プロデューサー・STUTS「誰かと音を鳴らす時は、“ミラクル”を大事にしたい」【創造の挑戦者たち#79】

  • 写真:野村佐紀子
  • 文:小田部 仁
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STUTS●1989年、愛知県生まれ。自身の作品 制作やライブと並行して、数多くの プロデュース、コラボレーションや TV・CMへの楽曲提供など活躍の場を広げる。2023年6月には初の日本武道館でのライブを開催。

「30代に入ってから、ずっとがむしゃらに突っ走っているような気がします。正直、あまり余裕はないかもしれません。目の前にある一つひとつの仕事でベストを出したい。いろんな不安もありますが、やるしかないので」

2023年5月、本人の自宅兼スタジオで行ったこのインタビュー。自身にとって初の日本武道館での単独公演を翌月に控えたSTUTSは、決意に満ちた表情を浮かべていた。トラックメイカー、MPCプレイヤー、プロデューサー……。さまざまな肩書をもつ彼は、この数年でもともと主戦場としていたヒップ・ホップやビート・ミュージック界隈以外でも、広く知られる存在となった。

「この2年ぐらいはアウト・プットが多くて、大変でした。特に去年は4年ぶりのフルアルバムを制作しつつ、ドラマの主題歌もつくっていたので。でも、達成感があるというよりは、もっと頑張らなきゃなっていうのが正直な気持ちです(笑)」

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テレビドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(2021年)の主題歌「Presence」をSTUTS & 松たか子 with 3 exes名義で発表。俳優陣をボーカルに据え、毎回ラッパーを変えていく手法が話題を呼んだ。次いで『エルピス–希望、あるいは災い–』(22年)では「Mirage」をMirage Collectiveを率いて担当した。

昨年10月にはAwich やtofubeatsら多数のゲストを迎えた3rdアルバム『O rbit』をリリース。2010年代を代表するクラブ・アンセムである「夜を使いはたして feat.PUNPEE」や、星野源のバンドへの参加でその名前を知る人も多いだろう。

「いまみたいな状況は音楽を始めた頃は想像もしていなかったです。十数年かけて、大好きなミュージシャンの人たちと自分が納得できる曲を一緒につくってきたということ、そして、聴いてくれた人たちがいたということ。その積み重ねの結果がいまにつながっていると思うので、これまで自分の音楽に関わってくれた人たちには感謝の気持ちしかないです」

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人を惹きつけてやまない、柔和な人柄とシュアなサウンド

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中学生の頃からトラック・メイキングを始め、東京大学在学中からクラブで出会った友人たちにトラックの提供を始めたSTUTS。2013年にニューヨーク・ハーレムでMPC1000を使って路上ライブを敢行した動画は未だにネット上である種の「伝説」として語り継がれている。

多くのミュージシャンたちからリスペクトとラブコールを受けるSTUTSのトラックやビートの魅力はすなわち、彼の温かなパーソナリティがにじむポジティブなサウンド、そして、フィーチャーされているミュージシャンたちの魅力が余す所なく(ときには増幅されて)伝わってくるところだ。

「誰かと一緒に音を鳴らす時は、可能性を狭めたくない、自分の理想を押し付けすぎたくないと常に思いながら制作しています。もちろん目指しているビジョンはあるんですけど、偶然生まれたミラクルな音も大事にしたい。だから、ここ数年は特にバンドとセッションした音源をもとに楽曲をつくることが多いんです。その人のいちばんいい状態で最高のパフォーマンスをしてもらうこと。当たり前のことだけど、それがいちばん自分が大事にしていることです」

6月に行われた日本武道館でのライブにいまの日本のヒップ・ホップシーンの一角を代表する豪華ゲストが集結したことからもわかるように、彼の愛すべき柔和な人柄とシュアなサウンドは人を惹きつけてやまない。STUTSは音と人との関係に特別な魔法をかけることのできるアーティストだ。

「やっぱり、いい曲をつくれた時が最高に幸せですね。音楽以外だと、いまは友達と話している時がなにより楽しいです。お互いに悩みを聞いたり、聞いてもらったり。いい話をして、心が洗われた気持ちになって、帰り道で“今日はいい日だったな”って思える時がいちばん幸せ。そんな毎日がこれからも続いていけばいいなって思います」

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WORKS
“90 Degrees” LIVE at 日本武道館

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STUTSの34歳の誕生日でもある2023年6月23日に日本武道館で行われた単独公演。チケットはソールドアウト。2018年から活動をともにしているバンドメンバーに加え、豪華ゲストたちが出演者に名を連ねた。

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3rd Album『Orbit』

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「軌道」を意味するタイトルには「世界が変わろうとも自分は自分でしかいられない」という意味が込められている。ジャズやソウル、ラテン音楽からの影響も織り込み、新たなサウンド、コラボレーションに挑戦した意欲作。

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Mirage Collective『Mirage』

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YONCEや長岡亮介、butaji、ハマ・オカモトらをメンバーに迎え結成された音楽集団のアルバム。『エルピス』に出演していた俳優の長澤まさみ、眞栄田郷敦がフィーチャーされたバージョンも収録されている。

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※この記事はPen 2023年8月号より再編集した記事です。