ついに本格始動する飛騨高山蒸溜所。廃校を利活用したウイスキー蒸留所に、創業者が込めた想いとは?【後編】

  • 写真:香賀万里和
  • 文:西田嘉孝  
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今や計画中のものも含めると、日本のウイスキー蒸留所は約70カ所にもなる。そのすべてから美味しいウイスキーが生まれるかどうかはわからないが、間違いなくそれぞれの蒸留所にはそれぞれのドラマがあるはずだ。

2022年の春、さまざまな人たちの思いを乗せて、岐阜県初のウイスキー蒸留所としてスタートを切った飛騨高山蒸溜所プロジェクト。この連載ではそこに関わる人たちにスポットを当てながら、一つのウイスキー蒸留所がどのようにできていくのかを追いかけたい。

ウイスキーづくりを通じて、地域の宝を未来へと繋ぐ

蒸留所の建設候補地としては、グループがコロナ禍で撤退を決めた結婚式場や閉鎖された運転免許試験場跡地など、高山市内にもいくつかの候補があったという。一方で有巣さんは、全国的に問題になっている公的な“遊休施設”の活用も視野に入れていた。

「とくに高山市には全国的に見ても多くの遊休施設があり、地域の魅力を守るという意味でも遊休施設の利活用という視点は重要だと考えていました。とはいえ、ウイスキーの蒸留所をつくるには、広大な敷地と美しい空気、豊富で良質な水が必要になります。そうした条件で候補地を探しているうちに、知り合いから旧高根小学校の存在を教えてもらったのです」

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霧のかかる山々を背景に、木々の向こうに見えているのが飛騨高山蒸溜所。そのすぐ奥には全国的にも珍しい中空重力式コンクリートダムの高根第二ダムが見える。

有巣さん自身は年に数回しか訪れることがなかったという山間の高根地域に残る、2007年に廃校となった小学校。豊富な水流を誇る飛騨川の上流部に位置する高根第二ダムからほど近く、季節を問わず朝などには深い霧が発生する。豊富な水と清冽な空気、そして冷涼湿潤な気候と、まさにウイスキーづくりにうってつけな条件が揃う場所だった。

くわえて、何よりも有巣さんの心を動かしたのが、地域の人たちや往時の職員などの手によって、小学校が大切に守られていたことだ。

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地元の人々や当時の先生たちの手によって、定期的に清掃などがされていたという旧高根小学校。教室などはウイスキーの樽を貯蔵する熟成庫としても使用される予定だという。

「廃校になって10数年が経つのに荒れた印象はなく、校舎に入ると夏休みなのではないかと錯覚してしまうほどでした。地域の皆さんがまさに宝物のように守ってきたこの小学校を未来に残すためにも、ぜひこの場所でウイスキー蒸留所を開設したいと思ったのです」

そして2022年3月には、高山市との間で旧高根小学校の賃貸契約を締結。同時に実施したクラウドファンディングでは3760万円を超える支援金を獲得するなど、地元の人々やウイスキーファンからの大きな注目と期待を集めながら、飛騨高山蒸溜所の建設計画がスタートした。

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体育館をウイスキーの製造棟へと変えるため、床や天井などに大掛かりな改修を行う工事が実施された。

周囲の人々に背中を押され、止まることなく進んだ蒸留所建設

ウイスキー事業に乗り出すことを決めてから蒸留所が完成するまでの約2年を振り返り、「走っているうちに誰かに止められたり、どこかでアラートが鳴るだろうと考えていたのですが、一度も鳴らないどころか周囲の誰もが背中を押してくれました」と、有巣さんは話す。

「構想から約2年という短い期間で蒸留所をつくることができたのは、蒸留所建設プロジェクトメンバーの方々をはじめ、応援してくださる皆さんの大きな力があったからこそだと感謝しています」

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開校式に集った飛騨高山蒸溜所プロジェクトメンバーや関係者などの面々。集った全員が樽へのサインを行った。

三郎丸蒸留所にスタッフを受け入れて研修を積ませるなど、総合アドバイザーとして舩坂酒造店としてはゼロからのチャレンジとなるウイスキーづくりを指導するのは稲垣さん。
さらには蒸留所の開設から運営までのコンサルティングを、稲垣さんと富山でシングルモルトの通販を行うモルトヤマの下野孔明さんが興した世界初のジャパニーズウイスキーボトラーズであるT&T TOYAMAが担当。ポットスチルの製造は富山の老子製作所が請負い、できあがるウイスキーのフレーバーを設計するブレンドなどでは、キリンのウイスキーづくりをチーフブレンダーとして支え、現在は五島つばき蒸溜所でジンづくりの先頭に立つ鬼頭英明さんが全面的に協力する。

ほかにも、蒸留所の設計やクリエイティブディレクションなどのブランディング面では、東京2020五輪でタッグを組んだ平本知樹さんと野老朝雄さんが参加。そしてウイスキーの海外輸出などのマーケット開拓については、合同会社オープンゲートの中山雄介さんがサポートを行う。

多彩な顔ぶれが名を連ねるプロジェクトメンバーは、それぞれが有巣さんの情熱と人柄に惹かれて集った面々だ。

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舞台を一度解体して2基のポットスチルを設置。2階の通路部分から設備をぐるりと見渡しながら見学できるプランが採用された。

 

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地域の人々を笑顔にする、世界に誇れるウイスキーを目指して

2022年の12月2日には、床面などの解体・改修工事を終えた体育館の舞台に、鋳造製ポットスチル「ZEMONⅡ」の設置が完了。原料である麦芽の粉砕・挽き分けを行うモルトミルや、麦芽を湯と混ぜるステンレス製のマッシュタン、4基の木製発酵槽なども順次設置され、ウイスキー蒸留所としての形が整った。

中央のスペースを取り囲むように、製造工程順に一筆書きのように配置されるすべての設備は、外周をぐるりと巡る2階の見学通路から見下ろすことが可能。「蒸留所を訪れる人に間近でウイスキーづくりを見てもらいたい」という、有巣さんの思いを汲んだ設計だ。

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容量2600リットルの初留釜(左)と容量2200リットルの再留釜。どちらもネックが細めのランタン型だ。
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ステンレス製のマッシュタン。内部で回転するレーキが固定式のセミロイタータンで、ワンバッチ(1仕込み)の仕込み量となる麦芽500キロから、2,500リットルの麦汁を取得する。

そんな真新しい蒸留所では、試験蒸留を経て4月下旬から本格的な蒸留を開始。ウイスキーづくりを行うのは、日本酒の仕込みを行う冬季を除く3月から11月まで。当初は4回/5日の仕込みで、初年度は年間4万リットルのスピリッツの生産を目指すという。

ポットスチルから流れ出る無色透明のスピリッツを樽に詰め、晴れてジャパニーズウイスキーとしてリリースできるのは3年後。熟成にはファーストフィルのバーボン樽をメインに、一部は飛騨高山の家具メーカーである日進木工が製造するアメリカンオークの“飛騨バレル”も使用する。

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クラウドファンディングの支援者のネームプレートが飾られた木製発酵槽。ヨーロピアンオーク製とラーチ製が2基ずつあり、それぞれ容量は4200リットル。

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「今後はウイスキーの熟成に使う樽だけでなく、飛騨の木を使った発酵槽などについても、日進木工さんの力を借りて開発していきたいと考えています。そのためのデータを取るために、発酵槽はヨーロピアンオーク製の2基に加え、飛騨の山々でも見ることができるカラマツ(ラーチ)製も2基を導入しています」

そう話す有巣さんが目指すのは、かつては幕府直轄領として栄えた飛騨の持つ資源や匠の技などを活用し、地域のすべての人々が笑顔になれるようなシナジーを生むウイスキーづくりだ。

「将来的には地元産大麦の使用も視野に入れ、すでに農家の方々とのお話を進めています。昨今は米農家さんが苦労されていることもあり、二毛作で米と大麦を栽培してもらえるような流れができれば、地元の農業にも良いインパクトが与えられるのではないかと思っています」

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熟成に使用されるバーボン樽。日進木工で製造される“飛騨バレル”などでの熟成も行われる。

まずは高品質な原酒を安定して生産することを最優先に、今後は蒸留所への来場者を迎える施設の整備なども行っていく。さらには日本酒の町である飛騨高山でのウイスキー文化の醸成を目指し、3年目以降のシングルモルトの発売に先駆け、高山の地で独自に熟成させた海外原酒などを使った、ブレンデッドウイスキーもリリースする予定だという。

国内外から来場者を呼び込み、蒸留所でウイスキーに触れる体験をどのように創出するかといった視点や仕掛けなどについては、有巣さんが日本酒の世界で培った経験も大いに生かされることだろう。

ついに本格始動した岐阜県初のウイスキー蒸留所。有巣さんが目指すのは、高根地域や高山に住む人々が世界に誇ることができる、フルーティで味わい豊かなウイスキーだ。地域の宝の未来へと繋ぐための果てしない挑戦が、いよいよここからスタートする。

連載記事

西田嘉孝

ウイスキージャーナリスト

ウイスキー専門誌『Whisky Galore』 やPenをはじめとするライフスタイル誌、ウェブメディアなどで執筆。2019年からスタートしたTWSC(東京ウイスキー&スピリッツコンペティション)では審査員も務める。

西田嘉孝

ウイスキージャーナリスト

ウイスキー専門誌『Whisky Galore』 やPenをはじめとするライフスタイル誌、ウェブメディアなどで執筆。2019年からスタートしたTWSC(東京ウイスキー&スピリッツコンペティション)では審査員も務める。