「お薦めする」という行為は、自分の信頼度に関わってくる【はみだす大人の処世術#9】

  • 文:小川 哲
  • イラスト:柳 智之
Share:

Pen本誌では毎号、作家・小川哲がエッセイ『はみだす大人の処世術』を寄稿。ここでは同連載で過去に掲載したものを公開したい。

“人の世は住みにくい”のはいつの時代も変わらない。日常の煩わしい場面で小川が実践している、一風変わった処世術を披露する。第9回のキーワードは「お薦めポイント制度」。

01_point_230627.jpg

編集者や記者から「最近お薦めの本、なにかありますか?」と聞かれることが多い。「もしかしたら自分のインフルエンス能力を期待されているのでは?」と考えてから、「いや、単にお薦めという行為自体が流行っているだけだ」と思い直し、最終的に「というか、昔からお薦めという行為を人類が行ってきただけでは?」と気が付く。戦国武将の大友宗麟だって、家族や家臣にキリスト教をお薦めしていた。

僕は「お薦め」は「手土産」と似ていると思っている。たとえば誰かの家へ遊びに行く。なにか手土産を買って行かなければならない。相手のことをよく知っていれば、より喜んでくれそうなものを選ぶ。「〇〇さんは甘いものが苦手だから、せんべいを買おう」「△△さんは酒が好きだから、ワインを買おう」みたいな感じだ。まったく情報のない相手には、世間的に評判がいいものや有名なものを選ぶしかない。

仲のいい人であれば、それなりに高い精度でお薦めができる。相手が好きなジャンルや、これまで苦手だといっていた作品なんかを考慮しながら、自分の手持ちのカードの中から最もふさわしい本を選ぶ。相手のことをよく知らない時は、しかたなく世評が高い本などを選ぶ。納得のいく本が思いつかない時は、「あくまで僕の好みですが」といった前置きをしてから、自分が好きな本を挙げることもある。

僕はお薦めを聞かれると、ついあれこれと考えすぎてしまうことが多い。自分がお薦めした本が「つまらなかった」と思われてしまうのがなによりも怖いのだ。なぜお薦めという行為に対して、そこまで慎重になってしまうのだろうか。

それは「お薦めポイント制度」を僕が採用しているからだ。お薦めポイント制度とは、自分の友人や知人、家族だけでなく、SNSでフォローしている人や、毎週聴いているラジオのパーソナリティ、書評家、作家などに、それぞれお薦めポイントを設定し、ある作品が獲得したポイントが100に到達した段階で、その本を読む制度のことだ(さっき名前を付けた制度です)。

たとえば、ある書評家が「『A』という本がいい」とお薦めしていたとする。その本を僕の母も「面白かった」と言っていて、別の友人も「面白い」と言っていた。僕はその書評家に60というお薦めポイントを設定している。母の値は0で、友人の値は30なので、60+0+30=90。後は10ポイント以上を設定している他の誰かがお薦めした段階で、僕は『A』という本を買いに行く。

お薦めポイントの数値は、その人物に対する信頼度によって決まっている。「この人がお薦めする作品とは相性がよくない」と思えば、マイナスに設定することもあるし、信頼度の高い人のお薦めした作品がつまらなかったら下方修正することもある。この制度の影響で、限られた時間でなるべく外さないように本を読むことができている。

他人にポイントを設定しているということは、他人から見た場合の自分のポイントが下がることを恐れているということでもある。変な本をお薦めすることでマイナスポイントに設定されてしまったら、心の底から読んでもらいたい本があっても、相手は僕のお薦めを信頼してくれなくなってしまうだろう。それは避けたい。

ちなみに、僕はこの世界にひとりだけ100に設定している人がいる。もちろん相手はそのことを知らないというか、そもそも僕のことも知らないだろう。でも、その人がお薦めした本は必ず読む。あなたにも、100の人はいますか?

小川哲

1986年、千葉県生まれ。2015年に『ユートロニカのこちら側』(早川書房)でデビューした。『ゲームの王国』(早川書房)が18年に第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞受賞。23年1月に『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞受賞。近著に『君のクイズ』(朝日新聞出版)がある。

関連記事

※この記事はPen 2023年9月号より再編集した記事です。