2020年から始動した「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」。日本初上陸となるフェスティバルが、10月4日〜11月16日まで京都と埼玉で開催される。全3回に分けてお届けする「ダンス リフレクションズ」フェスティバルの記事で、第2回となる本稿では、その会場と各プログラムについて紹介しよう。
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【埼玉会場】
彩の国さいたま芸術劇場
【京都会場】
ロームシアター京都
京都芸術劇場 春秋座
京都芸術センター
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欧州の最前線で活躍する振付家が日本に集結!
京都と埼玉で開催される「ダンス リフレクションズ」のフェスティバルには、世界のダンスシーンをリードする振付家が多数来日。各プログラムについて、ダンス研究者で明治学院大学准教授の富田大介が解説する。
アレッサンドロ・シャッローニ
『ラストダンスは私に』
公演日時:10/5(金) 10/6(土)各16時 開演
会場:京都芸術センター 講堂
上演時間:30分
世代をまたぎ紡がれるボローニャの踊り、そして反復と変奏の悦び
処女作に近い『Your girl』(2007年初演)からも察せられるのだろうか。アレッサンドロ・シャッローニの創作には、「繰り返すこと」と「変わること」への執着(愛着)がありそうだ。たとえば、今回の作品を語る際に引き合いに出される『FOLK-S, will you still love me tomorrow?』(12年初演)は、チロル地方などで大昔からいまも踊られるフォークダンスをもとにし、反復と変奏の悦びを、上演の時間をかけて味わう。「Migrant Bodies」(14-15年頃)のプロジェクトでは、移民や渡り鳥や鮭の、移動ないしはリターンから「Turning」という鍵語を得る——彼いわくこの語には「スピン」も「チェンジ」の意味もある。
シャッローニが、今作『ラストダンスは私に』(19年初演)の題材「ポルカ・キナータ」に惹きつけられたのはそんな流れだ。彼は、ボローニャに残るこの求愛ダンスで、踊り手のふたりが高速旋回しつつも(肉体的にはきついはずなのに)微笑み出す時を愛おしむ。スイッチの入った瞬間だろうか。
本人によると、このダンスは、前世紀初めには人気であったが、1950〜60年代に消滅し、90年代にあるダンス教師によって再生された。しかし踊り手は少ない。彼は、消えたものが世代をまたぎ戻ることにも興味を持ち、その教師と協働して本作をつくる。人々の心に残ればと、イタリアのフェスティバルにて一回限りのつもりで披露するや、大ヒットにより世界中をめぐる作品となった。ダンスは、種の絶滅と違って思い出される以上なくならない。タイトルを有名な歌と重ねるのも心憎い。
(ラ)オルド
『ルーム・ウィズ・ア・ヴュー』
公演日時:10/5(金) 10/6(土)各18時 開演
会場:ロームシアター京都 サウスホール
上演時間:70分
若者たちの怒りを表す、物語的なライブパフォーマンス
2020年に初演され反響を呼んだこの作品の創作は、エレクトロニックミュージックの鬼才ローンが、パリ・シャトレ座から新作のライブショーを委嘱されたことに始まる。ローンは、コンサート会場が劇場であることから、いままでとは違うパフォーマンスを試みるべく、(ラ)オルドに声をかけたそうだ。
(ラ)オルドは、ヴィジュアルアートやダンスを専門とする3人によって2013年に結成された、フランスを拠点とする新世代のアーティスト集団。「ポストインターネットダンス」を標榜して話題となる。16年に振付コンクール「ダンス・エラルジー」で準優勝、19年にマルセイユ国立バレエ団の芸術監督に就任、20年代に入ってからはマドンナのツアーの振付監督を務めるなど、その勢いはとどまるところを知らない。
『ルーム・ウィズ・ア・ヴュー』は、そんな時代の寵児がバレエ団のダンサーたちと最初につくった品。創作された2019〜20年は、グレタ・トゥーンベリの環境保護運動が世界中に広がっていった頃だ。この作品にも若者たちの心——動きの鈍い大人への怒りとそれでも!という前向きな望み——が込められている。ローンと(ラ)オルドは、社会変革につながるこのテーマを下敷きとし、コンサートパフォーマンスを、物語的なダンス/ライブショーに仕上げた。若者の叛骨を「廃墟」や「崩壊」の側から描く本作は、巨大な石の採掘場を舞台美術としたその象徴性とあいまって、(今日の各地の戦禍を知る)私たちの目に多くのものを映し出すことだろう。
オラ・マチェイェフスカ
『ボンビックス・モリ』
公演日時:10/11(金)19時 開演、10/12(土)16時30分 開演
会場:ロームシアター京都 ノースホール
上演時間:60分
『ロイ・フラー:リサーチ』
公演日時:10/14(月・祝)18時30分 開演
会場:京都芸術センター 講堂
上演時間:40分
ダンス史の偉人を今日につなぐ、独特のアプローチ
幼少の時から国立学校でバレエを習い、大学院でもダンスや演劇を学んだオラ・マチェイェフスカは、身体表現と向き合うほどにその歴史が創作源となったのか。20代後半から彼女は、近代的な「新しい(=モダン)ダンス」のパイオニア、ロイ・フラーに注目する。『ロイ・フラー:リサーチ』(2011年初演)、そしてそれを発展させた『ボンビックス・モリ』(15年初演)は、早くも彼女の代表作となった感がある。
映画『ザ・ダンサー』で、フラーの名前を知った人もいるかもしれない。フラーは19世紀の終わりから20世紀の初めにかけてパリを熱狂させたイノヴェーターだ。彼女は、当時流行していた「スカートダンス」から始めて、脚をいやらしくみせることより、衣装=布の動きを美しくみせることに没頭する。その創意工夫は、一般大衆から芸術家や批評家までをも歓喜させた。フラーは、大きな白い絹のドレープ衣装を内側から棒で広げ、そこに当時最新のテクノロジーである電気光線(照明)を当てて、靡かせ、回転させたのである——それによって刻々と姿形を変える幻想的な布の舞が立ち現れる。観客の目にはそれが巨大な蝶や百合の花、大蛇のうねりに見えた。
さて、一見してフラーの功績は、ダンスをダンサーの身体から切り離したかのようだが、その布を動かしているのは誰か。物にダンスと感じられる質感を込めることができたのは……? 「サーペンタイン・ダンス」の神秘を探るマチェイェフスカの争点はそこにあるのかもしれない。
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クリスチャン・リゾー
『D'après une histoire vraie─本当にあった話から』
【京都公演】
公演日時:10/12(土) 10/13(日)各19時 開演
会場:京都芸術劇場 春秋座
上演時間:60分
【埼玉公演】
公演日時:10/19(土)19時 開演、10/20(日)15時 開演
会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
上演時間:60分
上演回数150回を超える、リゾーの最高傑作
現在、欧州屈指の振付センターでディレクターを務めるクリスチャン・リゾーは、視覚、聴覚ともに優れた異色の作家だ。彼の初期作品には、その特徴と異才を活かしたユニークな作品が少なくない。日本でも好評を博した『いいんじゃない?「ボディ・ビル」「ハデハデ」「ゴチャマゼ」いろいろあって…』や『ポリエステル100% 踊る物体』、そしてラシッド・ウランダンとの共作『Skull*Cult』などは、ダンスの訓練を受けただけの人には興し得ない、特異な印象を与える。
2013年のアヴィニョン・フェスティバルでの初演以来、上演回数150回を超える『D’après une histoire vraie─本当にあった話から』は、リゾーの振付の中で最も踊りに徹しており、「傑作」と誉れ高い。それはリゾーの体験(=記憶)をもとにしているという。創作から遡ること10年ほど前、彼はトルコのイスタンブールでフォークダンスを目にする。そのわずか10分くらいのヴァナキュラーな踊りが、彼の胸に深く刺さる。リゾーがクリエイションの過程で頼りにしたのはその記憶、否、そこで生まれた感情だ。だから、このステージで表されるのは、ある特定の民俗舞踊ではない——素朴なタイトルはそれによるのだろう。
出来上がった作品はシンプルだ。滋味で情感的。迫力があって私たちを奮い立たせる。出演者は10人で、ロックバンド風のドラマーふたりと民俗舞踊風のダンサー8人。男らがそれぞれ、自分の芸を愉しみながら結ばれる。世界各地で称賛された、リゾーの傑作を見ないわけにはいかない。
マチルド・モニエ
『ソープオペラ、インスタレーション』
公演日時:10/18(金) 10/19(土)各19時 開演、10/20(日)16時 開演
会場:ロームシアター京都 ノースホール
上演時間:45分
消えゆく泡、儚い環境で動くダンサーたちの身体感覚
南仏を拠点にするマチルド・モニエは、モンペリエの国立振付センターで約20年間、ディレクターを務めていた。そこは、フランスダンス界のレジェンド、ドミニク・バグエが始めたセンターで、モニエは彼がエイズで亡くなった後、1994年からその職を引き継ぐ。2014〜19年はパリ郊外パンタンにある国立ダンスセンターのディレクターとなるが、20年からはモンペリエに戻り、その地の文化センター(la Halle Tropisme)で創作している。新作『Black Lights』は女性の受ける暴力をマニフェストした作品として注目を集め、各地を巡演し、大きな反響を呼んでいる。
2014年作の『ソープオペラ、インスタレーション(Soapéra, une installation)』は、2010年初演の劇場作品『ソープオペラ』をもとにしている(当時はSoap Opera=メロドラマの意も込められていたかもしれない)。劇場以外でも上演可能なインスタレーション版は、「泡」という舞台装置の意匠を高め、またダンサーの行為のパフォーマンス性を強くした。この作品は、モニエと造形作家ドミニク・フィガレラの共同コンセプト。観客は室内に入ると、まずその途方もない質量の泡=雲に驚くのではないか。そして冬の雪景色のような輝かしい表面の光沢に目を奪われるだろう。それが一体なにでできているのか、素材のわからなさも魅力に違いない。泡の消えゆく様子や、その環境で動くダンサーの身体の感覚に興味を惹かれる人もいるだろう。上演中、自分の身体をダンサーたちに重ね合わせて鑑賞するのもありかもしれない。
ラシッド・ウランダン
『Corps extrêmes─身体の極限で』
【埼玉公演】
公演日時:10/26(土)19時 開演、10/27(日)15時 開演
会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
上演時間:60分
【京都公演】
公演日時:11/2(土)19時 開演、11/3(日)15時 開演
会場:ロームシアター京都 サウスホール
上演時間:60分
ダンスとスポーツの舞台、その極限の境地とは?
ラシッド・ウランダンは、モンペリエとアヴィニョンの中ほどに位置するニームで生まれた。非識字者だったというアルジェリア人の両親のもと、彼はまずヒップホップにはまったそうだ。1980年代の前半、12歳の頃の話だ。その後、92年に国立現代舞踊センターでディプロマを取得。そこからは多くの振付家の作品に出演し、のちに自身のカンパニーを立ち上げる。彼の仕事は、難民や被災者に意を向けたドキュメンタリー風の作品づくりで知られていく。
ウランダンのキャリアは上々で、彼は現在、パリ16区シャイヨー宮にあるダンス専用の国立劇場のトップを担う。『Corps extrêmes—身体の極限で』はその就任の2021年に初演され、それは(オリンピック関連の催しにもつながり)ウランダンの言葉を借りれば、シャイヨーのセンスやイメージを拡張するものと言えそうだ。日本の観客は一昨年に来日公演を果たした彼とカンパニーXYとの共同作品『Möbius/メビウス』でのアクロバティックな技芸にど肝を抜かれたと思う。『Corps extrêmes─身体の極限で』も、タイトルが示すように、超人的な身体感覚を移植させられるに違いない。本作は、かのスラックラインを命綱なしで行うナタン・ポランや、スイスの山岳を世に知らせるクライマーのニーナ・カプリッツらと協働してつくられているのだから。とはいえ、一瞬の油断が命取りになる極限的なスポーツは、全方位的な集中力を伴う平静な心とともにあるだろう。この舞台作品はそんな静けさをも堪能する機会となるように思われる。
マルコ・ダ・シウヴァ・フェレイラ
『CARCAÇA』
公演日時:11/15(金)19時 開演、11/16(土)15時 開演
会場:ロームシアター京都 サウスホール
上演時間:75分
遺骸を意味する「カルカサ」、ダンスが舞台に残すものは?
今日、マルコ・ダ・シウヴァ・フェレイラの新作やレパートリー作品が各地で招聘されている。彼は、ハイパフォーマンススポーツ(水泳)で鍛えた身体を活かし、ダンスの世界で躍動する。10代の後半にストリートダンスから始めて、ポッピングやニュースタイルなどアフリカ系アメリカ人のダンス、またクドゥーロ(ポルトガルへの移民が多いアンゴラ=旧植民地の音楽)の踊りを独自に身につける。彼がコンテンポラリーダンスへ関心を寄せたのは20歳を過ぎてから。表現の境界を限らずに「物」をつくり出せる可能性に魅力を感じたそうだ。ダンスの語彙を増幅させた彼は、TVショーコンテストなどでも賞を勝ち取り、ダンサーとして世界的に著名な振付家と仕事をするようになる。振付を開始し、6作目の『Hu(r)mano』で評価を固める。出演者は彼とコンテクストの近い(当時まだこの言葉が使われていた)「Urban dance」のダンサーたちで、コンテンポラリーのセンスと合わせた表現が欧州の劇場舞踊界に新奇さを注入したようだ。
今回の『CARCAÇA』のタイトルは、振付家によるとポルトガル語で動物の遺骸(骨となった死体)を意味する。自身を含む10名のダンサーがさまざまなスタイルの踊りを舞台にのせ、ライブ演奏と切り結ぶ。彼いわく、たとえば足技には、いくつかのポルトガルのフォークダンス、ヨーロッパの歴史、アフリカンダンスのかたち、アメリカのストリートダンスのステップが響き合っている。個人や集団で披露される、この生ける踊りの時間に透けて現れるのはなにか?
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