「命をいただく」とは? ミシュラン星付きシェフが撮り下ろした注目の写真...

「命をいただく」とは? ミシュラン星付きシェフが撮り下ろした注目の写真展『TRANSVERSALITÉ 生命縦断』が開催。

「命をいただく」とは? ミシュラン星付きシェフが撮り下ろした注目の写真展『TRANSVERSALITÉ 生命縦断』が開催。

日本に来て初めて、人々が食事の前に「いただきます」と言うのを見て驚き、やがて、「ボナペティ」と「いただきます」の大き過ぎるニュアンスの違いに気づいたとき、リオネル・ベカシェフの食に対する新しい旅路が始まった。

リオネルシェフは、コルシカで生まれ、マルセイユで育った。父方の祖母はチュニジア人、母方の祖母はシチリア人だ。地中海の溢れる陽光の中で育ち、あらゆる五感は地中海の太陽に育まれた。2006年、『キュイジーヌ(s)ミッシェル・トロワグロ』のシェフとして来日し、2012年に「ESqUISSE」のエグゼクティブシェフに就任、もう13年に渡って日本に住み続けている。
少しずつ日本人の感覚が自分の中にも浸透したとはいえ、民族固有の文化や神域、暗黙の了解などについては今も密やかな距離を感じる。

その最たるものが、合掌して唱えられる「いただきます」という言葉だった。いったい彼らは、何に対して感謝し、礼を尽くしているのか。
「ボナペティ」は「bon(良い)」と「appetit(食欲)」からできた言葉で、「召し上がれ」という意味を持っている。だから、通常は振る舞う側からの言葉だ。食べる本人が口にすることはない。厳密に言えば、「いただきます」は日本にしか存在しない言葉であり、ひとつの概念でもある。

「命をいただく」とは? ミシュラン星付きシェフが撮り下ろした注目の写真展『TRANSVERSALITÉ 生命縦断』が開催。
「命をいただく」とは? ミシュラン星付きシェフが撮り下ろした注目の写真展『TRANSVERSALITÉ 生命縦断』が開催。

「いただきます」の直接的な相手は、その食事に関わってくれた人たちへの感謝だ。調理した人、配膳した人、野菜を作った人、魚を獲った人…。
しかし、その本質はもう1つ先にある。食材そのもの、その命に対しての感謝だ。
肉や魚はもちろんのこと、野菜たちにも命がある。私たちは生き物の命を、自分の体内に取り込むことで生き永らえていく。

「2度殺すな」と、リオネルシェフは厨房でスタッフに何度も伝えると言う。食材は素晴らしい料理になることで、2度目の生を生きると信じるからだ。素晴らしいひと皿になって2度目の生が輝けば、奪われた命も報われるだろう。
「レストランの料理はテーブルで輝きます。特にフレンチの世界では、時には真実を隠してしまったり、過度に華やかに演出しているかもしれない。でも、厨房で行われていることは、生き物の命を奪うという残虐な行為です」。

華やかなフレンチの世界の光と闇。東京・銀座のレストラン「ESqUISSE」のリオネルシェフによる写真展「TRANSVERSALITÉ 生命縦断」は、シェフとして日々調理していく中で「命をいただく」という側面に着目した厨房からのメッセージだ。

「命をいただく」とは? ミシュラン星付きシェフが撮り下ろした注目の写真展『TRANSVERSALITÉ 生命縦断』が開催。
「命をいただく」とは? ミシュラン星付きシェフが撮り下ろした注目の写真展『TRANSVERSALITÉ 生命縦断』が開催。

土から抜かれて皮を剥かれた野菜、首をはねられた鳥や、頭を切られた魚たち…。彼の写真は、鳥や豚などの動物ばかりでなく、土から抜かれたニンジンやニンニクまでが、ついさっきまで迸る命と共にあったことをリアルに伝える。

「テーブルやお膳で自分の前に置かれる箸は、自然界と人間界の境界を示すものです。私たちは箸を手に取って、自然界と繋がる。そして、大切な命をいただくんです」。
ウズラの卵など食材を撮った写真では、命を宿すものの神々しい美しさを伝える。
食材ばかりではない、厨房で無心に働くスタッフたち、奪う側の厨房も満身創痍で働いているという事実も活写される。若い女性シェフの火傷や切り傷、真摯な視線。

今回の写真展をキュレートした「ESPACE KUU空」は、仏教系の大正大学キャンパス内にある開かれたギャラリーだ。開設以来「命とは何か?今どうして私たちはここにいるのか?」をテーマに展示を続けて来た。
仏教では精進料理が示す通り、殺生は最も重い戒めだ。しかし、道元による禅宗では「典座教訓(てんぞきょうくん)」という教えがあり、生き物の命をいただく料理こそ、修行そのものであると捉えられている。

遠い異国からやってきたシェフが「いただきます」という言葉によって辿り着いた思いは、宗教や国境、東西の枠を超えて典座教訓の教えを実践しているのかもしれない。
食材とは命そのものであり、肉も魚も野菜も、それぞれが命の塊であると意識したとき、初めてフードロスの本質が見えてくる。

絶対にフードロスが許されないのは、やがて訪れる食料危機への危惧ではない。すべての食べものが命そのものだからだ。

注目の写真展は、2019年12月22日まで開催中。

「命をいただく」とは? ミシュラン星付きシェフが撮り下ろした注目の写真展『TRANSVERSALITÉ 生命縦断』が開催。

リオネル・ベカシェフ。

「命をいただく」とは? ミシュラン星付きシェフが撮り下ろした注目の写真展『TRANSVERSALITÉ 生命縦断』が開催。

『TRANSVERSALITÉ 生命縦断』

開催期間:2019年09月13日~2019年12月22日
開催場所:ESPACE KUU 空
東京都豊島区西巣鴨3-20-1大正大学5号館1階
開場時間:10時~19時
入場無料