2022年、アメリカが世界に誇るラグジュアリー自動車ブランド、キャデラックが120周年を迎えた。革新的なデザインと技術、そしてその挑戦の歴史を、アメリカのコンテンポラリーアートの潮流とともに振り返り、未来への試みも紹介する。最終回となる連載6回目は、NFTやデジタルアートといったアート界の新しい流れとキャデラックの関わりと、キャデラックが考えるクルマとアートの未来を取り上げる。
NFTアートの意味と可能性
キャデラックは、ブラックカルチャーの素晴らしさを伝える「ブラック・フューチャー・キャンペーン」の一環として、“12歳(当時)のビジュアルアーティスト”として多くのメディアに取り上げれられた、ナイラ・ヘイズにオリジナルNFT作品の制作を依頼した。
ヘイズは、細長い首をもつ女性「ロング・ネッキー(Long Neckie)」という作風で知られ、12歳だった2021年には、51のNFT作品で約1億8000万円の売り上げを記録している。
本連載の監修を務める山本浩貴さんに、NFT(Non-Fungible Tokens=非代替性トークン)アートにはどのような意味があるのか、という点からも話をうかがった。
山本浩貴
千葉県生まれ。一橋大学卒業後、ロンドン芸術大学にて修士号・博士号取得。2013年から18年にロンドン芸術大学TrAIN 研究センター博士研究員。韓国・光州のアジアカルチャーセンター研究員、香港理工大学ポストドクトラル・フェロー、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科助教を経て、2021年より金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科芸術学専攻講師。
「どこの芸術大学の出身だとか、美術界のヒエラルキーとは無縁のところで、12歳だった女の子の作品が広く支持されたことがすごく面白いと思っています。年齢とか人種とかジェンダーとは関係なく、だれもがアート作品を発信できることに、デジタルのフィールドの可能性があるのではないでしょうか」
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従来の美術界の壁を壊すアーティスト
では、ナイラ・ヘイズというアーティストについて、山本さんはどのように評価しているのだろうか。
「正直に言って、彼女の名前を知ったのはアートの文脈ではなく、時事ニュース的なところからでした。でも、この若さにしてロング・ネッキーという自身のシグネチャーがあるわけですよね。これはすごく目立つし、わかりやすいし、キース・ヘリングのアイコンに通じるものがあるように感じました。まだキャリアも浅いですし、作品のバリエーションも多くはないので、本当の評価はこれからだと思いますが、いっぽうで、従来の美術界の壁を壊して自由に発信する場を得ていること、そしてそうした事実を世間に知らしめたというのは、興味深い事象だと思います」
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ナイラ・ヘイズとキャデラックのコラボレーションは「ブラック・フューチャー・キャンペーン」の一環として行われた。この取り組みについて、山本さんは「差別的な状況に置かれている多くの人を勇気づけるのではないでしょうか」と語る。
「アフリカン・アメリカンにルーツがあるヘイズのような若いアーティストが、キャデラックのように著名なブランドとタイアップしてブラック・カルチャーについて発信することには、大きな意義があるはずです」
ナイラ・ヘイズが描くロング・ネッキーというスタイルは、幼少時から愛してやまない恐竜、ブロントサウルスに着想を得たものだという。
「ブラック・フューチャー・キャンペーン」では、1点ものの『ロング・ネッキー アディラ:ゴールドエディション』と、複数人が購入できる『ロング・ネッキー アディラ:シルバー120アニバーサリーエディション』がオークションに出品された。
山本さんに、この『アディラ』という作品を解説していただく。
「“アディラ”はブラックウーマンのスーパーヒーローを象徴している、とナイラ・ヘイズは語っていますね。女性とかアフリカン・アメリカンについてのイメージを力強く書き換えるような作品で、BLM(ブラック・ライブズ・マター)のような社会的な動きも取り込んでいます」
ナイラ・ヘイズ
現在14歳のナイラ・ヘイズは、4歳でアートに目覚めた。9歳になった頃にデジタルアートに興味をもつようになり、両親に買い与えられたスマートフォンで創作活動を行うようになる。デジタルアートに転向した理由のひとつに、左利きだったために作品を汚してしまうことがあったという。2021年の春に、彼女の叔父からNFTで作品を発表することを勧められると、ヘイズと彼女の母親はウェブでNFTや販売方法について学んだ。ヘイズのNFT作品はまたたく間に話題となり、『TIME』誌のNFT向けWeb3.0のプラットフォームであるTIMEPiecesにおいて初めてコレクションを発表したアーティストとなった。
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キャデラックは今後、さらにアートに接近する
「ブラック・フューチャー・キャンペーン」における『ロング・ネッキー アディラ:ゴールドエディション』の落札額は3500ドル以上に相当し『ロング・ネッキー アディラ:シルバー120アニバーサリーエディション』は75人に販売され、売り上げは約2万ドルに達した。
キャンペーンの収益は、キャデラックからの5万5000ドルの寄付金と合わせて、セーブ・ザ・ミュージック基金のJ.Dilla MusicTech助成金プログラムに寄付された。セーブ・ザ・ミュージック基金からの助成金は、全米で2万校以上の学校での音楽教育に貢献しており、この助成金プログラムによって、多くの学生が音楽やオーディオエンジニアリングを学ぶ機会を得た。
セーブ・ザ・ミュージック基金への寄付で興味深いのは、キャデラックの担当者が「サウンドエンジニアリングは、自動車産業において重要かつ成長が見込まれる分野です」と語っていることだ。
この分野が重要になる理由は、キャデラック初の量産BEVであるリリックを見るとよくわかる。
ほぼ無音・無振動で走るリリックには19ものスピーカーで構成されるAKGスタジオのサウンドシステムが備わり、豪奢で広々とした室内に上質な音を響かせる。キャデラックが2030年までの全車電動化を打ち出すBEVの静粛性の高い室内は極上のリスニングルームでもあるのだ。
電動化と同時に自動運転化も進むはずだから、車内はプライベートなシアタールームになる可能性も高い。したがって、自動車産業においてはサウンドエンジニアリングが大きな意味をもつことになるのだ。
自動車のテクノロジーが進化するほど、乗員はアートに接する機会が多くなる。キャデラックとナイラ・ヘイズの取り組みは、そうした未来の嚆矢でもあるのだ。