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松山智一が刺激を受けたウォーホル作品とは? 「ドローイングにこそ、画家ウォーホルの豊かな才能」

  • 写真:GION
  • 文:高久純子

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ポップアートの旗手であるウォーホルから、現代のクリエイターたちはどんな刺激を受けたのか? 時代を超えて愛されるウォーホル作品の魅力を、現代美術家の松山智一が語ってくれた。

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松山智一●1976年、岐阜県生まれ。上智大学で学んだ後に渡米。プラット・インスティチュートを卒業後、独学で絵を学び、彫刻やインスタレーションを手がける。さまざまな国で個展を開催。現在はブルックリンにスタジオを構える。 www.matzu.net

確かな筆致で描かれた、線画が語るウォーホルの足跡

実は数多くのドローイングを残しているウォーホル。現代アーティストの松山智一は、「ドローイングにこそ、画家ウォーホルの豊かな才能を感じることができる」と語る。松山はウォーホル同様、活動の場に迷わずニューヨークを選んだ。生き馬の目を抜くアート界で、紆余曲折し足場を固めてきた自分と、ウォーホルの歩みを重ね合わせてしまうらしい。

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左:少女の横顔は、トレーシングペーパーにインクを使って書き、紙に写し取るブロッテド・ラインで描かれている。同じ少女のモチーフが、ひとつの絵の中に繰り返され、後に作中で多用される“反復”の手法が試されている。 右:50年代初期の個展では、男性を主題にしたエロティックな描写のヌードなどのドローイングが多く発表された。

「これらのドローイング作品は、ウォーホルが自分の作品を現代アートとして認められたいと、もがいていたであろう時期に描いたもの。得意のブロッテド・ラインや同じモチーフを繰り返す反復という表現方法など、後に有名になった作風に到達するまでの過程や試作が多く、そこからオリジナリティを模索した形跡を見ることができます。そして、同じアーティストとして、画家の力量が最も発揮されるドローイング作品を通して、畏敬の念をもってウォーホルの試行錯誤の過程を眺めています」

さらに松山が注目しているのは、50年代のドローイングにはウォーホルが自身の性向を客観視するかのようなホモセクシュアルを主題とした作品が多い点だ。

「キャリアの転換期を迎えていた時期。ウォーホルは、自分自身のアイデンティティについても答えを探していたのかもしれません」

“商業デザイナー、ウォーホラ”という蛹から、“ポップアーティスト、ウォーホル”に進化していった過程を、ドローイング作品の1枚1枚が雄弁に物語ってくれるのだ。

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線画に水彩で色づけされた作品。松山が特に気に入っているのが中央のルネサンス風のポートレート。仕事のために制作したものなのか、線の書き込みが丹念。画家の稀有な才を見ることができる貴重な作品。

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※この記事はPen 2022年10月号「知らなかった、アンディ・ウォーホル」より再編集した記事です。

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松山智一

アーティスト

1976年、岐阜県出身。ブルックリンを拠点に活動 。上智大学卒業後 2002 年渡米。全米主要都市、日本、ドバイ、上海、香港、台北、ルクセンブルグなどのギャラ リー、美術館、大学施設にて展覧会を多数開催。2020 年、JR 新宿駅東口広場のアートスペースを監修、中心に7m の巨大 彫刻を制作する。

松山智一

アーティスト

1976年、岐阜県出身。ブルックリンを拠点に活動 。上智大学卒業後 2002 年渡米。全米主要都市、日本、ドバイ、上海、香港、台北、ルクセンブルグなどのギャラ リー、美術館、大学施設にて展覧会を多数開催。2020 年、JR 新宿駅東口広場のアートスペースを監修、中心に7m の巨大 彫刻を制作する。