北欧の名作椅子は、なぜこれほどまでに世界中で使われ続けているのか。
その理由は、見た目の美しさだけではなく、日々の暮らしに寄り添う実用性にある。とりわけダイニングチェアは、食事や会話など毎日の時間を支える家具。だからこそ、長く使えて、座り心地がよく、空間にも馴染む一脚を選びたい。本記事では連載「名作椅子に恋して」から、北欧を代表するダイニングチェアを厳選。Yチェアやセブンチェアなど、いま改めて選びたい“一生モノ”の5脚を紹介する。
1.ダイニングで長時間くつろげる名作|Yチェア(ハンス・J・ウェグナー)
北欧家具の中でも、最も広く愛されてきた椅子のひとつがYチェア。中国・明代の椅子に着想を得て1950年に誕生し、機械加工と手仕事を巧みに組み合わせることで、高い品質と量産性を両立した。背もたれとアームが一体となった馬蹄形のフレームは、体格に左右されず背中に自然とフィットする構造。ペーパーコードの座面は適度なしなりがあり、長時間座っても疲れにくい。軽やかな見た目ながら、ダイニングに置けば寛ぎの質を高める存在となる。日本の住空間にも馴染みやすく、使い込むほどに風合いが増していく点も含め、一生使うにふさわしい完成度を備えた椅子だ。
ハンス J. ウェグナー
1914年、当時はドイツに属していた南デンマークのトゥナーに生まれる。アルネ・ヤコブセンの建築事務所で働いたのちにデザインスタジオを設立。母校であるコペンハーゲン美術工芸学校で教鞭を執り、椅子のデザインを続ける。「チャイニーズ・チェア」やジョン・F・ケネディが座った「ザ・チェア」など、生涯で500脚以上もの椅子をデザインした〝椅子の巨匠〟として知られる。2007年没。
2.家族で毎日使える丈夫な椅子|J39(ボーエ・モーエンセン)
J39は「ピープルズチェア」とも呼ばれる、デンマークを代表するダイニングチェアである。高品質でありながら手の届く価格で、誰もが日常的に使える椅子を目指して設計された。装飾を排したシンプルな構造と、ペーパーコードの座面による快適な座り心地が特徴。工業生産による効率性と手仕事の温もりがバランスよく融合している。特定のスタイルに依存しない佇まいは、家庭から公共空間まで幅広くなじむ。70年以上使われ続けている事実こそが、この椅子の完成度の高さを物語っている。
ボーエ・モーエンセン
1914年、デンマーク・オールボー生まれ。家具職人としてキャリアをスタートした後、ロイヤルデニッシュアカデミーでデニッシュモダンの父と称されるコーア・クリントに学ぶ。「シンプルかつ実用的な家具を、リーズナブルな価格で提供すること」を信条に、大衆のための家具を数多くデザインした。
3.来客時やサブチェアにも便利な一脚|スツール60(アルヴァ・アアルト)
1933年にデザインされたスツール60は、北欧デザインの原点ともいえる存在である。最大の特徴は、角材を曲げてつくられたL字型の脚「L-レッグ」にある。この構造により高い強度と量産性を実現し、分解してコンパクトに運搬できるなど、製造や流通の合理性にも貢献した。スツールでありながら、サイドテーブルや補助椅子としても使える汎用性を持つ点が魅力。シンプルで飽きのこないデザインはどんな空間にも調和し、暮らしの変化に応じて役割を変えながら長く使い続けられる。
アルヴァ・アアルト
1898年、フィンランド・クオルタネ生まれ。建築と家具でフィンランドのモダンデザインを推し進めた建築家。1935年には妻アイノ(1894-1949)らとともに照明や家具をデザインするブランド「アルテック」を設立。自国の木材を使用し、環境との共生や地域文化の尊重、地場産業の育成など今日的なテーマをいち早く実践した。76年没。
4.コンパクトで日本の住まいに合う椅子|ドムスチェア(イルマリ・タピオヴァーラ)
ドムスチェアは、学生寮のために設計された実用性重視の椅子。積層合板を三次元的に成形した座面と背もたれは、身体のラインに沿ってフィットし、長時間でも快適な座り心地を実現している。小さなアームレストは、肘を支えるだけでなく、テーブルへの出し入れをスムーズにする役割も担う。こうした細部の工夫が、量産家具でありながら温かみのある印象を生み出している。素朴で親しみやすい佇まいは、日本の住宅にも馴染みやすい。機能と美しさを無理なく両立した、日常に寄り添う名作だ。
北欧の名作椅子に共通するのは、華美な装飾ではなく、日常の使いやすさを突き詰めた設計。座り心地、耐久性、空間への馴染みやすさ。そのすべてが高い水準で整っているからこそ、長く使われ続けている。ダイニングという毎日過ごす空間にこそ、こうした椅子を選びたい。それは単なる家具選びではなく、暮らしの質を底上げする選択だ。
イルマリ・タピオヴァーラ
1914年、フィンランド・ハメンリーナ生まれ。国立中央応用美術学校を卒業後、ル・コルビュジェやアルヴァ・アアルト、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエという、20世紀を代表するダニズムの巨匠のもとで経験を積む。ミラノ・トリエンナーレで幾度も金賞を受賞。