【肥後克広が語るドリカム】誤認事件も日常茶飯事! マネる存在がマネられる存在になった、ドリカムの歴史に名を刻むモノマネ芸

  • 文:松本雅延
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喜びや挫折からなにげない日常の風景まで、人生に寄り添ってくれるドリカムの音楽。メンバーから「ベイビーズ」の愛称で呼ばれるドリカムファンたちに、“マイベスト”を選んでもらい、自身とドリカムにまつわるエピソードを訊いた。今回はダチョウ倶楽部のリーダー肥後克広が、中村正人のモノマネを始めたきっかけを語る。

J-POP、この言葉が世に生まれたばかりで本来の意味を持っていた頃、平成という新しい時代の幕開けを象徴する存在として迎えられたのが、DREAMS COME TRUEだ。J-POP が“日本発”という新たな地平に立ついまだからこそ、ドリカムが鳴らす鐘に耳を澄ませ、その“引力”を存分に語り合おう。 

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「中村さんに似てるね!」のひと言から、探り探り始めたモノマネ

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肥後克広●お笑い芸人。1963年、沖縄県生まれ。ダチョウ倶楽部のリーダー。5月25日にはライブ『ダチョウ倶楽部40周年感謝祭 みんな仲良く くるりんパーティー!〜来るなよ、来るなよ、絶対来てヨォぉぉ〜』を開催。

ダチョウ倶楽部のリーダー、肥後克広がドリカムを意識したのは、「決戦は金曜日」が大ヒットした頃。周囲から「中村さんに似てるね!」と言われ始めたのがきっかけだという。

「あまりにも言われるので、ある日舞台で『ドリカムのベースです』ってやったらすごくウケて(笑)。そこからドリさんの曲を本格的に聴き込み、また音楽番組に彼らが出ていると、マサさんは曲に合わせてどう身体をゆらすのか、とか、細かいところまで研究しました」

そのモノマネは、次第に本人公認の域へ。ドリカムのライブに肥後がサプライズで登場したり、DVDジャケットに映る“中村風の人物”が実は肥後だった、という演出に参加したりと、ドリカムの歴史に名が刻まれる存在となった。肥後自身は「そんなに似ているかな?」とも話すが、誤認事件も日常茶飯事。中村の旧友や業界人にも間違われたことがあるそうだ。

「あるとき、テレビ局の大御所プロデューサーの方にすごくていねいに挨拶されたことがあって。さすがに僕も途中で気付くんですよ。『なるほど、またか。この人、僕をマサさんと間違えているな』って。上島と寺門が『リーダー、すごい人に挨拶されていたね』って驚いていたから、そのままやり過ごしましたけど(笑)」

ちなみに中村は、肥後に会うとダチョウ倶楽部お決まりの「ヤー!」で迎えてくれるという。マネをされていた中村が、マネをしていた肥後をマネるようになったというわけだ。

「ただ、最近は僕らもそんなに『ヤー!』をやらなくなったので、回数で言ったらマサさんのほうがやっているかもしれません。だいぶ板についてきたと思いますよ(笑)」

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肥後克弘が選ぶ、My Favorite 3 Songs

「決戦は金曜日」

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中村を研究するために聴き込んだ一曲。「曲に合わせてマサさんの動きをマネするうちに、すっかりファンになっちゃいました(笑)」と肥後。

「その先へ」

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「中村さんに『ヒーゴーのモノマネは腰をふりすぎ』と言われますが、この曲のMVを見てみたら、中村さんもむちゃくちゃ腰を振ってるから!」

「朝がまた来る」

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「この曲も、落ち込んだときに前向きにさせてくれる僕の応援歌的な存在。ドリさんの音楽は、僕らおじさん世代にもしっかり刺さるんです」

 

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