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アンディ・ウォーホル×杉本博司、時代を超えたアートの共演

  • 文:住吉智恵

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現代美術家であり、写真家の杉本博司のスタジオの床の間を飾るのは、自身で表具に仕立てたウォーホル真筆のキャンベル缶とサイン。杉本が考えるウォーホルの本質とは?

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杉本博司●1948年、東京都生まれ。70年に立教大学経済学部卒業後、渡米。ニューヨークと東京を拠点とする。活動分野は写真、彫刻、インスタレーション、舞台、建築、造園、執筆、料理と多岐にわたり、国際的に高く評価されている。各国の主要美術館で個展多数。 photo:Masatomo Moriyama

当代随一の尖った数奇者としても知られる杉本博司は、かつてニューヨークで古美術商を営んでいたほどの「眼」で、奇想に満ちた表具の数々を仕立てている。なかでもこの掛け軸はひと際、数奇な運命をたどってきた。ある日、杉本のもとに馴染みの風呂敷画商が持ち込んだ掘り出し物は、京都の古美術業者の市で出品された某老舗旅館の宿帳。その中にはウォーホルのサインもあり、名前より大きくキャンベルスープらしき絵が走り描きされていた。「あまりサインをしたがらない人だったといわれているし、京都の旅がよほど楽しかったんでしょう。この軸には迷いなく、1年間雨晒しにして古色を施したキャンベル缶を添えてみました」と、仕上げのひと手間を惜しまない。

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『罐鈴汁缶(1974)アンディー・ウォーホル』。表具の裂(きれ)は大正期に模写された平家納経陀羅尼品(へいけのうきょうだらにほん)扉絵断簡。雨晒しにしたスープ缶を添えるセンスが、杉本ならではのシュルレアリスム的サービス精神だ。photo: © Hiroshi Sugimoto

1970年代ニューヨーク。現代美術界でブレイクを目指す若き日の杉本は、何度か街でウォーホルを見かけたことがあるという。

「当時の恋人と初デートで出かけたのが、『ファクトリー』のビルの下にあるアーティストの溜まり場になっていたカフェでした。彼のスタジオは、写真やシルクスクリーンなどのマルティプルで、楽をして儲けるスタイル。美術の世界で初めて拡大生産と大量消費が認められた。社会が求めたイメージをメディアが煽って、でっち上げたところもある。戦後の資本主義を反映する作家でした」

杉本自身は、現代美術の祖と称されるマルセル・デュシャンの系譜に連なる精神を矜持に、コンセプチュアルアートとしての作品世界を成立させてきた。ポップアートの登場から遡る1915年、戦禍を逃れてフランスから亡命したデュシャンもまた、ニューヨークに居を構えている。

「ウォーホルの作品は時代の精神を体現しながらも、あからさまなレディメイド。当然彼はデュシャンを意識していたでしょう。デュシャンピアン一期生といえるかもしれません。デュシャンの死後も、その影響はじわじわとボディブローのように効いています」

杉本は、ウォーホルの来日時に動向を追った雑誌『アサヒグラフ』を出してきてくれた。そこには誰もがこの人物について抱いている、蒼白く表情のない面影があった。このイメージ戦略もまたメディアを利用したセルフプロモーションの一環だったのだろう。

「この世のものとも思えない能面のようなイメージが、現代社会への批評ともいえる抜け殻の虚構性を纏っている。アーティストの死後も、その佇まい自体が作品となる新しい存在でした。まさに『存美(ゾンビ)』ですね」

デュシャンとウォーホル、そして杉本。作風や作家像は異なるが、それぞれの時代の社会情勢に一矢を報いようとする反骨とひと振りのユーモアは共通しているようだ。彼らの精神を継ぐ優秀な弟子の登場に期待したい。

『杉本博司展 本歌取り─日本文化の伝承と飛翔』

千利休の「見立て」やマルセル・デュシャンの「レディメイド」を参照しながら、杉本自身の作品と所蔵品を展示し、独自の解釈を加えた新たな世界を構築する。本展覧会は「オールひめじ・アーツ&ライフ・プロジェクト」の一環で、同期間中、圓教寺常行堂において杉本作品『光学硝子五輪塔』によるインスタレーションも展示。9月17日から12月4日までは姫路城・書寫山圓教寺を舞台に、杉本博司監督の映像作品『Noh Climax』の映像も公開する。

会期:9/17(土)~11/6(日) 
会場:姫路市立美術館
兵庫県姫路市本町68-25
TEL:079-222-2288
開館日:10時~17時 ※入館は16時半まで
休館日:月(9/19、10/10は開館)、9/20、10/11

www.city.himeji.lg.jp/art

※この記事はPen 2022年10月号「知らなかった、アンディ・ウォーホル」より再編集した記事です。

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