Pen本誌では毎号、作家・小川哲がエッセイ『はみだす大人の処世術』を寄稿。ここでは同連載で過去に掲載したものを公開したい。
“人の世は住みにくい”のはいつの時代も変わらない。日常の煩わしい場面で小川が実践している、一風変わった処世術を披露する。第41回のキーワードは「MBTI」と「肩書」。

ちょっと前に「MBTI診断」が流行した(ひょっとしたら、いまもまだ流行っているのかもしれない)。世間で流行しているMBTI診断が正式なものではない、という点には気をつけなければならないが、INTPだのENFJだの、自分の性格をアルファベット4文字で表現する人は数多い。
僕が子どもの頃は血液型占いが流行し、大学生の時には動物占いが流行した。MBTI診断がそれとまったく同じかどうかは別にして、人々は自分の性格をなにかにたとえるのが好きらしい。
前提として、僕はそういったものが嫌いだ。それは僕自身が、科学的な裏付けのない「占い」や「診断」が嫌いだからでもある。こういったものからは、可能な限り距離を置くようにしてきた。
自分が「可能な限り距離を置くようにしてきた」対象がある場合、その対象が好きかどうかとは別に、「どうして距離を置くことができたのか」という点について考える必要があると思う。たとえば僕は古典の授業が嫌いだったが距離を置くことはできなかったし、マラソンが嫌いだったが距離を置くことはできなかった。なぜなら古典もマラソンも、学校で強制させられていたからだ。僕は不機嫌な態度を取ることで周囲の人間を動かそうとする人物が嫌いだが、未だに完全に距離を置くことができていない。そういった人物と関わらないと生きていけないという事情があるからだ。
僕がMBTI診断と距離を置くことができているのは、僕が自分をアルファベット4文字で表現する必要がないからだ。初対面の人と話をする時、僕は自分が小説家であることを名乗るだけでいい。必要であれば、自分がどういう作品を発表してきたかを説明したり、現在どういう仕事をしているかを話したりすることで、僕という人間をある程度理解してもらえる。もっと言うと、僕の作品を読んでいたり、僕の活動について知っていたりする人と会うことのほうが多いので、そもそも自分から説明する必要すらなかったりする。
社会に出て働くことは、「肩書」を手に入れることでもある。自分がどの会社に務めているか。どんな仕事をしてきて、現在どんな仕事をしているか。社会人同士の初対面では、おもにそういった会話がなされる。仕事について話すことは、その人間の生活水準で、どんなことに興味と関心があり、どんな努力をしているかについて話すことと等しい。わざわざ長くて退屈な自己紹介をしなくても、勤めている会社や関わった仕事の話をするだけで相手にある程度のことを理解してもらえる。
つまり、肩書を手に入れることは、「自慢」から解放されることでもある。肩書という客観的な事実が、その人間の能力を表してくれるからだ。僕たちは自慢をしたくない。長くて退屈な自己紹介をしたくない。だからこそ、人々は肩書を欲しがるし、小説家は芥川賞や直木賞を欲しがる。
若いということは、肩書が少ないということでもある。まだ就職していない学生は、自分のことを端的に示す語彙を持っていないし、自分の実力を示す客観的な業績も乏しい。だからこそ、自分という人間を相手にある程度示すことのできるアルファベット4文字に頼らざるを得なくなるのではないだろうか。
もしあなたがMBTI診断と距離を置いて生きてきたのなら、その幸運に感謝すべきかもしれない。そういった語彙に頼らなくても自分を説明することのできる肩書を持っていることは、とても恵まれた状況なのだと思う。
小川 哲
1986年、千葉県生まれ。2015年に『ユートロニカのこちら側』(早川書房)でデビュー。『ゲームの王国』(早川書房)で18年に日本SF大賞と山本周五郎賞受賞。23年に『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞受賞。4月17日に本連載を再編集した『斜め45度の処世術』を刊行予定。