「現代の風景を古典絵画のごとく神秘的に描く」画家・森本 啓太【創造の挑戦者たち#74】

  • 写真:野村佐紀子
  • 文:中島良平

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Keita Morimoto●1990年、大阪府生まれ。2012年にオンタリオ芸術大学(現OCAD大学)を卒業し、カナダを中心に欧米で作品を発表しながら、21年までトロントで過ごす。現在は東京を拠点に制作を続けている。

自動販売機や街灯など人工的な光に包まれた街を、バロック絵画のように表現した絵画で知られる森本啓太。彼が出身地の大阪を離れ、カナダのトロントに向かったのが16歳の頃だ。高校に入った時点で大学受験の話が始まるようなシステムから、逃げ出したいという思いがあった。漫画家に興味があり、カナダの高校では美術のクラスを選択。すぐにアクリルや油絵具を使い出し、「描きたい欲」は強まったという。

「自分のなかでは美術の道に進もうという感覚はありませんでした。日本に帰って教職をとって英語を教えたい気持ちが強かったのですが、親が『教員資格はいつでも取れるから、美術が好きなら美大に行けばいいじゃない』と言ってくれて、高校を卒業してカナダで美大に入りました」

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漫画が好きだった森本には絵心があった。技術を学びたい思いは強かったが、大学ではコンセプチュアルな授業が多く、考えることを学んだ。なぜその作品を制作するのか。哲学的な部分だ。一方、技術に関しては足繁く美術館に通って学んだ。展示された作品を黒から白までを10段階に分けたカラースケールと一緒に撮影し、画像ソフトで明度や彩度をチェックした。もしレンブラントが現代に生きていたら、どのような作品を描くだろう。そう考えながら、古典絵画の方法論で現代を描くということを模索するようになった。

「バロック絵画のようなクラシカル・リアリズムを意識して制作を続けてきました。原点としては、レンブラントの作品のように、画面のある部分に光が集中した絵をいまの技術でどう描けるか、という思いがあります」

現代の街の風景を描くために、いろいろな場所を歩き回り、日常の光景を写真に収める。それらをコラージュし、フォトショップで光の集中する箇所やコントラストをコントロールした画像をつくることから制作が始まる。古典的な具象絵画の構図を引用することもあれば、モンドリアンなどの抽象作品の構図を下敷きにして街の絵を描くこともある。映画の絵コンテのように、ナラティブに人の配置や色、構図を考えるようにもなった。2021年に16年ぶりに拠点を日本に移すと、同年秋に日本で初めての個展『After Dark』を開催し、夜の街の人工的な光をバロック絵画のように統制された画面に描いた作品が話題となった。

「夜の街の画家ではないですよ」と笑いながら、描きたい世界について説明する。

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カナダでは見られない、自動販売機の光に引かれる

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「自分が住んでみたいと思えるような空間を描きたいので、あまり特徴のある場所は描きません。『ヘテロトピア』と呼ばれるような現実逃避できる空間を自分なりに考えると、現実世界にありそうな、ふとした静かな空間のような場所が思い浮かぶんです」

長いこと帰っていなかった実家に帰り、最寄りの駅に着いた時に感じるノスタルジーのような、なにかを思い出す感覚を再現できるかどうか。久しぶりに日本に拠点を移してみると、カナダやアメリカでは見ることのない飲み物の自動販売機が放つ光の特殊さや、コンビニなどの商業的な光の使い方に独自のものを感じ、絵のモチーフとするようになった。

「自動販売機の、ジュエリーボックスのようにさまざまな色で箱を光らせた光景には、虫と同じように引き寄せられます。レンブラントの時代は光の使い方に神秘的なものがありましたが、時代が移ると、宗教的なものが商業へと移行した。歴史的な文脈で光がどのように扱われてきたのかをずっと考えてきたので、いまは夜の街の光に集中している段階です」

最後に、絵を描き続ける理由を森本に聞いた。

「絵は難しいので、何枚描いても発見があります。実際、描き始めて50%ぐらいの段階っていちばん苦痛なんですよ。でも、90%ぐらいから完成が見えてくると快感が生まれて、描き終わると満足感がある。そのプロセスが楽しくて続けているんでしょうね」

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WORKS
個展『After Dark』

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2021年11月20日から22年1月29日までKOTARONUKAGA(天王洲)で開催。日常生活が営まれるアノニマスな場所に光を当て、闇と光のコントラストで現実世界から逃避できる「ヘテロトピア」を描いた。

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個展『In Between Shadows』

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2022年10月14日から11月13日まで、ニューヨークのATM galleryで開催。東京の夜に佇む自動販売機とその光を現代人の象徴と捉え、その光のなかを彷徨するような風景を描いた作品を発表した。

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個展『Contrasting Memories』

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2022年9月10日から10月1日まで、トロントのNICHOLAS METIVIER galleryで開催。大型作品『Contrasting Memories』では、新旧の建物が併置された日本の街並みに、記憶と現実の不可思議な混在を表現した。

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※この記事はPen 2023年3月号より再編集した記事です。