【必見のダンス作品】西ヨーロッパの新鋭、マルコ・ダ・シルヴァ・フェレイラのヒット作が日本再上陸

  • 文:富田大介(明治学院大学文学部芸術学科教授)
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昨秋、京都と高知で公演され、日本の観客を震撼させたマルコ・ダ・シルヴァ・フェレイラのヒット作がこの10月に横浜で再演。ダ・シルヴァ・フェレイラは、この作品でサドラーズ・ウェルズ劇場によるThe Rose International Dance Prize 2025にノミネートされた。本作は2022年10月の初演以来、上演回数はすでに100回を超えている。いま見るべき気鋭の振付家の話題作を、ダンス研究者の富田大介が解説する。

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タイトルの『CARCAÇA(カルカサ)』は、ポルトガル語で「残骸」、すなわち生き物の遺骸や文化の形骸を意味する。2022年初演。 photo: ©Marco da Silva Ferreira 

昨秋、欧州の著名な振付家が日本に集った「ダンス リフレクションズ」フェスティバルで、ポルトガル出身のマルコ・ダ・シルヴァ・フェレイラの『CARCAÇA(カルカサ)』は最後を飾った。トリを務めたその逸品が早くも横浜で再演される。ダ・シルヴァ・フェレイラの作品は欧州でいま、各地を廻り、観客の体を痺れさせ、またその心を震わせている。本作のタイトル「カルカサ」の意味は「残骸」──生き物の遺骸や文化の形骸──、そのメタファーの中でダンサーたちが、文字通り渾身の力で踊り続ける。

ダ・シルヴァ・フェレイラは、かつてオリンピックを目指すような、ハイパフォーマンススポーツ(水泳)の選手だった。彼はその傍ら、趣味でダンスを始める。10代後半のことだ。独学でポッピングやジャズ、ハウスなどアフリカ系アメリカ人のダンスを、そしてポルトガルへの移民が多いアンゴラ(=旧植民地)の音楽であるクドゥーロの踊りを身につけていった。彼がコンテンポラリーダンスへと関心を寄せたのは20歳を過ぎてから。表現において自由度の高いところに魅力を感じたという。

頭抜けた身体能力でダンスの語彙を増やした彼は、TVショーコンテストなどでも賞を獲得。プロのダンサーとして、世界的に著名な振付家とも仕事をするようになる。2012年には、ホフェッシュ・シェクターの作品でも踊り、同年、自身初のソロ振付作品『Nevoeiro 21』を発表。6作目の『Hu(r)mano』で、集団における人間性と友愛(博愛)の探究を深め、評価を固める。その後は、ポルトガルの劇場やフランスの振付センターなどでアソシエイトアーティストとなる。

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Marco da Silva Ferreira(マルコ・ダ・シルヴァ・フェレイラ)●1986年、ポルトガルのサンタ・マリア・ダ・フェイラで生まれる。アメリカのアフロ文化や、ポルトガルへの移民の多いアンゴラのクドゥーロに親しみ、独学でそれらのダンスを身につける。最新作『F*cking Future』を今年9月にフランスのリヨンダンスビエンナーレで発表(世界初演)。 photo: ©Marco da Silva Ferreira

今ではその言葉の使用に注意が必要だが、当時、出演者たちは彼とコンテクストの近い「Urban dance」の人たちで、そのストリートの現代的な感覚を持ち合わせた表現がヨーロッパの劇場舞踊界に新風を吹き入れたようだ。今回の『CARCAÇA』も、これまで彼と一緒に仕事をしてきた気心知れるメンバーたちだという。

本作の下地はすでにできていたものの、このメンバーで作品へと集中的に仕上げていったのは約5カ月の間で、その間にミュージシャンもダンサーたちの動きを見ながら曲をアレンジしていったらしい。このクリエイションにおいては、「カルカサ」=「残骸」という、古き生命体の骨が、文化や記憶の骨組みの隠喩として働き、作品を思想的に支えるキーワードになったようである。

このメタファーの中で、ダ・シルヴァ・フェレイラを含む10人のダンサーがいろいろなスタイルのステップや動きを舞台にのせ、ライブ演奏と切り結ぶ。「ステップ」といま書いたが、この作品で足の運びは要となる。序盤から中盤はその足技やフォーメーションを特徴とし、ダンサーたちの体が温まり、体熱が情熱へと化けるところで、ターニングポイントを迎える。

社会の底辺、労働の女、声、歌、そして革命で終わってはならないという闘い続ける意志。本作の出演者は、それがナイーブな表現と揶揄できないほど愚直な振る舞いで、私たちに叫びをぶつけてくる。終わりなきその足踏み、前進の運動は、私たちの筋肉感覚を奮させ、発熱させる。この作品を見終わった後の疲労感は半端ではない、けれど最後まで彼らと舞台を共有したという充実感も強い。

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この作品では、ポルトガルの独裁体制を終わらせたカーネーション革命の年に書かれていた歌(「Cantiga Sem Maneiras」)が、振付家のいわばマニフェストとして用いられている。また、植民地化を通じて今日のラテンアメリカにも見られる、イベリア半島の民俗舞踊と関わる曲(古きD・スカルラッティの「Fandango」)がリミックスされている。 photo: ©Marco da Silva Ferreira

世界が荒廃する今日、本作は立ち会うべき作品のひとつだが、そのメッセージは本来、劇場に来ることのできない人に届けるべきものでもあるだろう。振付家はそのことを自覚していると思われる──ここに来られる人たちからでもと。彼のその意志は、自ら舞台に立ち、運動の主体であろうとすることからも窺える。振付家でありながらダンサーたちとともに満身の力でもって、見る者の筋肉感覚を興奮させ、事を訴える舞台。これにあなたも居合わせてほしい。

最後に、本作から想起された哲学者の言葉を。「近代のもっとも重要な事件は、デモクラシーの到来であった。〔…進むべき道〕それは進行そのものによって、つまりデモクラシーを少しずつ着想し実現していった人々の前進運動によって創られたのである」(アンリ・ベルクソン『思考と動き』より)。

 

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富田大介
明治学院大学 文学部芸術学科 教授

専門は美学、舞踊論。編著に『身体感覚の旅』(大阪大学出版会)、共著に『残らなかったものを想起する──「あの日」の災害アーカイブ論』(堀之内出版)などがある。芸術選奨推薦委員や文化庁芸術祭審査委員など、ダンスを中心に舞台芸術の審査委員も務める。

 

『CARCAÇA -カルカサ-』

公演日時:10月24日(金)19時 開演、10月25日(土)14時 開演
会場:神奈川芸術劇場
TEL:0570-015-415
www.kaat.jp

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