“文字盤も針もなくす”革命から約四半世紀。ユリス・ナルダンが最上級の手仕事と技術を注ぎ込む、「フリーク X」の最新作はいかにして生まれたか?

  • 写真:宇田川 淳
  • 文:柴田 充
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「フリーク」コレクションの最新作として6月4日に発表された「フリーク X ゴールド エナメル」。

初めてそのタイムピースを見たら戸惑いを感じるかもしれない。なにしろ文字盤も針もなく、ムーブメントそのものが回転するのだから。まさに「フリーク=異端」というモデル名がふさわしく、異端であるがゆえ、人を惹きつける。最新作ではエナメルという伝統装飾技法を融合した。それは、ユリス・ナルダンの革新性を解く鍵となるだろう。

前衛的なデザインをエナメルで彩る

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フリーク X ゴールド エナメル /華やかなローズゴールドケースに、レギュラーモデルでは初のエナメル文字盤を組み合わせる。ムーブメントもケースと同色に統一され、独創的な機構を優美にアピールする。自動巻き、18KRG&チタンケース、ケース径43㎜、パワーリザーブ約72時間、シースルーバック、アリゲーターストラップ、50m防水。¥7,667,000

「フリーク」の魅力はその独創的な技術を抜きにしては語れない。誕生したのは2001年、シリコンを採用した初の腕時計として21世紀の幕開けにふさわしいデビューを飾った。それまで時計のムーブメントパーツにはおもに真鍮が使われていたが、ユリス・ナルダンは高い精度やメンテナンスフリーをもたらす先進素材のシリコンに注目。現在では多くの時計ブランドがムーブメントのパーツに採用しているが、そのパイオニアになったのだ。

時計の技術史におけるエポックメイキングな新素材に対し、それにふさわしい機構とはなにか。そこで参考としたのが「カルーセル」だ。

これは19世紀末に発明され、ムーブメント自体が回転することで重力による精度への影響を抑える。その動きからフランス語で「回転木馬」を意味する「カルーセル」と名付けられた。同様の機構には脱進機のみが回転するトゥールビヨンがあるが、それとは異なり、回転周期も1時間に1回転する。

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古典的機構のカルーセルを新たに解釈し、フライング式で現代に蘇らせた。ムーブメントが回転し、白い先端のふたつのマーカーで時分を差す。フランケ装飾の文字盤は、美しいブルーの光沢とともに放射状のパターンが際立つ。

さらに2枚のガンギ車によって、輪列からのエネルギー伝達をより効率化するデュアルダイレクト脱進機を開発した。だがそれでもムーブメントを回転させるには従来の2倍のエネルギーを要し、軽量かつ耐久性に優れたシリコン素材は必然だったのだ。

こうしてムーブメントの回転で分を刻み、回転リングで時を差す独自のデザインが誕生したのである。初代モデルではリューズも省き、回転式ベゼルで機能を代用した。既成概念を覆す、まさに「フリーク」だ。

新作では、現代のデイリーユースに応える「フリーク X」をベースに、文字盤には、ギョーシェ彫りとエナメルを組み合わせたフランケ装飾を施す。放射状に刻まれた美しいエナメル文字盤がボックス風防とも絶妙に調和する。伝統的な装飾技法と先進素材による、前衛的なデザインのマリアージュである。

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ムーブメントは自社開発の「Cal.UN-230」を搭載する。グラインダー機構ではなく、巻き上げ効率の高いマジックレバー式を採用し、シンプルかつ信頼性も高い。リューズを備えることで日常使用にも応える。

 

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マニュファクチュールを支える、ふたつの中枢

エナメル文字盤の採用は、「フリーク」コレクションのレギュラーモデルでは今回初になる。製作を担うのは1972年に創業し、世界最高峰のエナメル工房と讃えられるドンツェ・カドラン社。マリンクロノメーターで名を馳せたユリス・ナルダンでは古くからエナメル文字盤を扱い、同社とも関わりは深いことから、2012年に傘下にしたのである。

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左:ドンツェ・カドラン社外観。マスターエナメラーと謳われたフランシス・ドンツェによって創設された。時計文字盤のエナメル装飾に特化し、名だたるスイス時計ブランドが採用する。 右:壁面には数多くの色の原料が並ぶ。

スイスのル・ロックルにある工房では、グラン・フー、クロワゾネ、シャンルベといった17世紀から変わらない伝統的なエナメル技法を文字盤に施す。製作過程の約8割は手作業で行われ、生まれる色や独特の艶は唯一無二のものになる。時を経てもその美しさは褪せることなく、時を刻み続ける腕時計にふさわしいと言えるだろう。

新作で用いられた技法はフランケと呼ばれ、文字盤に放射状のパターンをスタンピングした上に、エナメルを塗り、焼成する。そして表面をなめらかに研磨し、仕上げる。

あえて浅めのスタンピングにすることで、文字盤上に展開するムーブメントのダイナミックな動きを視覚的にも妨げない。エナメルも半透明を使用し、地の模様を浮かび上がらせ、独特の艶を与えるのだ。

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左:フランケ装飾は、まず文字盤に手彫りのエングレービングかスタンピングでパターンを刻み、その上にエナメルを塗る。 右:焼成した後、ポリッシングなどで仕上げる。ユリス・ナルダンでも1980年代に多く用いられた。

そして、半導体製造に不可欠なウェーハに用いられるシリコンは、時計技術にも大きな変革をもたらした。その先鞭をつけたのが「フリーク」であり、むしろシリコンなしではその実現は不可能だったといえるだろう。

シリコン素材には数多くのメリットがある。まず高精度の設計製造が可能であること。そして軽量かつ、摩擦が少なくしゅう動部(パーツが擦れ合う部分)でも注油が必要ない。さらに耐腐食性や温度安定性にも優れ、非磁性であることから耐磁性の面でも注目されている。

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左:シリコン研究所・シガテック社外観。アクロテックグループとの合弁会社として2006年に設立した。同社では「DRIE(Deep Reactive Ion Etching)」と呼ばれる、写真と3Dエッチングを組み合わせた独自技術を持ち、時計のシリコンパーツ製造をリードする。右:シリコンインゴットとシリコンのウェーハ。

ユリス・ナルダンは早くからこの素材の可能性に着目し、2006年にスイス・シオンに独自のシリコン研究所シガテックを合弁会社として立ち上げた。ここでは素材の研究開発から時計のシリコン部品を自社製造している。

自社開発製造のアドバンテージを生かし、試行錯誤を重ね、さまざまな技術とノウハウを取得する。この実績に基づく信頼性とともに、より高い完成度を追求し、シリコンに合成ダイヤモンドをコーティングし、さらなる高硬度を実現した特許取得の「Diamonsil」など技術革新は止まらない。シリコンテクノロジーがスタンダードになりつつある時計業界でもトップを走り続けている。

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左:製造プロセスは、シリコン結晶インゴットから切り出した0.3㎜弱厚のウェーハをDRIE技術で加工する。さらにプラズマ装置で厚みを加え、エッチングした後、加熱する。ここで色付けやDiamonsilの加工を施す。 右:シリコンパーツの完成品。

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"手首の上の研究所"として、革新を続ける

2001年の誕生以降、「フリーク」は技術革新を繰り返し、進化を遂げている。それは、時計界の常識を覆し、異端であり続ける軌跡でもある。

初代「フリーク」は、当時のCEOロルフ・シュナイダーと天才時計師ルートヴィヒ・エクスリン博士の指揮によって誕生した。文字盤や針はなく、リューズもない。手巻き式のため、ゼンマイを巻くには裏蓋のベゼルを巻き、時刻合わせも前面のベゼルで行う。こうした大胆な発想を盛り込んだ“手首の上の研究所”と位置づけ、フリークと名付けられた。

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初代「フリーク」。1983年にユリス・ナルダンを買収したロルフ・シュナイダーは、ルートヴィヒ・エクスリン博士の協力を得て、天文三部作を発表した。伝統技術の復権に続く次なるチャレンジが「フリーク」だったのだ。

2008年に登場した「フリーク ブルーファントム」は、前年発表したDiamonsil製ガンギ車に、時計の脱進機では初のシリコン製ヒゲゼンマイを採用。シリコンの持つポテンシャルをさらにひき出した。

2018年に登場した「フリーク ビジョン」では自動巻きを初採用した。巻き上げ効率に優れたリング状ローターを備えるグラインダーと名付けられた自動巻き機構を開発し、マイクロブレード付きの大型テン輪とコンスタントパワーエスケープメントを搭載。3つの特許を取得した。

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左:「フリーク ブルーファントム」は、初のシリコン製ヒゲゼンマイを搭載し、軽量化、耐久性、耐磁性、温度変化への耐性を実現した。右:「フリーク ビジョン」は、シリーズ初の自動巻きを搭載し、実用性への新たな扉を開いた。

紹介した以外にも、カルーセルにトゥールビヨンを組み合わせた「フリーク ディアボロ」、左右にテン輪を配置し、デファレンシャルギアで精度を平均化する「フリークS」、初代への原点回帰に歴代のスタイルを取り入れた「フリークONE」といった系譜を重ねた。唯一無二の存在として越えるべきは常に自身であり、デザインとエンジニアリングに磨きをかける。新作ではエナメルというメティエダールと融合し、その集大成といえるだろう。

「フリーク」は来年で誕生25周年を迎える。大胆な革新性はさらに磨きをかけ、次世代への時を刻むのである。

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新作「フリーク X ゴールド エナメル」は初代の誕生から約20年を経た2019年に登場した「フリーク X」をベースにする。フルローターの巻き上げ機構にリューズを初搭載し、日常使いに適した次世代「フリーク」として支持されている。

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