初めてそのタイムピースを見たら戸惑いを感じるかもしれない。なにしろ文字盤も針もなく、ムーブメントそのものが回転するのだから。まさに「フリーク=異端」というモデル名がふさわしく、異端であるがゆえ、人を惹きつける。最新作ではエナメルという伝統装飾技法を融合した。それは、ユリス・ナルダンの革新性を解く鍵となるだろう。
前衛的なデザインをエナメルで彩る

「フリーク」の魅力はその独創的な技術を抜きにしては語れない。誕生したのは2001年、シリコンを採用した初の腕時計として21世紀の幕開けにふさわしいデビューを飾った。それまで時計のムーブメントパーツにはおもに真鍮が使われていたが、ユリス・ナルダンは高い精度やメンテナンスフリーをもたらす先進素材のシリコンに注目。現在では多くの時計ブランドがムーブメントのパーツに採用しているが、そのパイオニアになったのだ。
時計の技術史におけるエポックメイキングな新素材に対し、それにふさわしい機構とはなにか。そこで参考としたのが「カルーセル」だ。
これは19世紀末に発明され、ムーブメント自体が回転することで重力による精度への影響を抑える。その動きからフランス語で「回転木馬」を意味する「カルーセル」と名付けられた。同様の機構には脱進機のみが回転するトゥールビヨンがあるが、それとは異なり、回転周期も1時間に1回転する。

さらに2枚のガンギ車によって、輪列からのエネルギー伝達をより効率化するデュアルダイレクト脱進機を開発した。だがそれでもムーブメントを回転させるには従来の2倍のエネルギーを要し、軽量かつ耐久性に優れたシリコン素材は必然だったのだ。
こうしてムーブメントの回転で分を刻み、回転リングで時を差す独自のデザインが誕生したのである。初代モデルではリューズも省き、回転式ベゼルで機能を代用した。既成概念を覆す、まさに「フリーク」だ。
新作では、現代のデイリーユースに応える「フリーク X」をベースに、文字盤には、ギョーシェ彫りとエナメルを組み合わせたフランケ装飾を施す。放射状に刻まれた美しいエナメル文字盤がボックス風防とも絶妙に調和する。伝統的な装飾技法と先進素材による、前衛的なデザインのマリアージュである。

---fadeinPager---
マニュファクチュールを支える、ふたつの中枢
エナメル文字盤の採用は、「フリーク」コレクションのレギュラーモデルでは今回初になる。製作を担うのは1972年に創業し、世界最高峰のエナメル工房と讃えられるドンツェ・カドラン社。マリンクロノメーターで名を馳せたユリス・ナルダンでは古くからエナメル文字盤を扱い、同社とも関わりは深いことから、2012年に傘下にしたのである。

スイスのル・ロックルにある工房では、グラン・フー、クロワゾネ、シャンルベといった17世紀から変わらない伝統的なエナメル技法を文字盤に施す。製作過程の約8割は手作業で行われ、生まれる色や独特の艶は唯一無二のものになる。時を経てもその美しさは褪せることなく、時を刻み続ける腕時計にふさわしいと言えるだろう。
新作で用いられた技法はフランケと呼ばれ、文字盤に放射状のパターンをスタンピングした上に、エナメルを塗り、焼成する。そして表面をなめらかに研磨し、仕上げる。
あえて浅めのスタンピングにすることで、文字盤上に展開するムーブメントのダイナミックな動きを視覚的にも妨げない。エナメルも半透明を使用し、地の模様を浮かび上がらせ、独特の艶を与えるのだ。


そして、半導体製造に不可欠なウェーハに用いられるシリコンは、時計技術にも大きな変革をもたらした。その先鞭をつけたのが「フリーク」であり、むしろシリコンなしではその実現は不可能だったといえるだろう。
シリコン素材には数多くのメリットがある。まず高精度の設計製造が可能であること。そして軽量かつ、摩擦が少なくしゅう動部(パーツが擦れ合う部分)でも注油が必要ない。さらに耐腐食性や温度安定性にも優れ、非磁性であることから耐磁性の面でも注目されている。


ユリス・ナルダンは早くからこの素材の可能性に着目し、2006年にスイス・シオンに独自のシリコン研究所シガテックを合弁会社として立ち上げた。ここでは素材の研究開発から時計のシリコン部品を自社製造している。
自社開発製造のアドバンテージを生かし、試行錯誤を重ね、さまざまな技術とノウハウを取得する。この実績に基づく信頼性とともに、より高い完成度を追求し、シリコンに合成ダイヤモンドをコーティングし、さらなる高硬度を実現した特許取得の「Diamonsil」など技術革新は止まらない。シリコンテクノロジーがスタンダードになりつつある時計業界でもトップを走り続けている。


---fadeinPager---
"手首の上の研究所"として、革新を続ける
2001年の誕生以降、「フリーク」は技術革新を繰り返し、進化を遂げている。それは、時計界の常識を覆し、異端であり続ける軌跡でもある。
初代「フリーク」は、当時のCEOロルフ・シュナイダーと天才時計師ルートヴィヒ・エクスリン博士の指揮によって誕生した。文字盤や針はなく、リューズもない。手巻き式のため、ゼンマイを巻くには裏蓋のベゼルを巻き、時刻合わせも前面のベゼルで行う。こうした大胆な発想を盛り込んだ“手首の上の研究所”と位置づけ、フリークと名付けられた。

2008年に登場した「フリーク ブルーファントム」は、前年発表したDiamonsil製ガンギ車に、時計の脱進機では初のシリコン製ヒゲゼンマイを採用。シリコンの持つポテンシャルをさらにひき出した。
2018年に登場した「フリーク ビジョン」では自動巻きを初採用した。巻き上げ効率に優れたリング状ローターを備えるグラインダーと名付けられた自動巻き機構を開発し、マイクロブレード付きの大型テン輪とコンスタントパワーエスケープメントを搭載。3つの特許を取得した。


紹介した以外にも、カルーセルにトゥールビヨンを組み合わせた「フリーク ディアボロ」、左右にテン輪を配置し、デファレンシャルギアで精度を平均化する「フリークS」、初代への原点回帰に歴代のスタイルを取り入れた「フリークONE」といった系譜を重ねた。唯一無二の存在として越えるべきは常に自身であり、デザインとエンジニアリングに磨きをかける。新作ではエナメルというメティエダールと融合し、その集大成といえるだろう。
「フリーク」は来年で誕生25周年を迎える。大胆な革新性はさらに磨きをかけ、次世代への時を刻むのである。

ソーウインド ジャパン
TEL:03-5211-1791
www.ulysse-nardin.com/ja-jp