【小山薫堂の湯道百選】第八十回“湯は、私を幻想の旅に誘う。”

  • 写真:杉本 圭
  • 文:小山薫堂

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〈徳島県三好市〉
和の宿 ホテル祖谷温泉 ~絹泡夢想の湯~

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JR大歩危(おおぼけ)駅からクルマで約30分。日本三大秘境のひとつ祖谷渓(いやだに)に佇む一軒宿。

その湯に浸かっていると「湯衣(ゆごろも)」という言葉が天から降ってきた。まさに湯の衣を纏っているような心地よさ。川の流れにも似た穏やかなこのひと時が、永遠に続いて欲しいと願いたくなる。

ここは徳島の山の中。源氏との戦いに敗れた平氏が入山したと伝えられる秘境である。その谷底に極上の露天風呂がある。四国では珍しい源泉掛け流し。この風呂を有する「和の宿 ホテル祖谷温泉」は2022年に創業50周年を迎えた。開業当時、170m下の谷底に湧く温泉を目当てに、人々は急な階段を往復1時間半以上かけて登り降りしていたという。しかし1984 年にケーブルカーが完成。いまや世界から注目される秘境の温泉宿となった。

42度の急傾斜をケーブルカーで下ること5分。地元で「フロノタニ」と呼ばれてきた渓谷の底の川沿いに、男女に分かれたふたつの露天風呂がある。岩壁から勢いよく注がれるアルカリ性単純硫黄温泉は細かな泡となり、霞のかかったような湯となる。まるで炭酸泉のような微細な気泡が、肌を優しく包み込む。しかも湧出温度が38℃と人肌に近いのもいい。旅行作家の石井宏子さんは、この儚く消えていく温泉の気泡を「絹泡=シルキーバブル」と命名した。

湯衣を纏いながら平氏も見ていたであろう渓谷の自然を眺めると、現世の雑念で満たされた頭が空っぽになった。絶妙過ぎる湯加減は、液体の中にいることを忘れさせる。いつの間にか私はストレスというものを置いてけぼりにして幻想の旅に出ていた。

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露天風呂付客室やベッドの部屋まで多彩な部屋は全20室。
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ケーブルカーに乗って向かうふたつの露天風呂に加え、貸切露天風呂や、21年にリニューアルされ祖谷渓を一望できる大浴場「雲遊天空の湯(そらのゆ)」も心地よい。

和の宿 ホテル祖谷温泉 ~絹泡夢想の湯~

住所:徳島県三好市池田町松尾松本367-28
TEL:0883-75-2311
料金:一般¥1,700(日帰り)、¥21,050~(1泊2食付き2名1室利用時1名料金、入湯税・サービス料込)
www.iyaonsen.co.jp

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※この記事はPen 2023年6月号より再編集した記事です。