俳優・宮沢氷魚「追い込まれた経験が、本番での跳躍につながる」【創造の挑戦者たち#78】

  • 写真:野村佐紀子
  • 文:小川知子
  • スタイリング:庄 将司
  • ヘア&メイク:吉田太郎(W)
  • 協力:東急歌舞伎町タワー「JAM 17 」
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宮沢氷魚●1994年、アメリカ生まれ。2017年、ドラマ『コウノドリ』第2シリーズで俳優デビュー。 以後、ドラマや映画、舞台への出演を続ける。2023年に映画『エゴイスト』で、アジア全域版アカデミー賞と言われる「第16回アジア・フィルム・アワード」の最優秀助演男優賞を受賞した。

澄んだ瞳と透明感のある佇まいで、ミステリアスな印象の俳優・宮沢氷魚。2017年の俳優デビューから6年。役に入り込むために必要な感覚を徐々に理解していった宮沢にとって、大きな転機になったのは今年公開の映画『エゴイスト』だろう。主人公・浩輔が愛情を注ぐ龍太を演じた宮沢は、これまで見たことのないほど感情豊かに、繊細に、ある純朴な青年の人生を駆け抜けていた。

「もちろん台本はありますが、その場でなにか感じたことがあれば言っていい、という現場でした。松永大司監督も感情の流れを途切らせないようにしてくれる方で、限りなく100%に近い状態で、その瞬間を役として生きるという体験ができていたと思います」

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ドラマ、映画と映像作品で活躍する一方で、精神的、体力的にハードな舞台にもコンスタントに出演してきた宮沢。稽古から本番までの濃密な2〜3カ月を乗り切ったという経験が、彼を確実にステップアップさせている。

「映像と違い、舞台の場合は稽古が始まった瞬間から千秋楽まで、役と向き合い続けるんです。だから役とのつながりは、一層深くなる気がしていて。会場、お客さん、演者の掛け合わせで毎回すべてが変わるので、一度たりとも同じものはできない。それが舞台の面白さだと感じています」

この初夏、宮沢はポン・ジュノ監督による映画『パラサイト 半地下の家族』の舞台版に挑む。

「ストーリー展開をほとんどの人が知っているからこそ、ごまかしが利かないですし、僕が演じる長男の純平は、物語の軸となって家族を巻き込んでいく役割。責任が重大ですけど(笑)、もう楽しむしかないなと。古田新太さんをはじめとする共演者の方々は、僕がどんな球を投げたとしても、うまくキャッチして投げ返してくれるだろうと思ってます」

原作と共通するのは、台本・演出の鄭義信のまなざしだ。

「鄭さんの作品にも、格差社会が必ず根底に描かれているなと。たとえば『焼肉ドラゴン』でも、ご自身の体験が反映されていますし。でも鄭さんは、決してそれをネガティブには表現しないんです。泣いたり笑ったり、その中で希望を感じられるような演出をされる方だと思いますし、台本を読んでいてもそれを感じます」

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舞台の演者と観客が、物語を共有する場にしたい

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大舞台を前にプレッシャーで押しつぶされそうな時、宮沢が取る選択はひとつだけだという。

「怖くてもやるしかないので、我慢します(笑)。ただ、日常生活で自分を追い込むような経験って、あまり得られないと思っていて。稽古でもう壊れかけくらいのところまできて、うまくいかないと落ち込みますけど、そこから復活した時は、すごく跳躍できるんですよね。それが本番の自信にもつながるので、何事もなくいくほうが失敗した時の落ち込みが酷そうだし、僕は怖いです」

今年1月、2泊3日という弾丸旅行でロンドンを訪れた宮沢。目的は演劇の鑑賞だったという。

「ロンドンは、地下鉄や街のいたるところに上映中の舞台の広告があるし、テレビをつければCMが流れていて、演劇が身近なエンターテインメントとして愛されているんだと感じました。僕は『となりのトトロ』と『プリティ・ウーマン』を観たんですが、演者と客席の距離感も近いし、生きたキャッチボールが常に行われているんですよね。お客さんも爆笑したり、音楽に合わせて踊ったりしてて。『パラサイト』の公演を観に来てくださる方には、そうやって一緒に笑ってほしいし、ライブのように物語を共有できたらうれしいなと」

そんな宮沢にとってのロールモデルは、舞台『ピサロ』で共演した渡辺謙。バイリンガルの彼が英語の演劇や映画に出演する日は、そう遠くないかもしれない。

「謙さんは世界中から評価されている日本人俳優で、僕にとって先駆者的な存在ですが、稽古での立ちふるまいは、そこにいる誰にも負けないくらいのエネルギーがあって。あまりガツガツできない僕ですが、一定の場所で安心しないという向上心は見習いたいです。英語で芝居をしたことはないけれど、30代のうちに挑戦したいですね。ただ『海外で配信されるから』といった理由で作品を選ぶのではなく、いい作品を選択した結果、それが評価としてグローバルに広がっていくことのほうが大事だと僕は思います」

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WORKS
舞台『パラサイト』

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90年代の関西、家内手工業の靴作りで生計を立てる金田一家が“寄生”を企てる。2023年6月5日(月)から7月2日(日)まで東京・THEATER MILANO-Zaで、7月7日(金)から17日(月・祝)まで大阪・新歌舞伎座で上演。

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映画『エゴイスト』

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©2023 高山真・小学館 「エゴイスト」製作委員会

エッセイスト・高山真の自伝的小説『エゴイスト』を『トイレのピエタ』の松永大司が映画化。ゲイである本当の自分を押し殺してきた編集者・浩輔が、母を支えながら暮らすパーソナルトレーナーの龍太と出会い、惹かれ合う。

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映画『his』

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©2020 映画「his」製作委員会

突如別れを告げられた高校時代の恋人・渚が、迅のもとへ娘を連れて現れる。偏見にさらされながらも生きていこうとする同性カップルの姿を描く。Blu-ray & DVD発売中。販売元:ハピネット・メディアマーケティング¥6,380

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※この記事はPen 2023年7月号より再編集した記事です。