香港やソウル、シンガポールなどに続く、アジアのアートの新拠点として注目されるバンコク。活況の背景について、現地のキーパーソンに訊いた。
Pen最新号は『バンコク最新案内』。再開発が進み、新たな価値を創造するタイの首都・バンコク。本特集では、各分野の最前線で活躍するキーパーソンに話を訊くとともに、訪れるべき旬のスポットを紹介。驚くべきスピードで進化を続けるバンコクには、「いま」しか見られない姿がたくさんある。
『バンコク最新案内』
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無限の可能性を予感させる、現代アート
バンコクのアートシーンが熱気を帯びている。かつてはタイのアートといえば宗教芸術など伝統的な表現が主流であったが、21世紀に入り、現代アートのギャラリーが急激に増加。5年前にはビエンナーレも始まるなど、イベントも目白押しだ。世界のアート関係者の間では、新しい鼓動を感じる都市として、目が離せない存在になりつつある。
これは、表現の場を求めるアーティストの努力の賜物だと証言するのは、市内最大の公的アート施設「バンコク芸術文化センター(BACC)」のディレクター、アドゥラヤ‘キム’ フンタグン。
「諸外国に比べると、タイの公共美術施設は圧倒的に数が少ないため、作品を発表する場もなければ、鑑賞する機会もなかった。状況を打破しようと真っ先に立ち上がったのはアーティストたちでした。90年代半ばから始まった美術施設の建設運動が、ようやく最近になって実を結び始めているのです」
BACCも同様の経緯でつくられた場だ。アートに触れる機会の少ない市民のためにギャラリーを無料で開放。館内にショップやレストランを多数設け、買い物や食事の延長でアート鑑賞ができる環境づくりを整備。憩いの場として親しまれている。
一方で、タイのアートシーンは、いま世界からも注目されていると話すのは、バンコクで最も革新的な展示を行っている「ギャラリーヴァー」のディレクターであり、「バンコク・アート・ビエンナーレ」のキュレーターも務めるジラット・ラッタウォンジラグンだ。
「ターニングポイントは、やはり2018年のバンコク・アート・ビエンナーレでしょう。これを機に、ようやくタイアートの独自性、リアルな現代の感覚が世界に伝わり、反響を得ているように思います。バンコクは、24時間どこでもご飯が食べられ、常に道が渋滞している忙しい街ですが、その裏に多様な人の生き方を許容する懐の深さがある。この都市で豊かな視野を育み、複雑な政治や社会問題に忌憚なき態度を示していく。そんな若い世代の台頭も顕著です」
BACCのキムも、アーティストにとって、刻々と変化し、成長を続けるバンコクの街は大きな刺激になっていると付け加える。
「日々見る風景が変わっていく中で、自分たちはどのように対応し、生きていくのか。そんな感覚もクリエイションには大きな影響を及ぼしているでしょう」
今後必要なのは、タイのアートシーンがより多くの人々の興味を引き、市場を活性化させることだとジラットは語る。
「観光目的に世界から多くの人々がタイに来てくれるのですから、アートスポットを巡るのも面白いよねと思ってもらえる状況を目指したいです」
BACC ディレクター
アドゥラヤ‘キム’フンタグン
イギリスの東洋アフリカ研究学院、シンガポールのラサール芸術大学を経て、さまざまな展覧会の企画やリサーチに関わる。2022年よりBACCのディレクターに就く。
ギャラリーヴァー クリエイティブ・ディレクター
ジラット・ラッタウォンジラグン
大学で視覚芸術を専攻後、ジム・トンプソン・アート・センター、スーパーノーマル・スタジオを経て、2011年よりギャラリーヴァーに勤務。ビエンナーレのキュレーターも務める。
ギャラリーヴァー
世界的に活躍するタイ人アーティスト、リクリット・ティラワーニットの主導により2006年に設立。16年より現在の場所に移転。複数のギャラリーが集結する「N22」の中核を担う。
バンコク芸術文化センター
バンコク都の助成金と複数企業のサポートによって2008年設立。3000㎡の企画展示室のほか、施設内には、図書館、ホール、ショップ、レストランを有する。
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バンコクの勢いを体感できる、お薦めのアートスポット
バンコク・シティーシティー・ギャラリー
巨大なホワイトキューブの中で出会う、次世代のアーティストたち
バンコクで活動する若いアーティストたちが、十分な広さで展示するスペースがないことを危惧した、アートコレクターのスパマートとアカポンが、元駐車場だった敷地に真っ白なギャラリーを建設。広さ200㎡、天井高6mという大きなホワイトキューブをもつアートスペース「バンコク・シティーシティー・ギャラリー」が2015年に誕生した。
アートの枠に縛られることなく、音楽ライブやクラブイベント、フィルム上映など、自由な活動体を目指す。さらに、観客が単に作品を鑑賞するだけで終わらない展示手法もユニークだ。観客自身になにかしらのアクションを促し、作品の中に入り込ませる参加型の展示にも積極的。また、ギャラリーにはショップも併設し、展覧会関連書籍のほか、オリジナルプロダクトを販売している。
企画展は2カ月に1度のペースで開催。それ以外にも、白壁を活かした屋外のプロジェクションプログラムや参加しているバンコクアートブックフェアなど、多様なイベントを実施している。
来年末に完成予定の大型複合施設、ワンバンコクからわずか1ブロックの場所にあることから、今後さらに人気のスポットとなることが期待されている。
ホップ(ハブ・オブ・フォトグラフィ)
ショッピングモールに入った、熱量あふれる写真専門ギャラリー
バンコク唯一の写真専門ギャラリー「ホップ(ハブ・オブ・フォトグラフィ)」があるのは、市東部にあるショッピングモール、シーコンスクエアの3階。1994年に完成した地域密着型のモールは、近年アパレルショップが撤退した代わりにアート&カルチャー事業者を誘致。そこで最初に名乗りを挙げたのが「ホップ」だった。
写真家として活動していたシリ、トム、マリッサの3人が中心となりつくり上げたスペースは、2カ月おきに国内外の写真家の企画展を開催するメインギャラリーと、若手を中心に紹介するサブギャラリーで構成。そして3人がセレクトした国内外の写真集が自由に閲覧できるライブラリーが揃う。
現代美術の中でも、写真を鑑賞する文化はタイではあまり馴染みがないため、SNSを活用して毎月イベントや他の美術施設と連動したリサーチプロジェクトを開催。若手の育成も考え、奨学金プログラムも行っている。
日本国内でも展示されたガモンラック・スクチャイに代表されるように、タイの写真芸術は、色鮮やかで濃密なテイストのものが印象的だ。「ホップ」では、この国がもつ多様で複雑な社会の中で生きる人々の、力強いエネルギーを映し出すものも多数見られる。
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アット・ナインティーン
アートとファッションとフードが、一堂に会するカルチャー拠点
バンコク最古の車道でありカルチャー&グルメの新たなトレンドの発信地としていま再び注目されるジャルンクルン通りにある「ATT19」は、アート、ファッション、フードの要素が融合する気鋭のカルチャースポットだ。オーナーのポーンティップ‘ムック’アッタガンウォンは、オーストラリアとアメリカでファッションを学んだ後、タイに帰国。元学校だった築100年超えの木造建築を改装し、1階にアンティークのセレクトショップと妹が運営するレストラン、2階にアートギャラリーが入る複合型施設を2019年にオープンした。
「宗教美術をはじめとする伝統表現とは一線を画したパワフルな作家が次々に誕生しているのに、彼らが作品を発表できる場が少ないのも事実。ここでは2カ月に1度のペースでタイの若手作家を中心とした企画展を開催。ギャラリーとショップや飲食店とを融合することで美術鑑賞のハードルを下げ、誰しもが日常的に現代アートに触れられる場になればいいなと思っています」
ヴィンテージとコンテンポラリーが混じり合う内装や家具が生み出す空間は、SNS用の映えスポットとして若者の間で人気となっているようで、制服姿の学生たちの姿も時折見られる。
10歳から海外で暮らしていたが、「ATT19」オープンのために帰国したムック。「ギャラリーを運営しながら、私自身がタイのことを改めて勉強している感じもします」
ガリレ・オアシス
古きよき景色と現代的な感覚が、見事に融合した新施設
バンコク中央を流れるセンセーブ運河沿いの北側、バーンクルア一帯を散策すると、開発を逃れた古い街並が未だに見られる。ここに立っていた労働者階級の住宅を大改装し、2021年に誕生したのが「ガリレ・オアシス」だ。
クルマが通れない細い路地を進むと、目の前に突然緑豊かな中庭が現れる。そのまわりをぐるりと囲む趣ある建屋は、以前使われていた窓枠や手すりなどの建具から家具に至るまで、可能な限り再利用して改装したもの。館内には、ギャラリーのほか、カフェ、レストラン、ショップなど10店舗が揃い、2階部分は宿泊施設になっている。感度の高い人々が集結するカルチャースポットを目指し、ギャラリーではタイの若手作家にフォーカスした展示をコンスタントに開催。さらに、地域と連携した活動として、キッズアートや環境プログラムも随時行われている。施設内には小規模ながら劇場も併設。演劇や音楽ライブなどのイベントにも力を入れている。
新旧のバンコクを同時に感じられる場所として、いまや大人気のスポットに。混沌としたバンコクの喧騒から一歩離れ、ポーチに置かれた椅子に座って、「ガリレ・オアシス」に流れるゆったりとした時間を堪能するのもいいだろう。
演劇に従事していたメンバーが中心となり、ここ「ガリレ・オアシス」は誕生。そのひとり、ナパマス・パッタランは、誰しもが自由に交流できる場所になってほしいと話す。
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シラパコーン大学アートセンター
国内トップの美大が有する、宮殿を転用したギャラリー
タイで初めて芸術学部を設立したシラパコーン大学は、3つのギャラリーを所有する。そのひとつである同アートセンターでは、大学とは分離した独自のプログラムを実施。社会問題、コミュニティ、政治など、骨太なテーマを据えたタイの現代アーティストを紹介している。さらに年に1回、35歳以上の実力派を対象にした公募展を開催し、アーティストの自立をバックアップしている。展示室として使われている空間は、なんと初代国王ラーマ1世とラーマ5世の元宮殿。アートを鑑賞しながら、王族の暮らしぶりや時代ごとの建築様式を楽しむという別アングルの楽しみ方もある。
バンコク現代美術館
大富豪が財を投じた、バンコク最大級の私設美術館
バンコク現代美術館は、携帯電話会社ディータックの創業者であり、アートコレクターとしても知られるブンチャイ・ベンジャロンクンのコレクションを集めた美術館だ。私設といって侮るなかれ、総床面積2万㎡の展示室に常設だけでも4000点。世界的に知られるタワン・ダチャニーやチャルード・ニムサマーの重厚な作品群をはじめ、宗教美術を軸とするタイアートの多様な表現が見られる。5層のフロアをじっくり見るなら、2〜3時間の余裕はもっておきたいところ。展示室や階段横に置かれているベンチのデザインも個性的なので、小休止しながらじっくり味わって鑑賞してほしい。
ヴァシランド・ブックショップ
週末に活況を呈する、アートブックショップのパイオニア
印刷や製本にコストがかかるタイで、いいアートブックを見つけるのは至難の業。そんな状況を受けて、オーナーのピンがインスタグラムでオンライン書店を開いたのが6年前。いまでは実店舗を構え、写真集を中心に、世界のアートブックを紹介している。交通の便があまりよくないエリアで、土日だけの限定営業という悪条件にもかかわらず、週末になると10代〜20代の若者を中心に刺激を求める人々で小さな店内がいっぱいに。近年では市内でアートブックフェアも開催されるようになり、さらなる盛り上がりを見せていることから、いずれは出版機能を備えたいと考えているそうだ。
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