります。

セイコーはムーブメントの部品から一貫製造を行う、世界でも数少ない「マニュファクチュール」の腕時計メーカーとして知られています。グランドセイコーの精度を実現するために、工房では精密加工技術と卓越した職人技が融合し、最高峰のムーブメントがつくられているのです。

それは、200以上の部品で構成されている。

キャリバー9Sのパーツの一部。「ほぞ」と呼ばれる軸の先端部分の直径はわずか0.1㎜しかない。その部品の精度と強度が、腕時計のメカニズムを支えている。

「マニュファクチュール」という言葉を耳にする機会が増えた。腕時計をムーブメント部品から一貫製造するメーカーという意味だが、古くから分業の進んだスイスでは、ムーブメントを他社から調達して組み込むウオッチメーカーが多く、それと区別するためにそういう呼び名がある。

数少ないマニュファクチュールであるセイコーは、半世紀以上前から主要部品である動力ぜんまいやひげぜんまいなど、金属素材の開発までも手がけてきた。スイスと比べれば歴史の浅い日本で、世界最高レベルの腕時計を志せば、すべての部品を自分でつくる以外の選択肢はなかったのだ。

たとえば10振動のキャリバー9S85は221の部品から構成されている。そのうち精度を左右するふたつの重要パーツは半導体の微細加工技術を応用した最先端テクノロジーで成形されるが、残る部品の多くは、切削などの精密工作機械でつくられる。マシン加工の後、部品表面を1000分の5㎜ほど「剥く」工程があり、それらは専門の職人により行われる。

部品の組み立て工程も1㎜以下のサイズが多く、職人の手仕事でしか組み上げることはできない。精度を調整する工程も数々あり、なかでも、てんぷの「ひげぜんまい」の振れ取りは、人間の感覚に依存する最も重要で最も困難な作業である。

グランドセイコー専用のキャリバー9Sは、精密加工技術の精髄と高度な職人技のどちらが欠けても成立しない。「マニュファクチュール」とは単なる生産体制ではなく、技術と人間と歴史が織りなすひとつの生命体であるらしい。

キャリバー9Sを読み解く。

「雫石高級時計工房」へ。

工房はマイスターたちの静粛な空間。

岩手の県都、盛岡市近郊の雫石町に、高品位な機械式腕時計を一貫生産する専門工房が開設されたのは2004年、そう古い話ではありません。しかしその歴史は1892 年に設立された精工舎、そこから腕時計製造会社として1937年に分離独立した第二精工舎( 現セイコーインスツル) に遡ります。100年以上におよぶ日本の腕時計、その歴史がこの工房に集約されているのです。雫石高級時計工房はマニュファクチュールにふさわしく、時計づくりに必要な多岐にわたる分野の技術者、職人を擁し「マイスター制度」を導入しています。各分野の匠が腕を振るうと同時に後継者を自ら指名、育成にあたります。匠の心と先進技術の融合、そのDNAは世代を超えて受け継がれていきます。

「振れ取り」という職人技。

振れ取り作業。ピンセットは匠が自ら研く。

「てんわ」という小さな金属の輪に、髪の毛より細い「ひげぜんまい」を取り付けると「てんぷ」という部品になります。ひげぜんまいの伸縮によっててんぷは「振り子」と同じように左右に往復運動します。その往復運動が機械式腕時計の精度に大きく影響するのです。「振れ取り」とは「振りつけ」とも呼ばれ、ひげぜんまいを調整する作業のこと。てんぷを運動させながらその挙動を顕微鏡で一瞥します。歪みを一瞬で捉え、0.1㎜以下の隙間に鋭利に研いだピンセットを差し入れ、ひげぜんまいが静かな水面に美しく広がる波紋のように回転するまで調整します。ピンセットの先端でどこに触れるか。力加減はどうするか……。答えは匠の暗黙知の中にしかありません。

50年ぶりの女性用小型ムーブメント。

特別仕様のキャリバー9S25。

2018年春。雫石の時計工房から新しい機械式ムーブメント、キャリバー9S25が誕生。キャリバー9Sの中で最も小型で、レディス用の機械式ムーブメントとしては約50年ぶりに新開発されました。他の9Sより2割から3割小さいパーツで構成されていますが、8振動で静的精度は平均日差+8~‒3 秒、約50時間以上のパワーリザーブを実現しました。このムーブメントを搭載したグランドセイコーは数量限定モデルであったため、現在では入手が困難ですが、所有者が目にすることのない部分にまで意匠が施されています。その代表が脱進機を構成する「がんぎ車」という微細な部品で、小型化に伴う強度を補うため、5枚の花びらのような曲線の形状がデザインされています。

深く鮮やかなブルーに見惚れる。

今年のバーゼルワールドでキャリバー9Sの20周年記念限定モデルとして登場したのが、ジルコニアセラミックスで困難とされてきた“紺色”のモデル。そのレギュラーモデルが登場しました。10振動GMTのキャリバー9S86を搭載、スポーティなイメージはグランドセイコーの新しい方向性を予感させます。

Grand Seiko SBGJ233
待望のブルーセラミックスのレギュラーモデル。ダイヤルは、外胴構造の堅牢性やセラミックスの耐傷性を想起させる立体格子模様。ダイヤカットを施したアラビア数字のインデックスには、ルミブライトを搭載。暗闇での視認性を確保すると同時に、スポーティさを高めています。自動巻、セラミックス+ブライトチタンケース、ケース径46.4㎜、マスターショップ限定モデル。1,400,000 円+税
※価格は2018年10月現在のメーカー希望小売価格(税抜き)を表示しています。